第11話 もうあと0.5目盛ほどで好きになります
あれから毎日、きっちり朝昼晩と
もうさすがに僕でも分かる。
曜ちゃんは僕に対して何らかの好意を持ってくれているだろう。そうでなきゃ毎度毎度飽きもせずに僕にThreadで話しかけてきたりはしないだろう。
そんな曜ちゃんにグイグイと引き寄せられていく僕がいる。だってかわいいんだもん。
だから僕としては今非常に困っている。再三言っている通り、プロDTチョロすぎ問題だ。
僕には羽深さんという憧れの人がいるが高嶺の花もいいところ。少し仲良くなれそうな気配があったけど、気のせいだったのか何の進展もないどころか、挨拶ですらももう交わす機会がない。
かたや音楽仲間の曜ちゃん。
知り合ってから親しくなるまでの親しさの成長曲線が急カーブ上昇中だ。グイグイ積極的にコミニュケートしてくれるので僕みたいな卑屈なDTにも優しい親切設計だ。
日本経済に例えるなら前者はバブル景気崩壊後、後者は戦後の高度成長期のようなものだ。
現実を取るならば、僕にも目があってしかも十分かわいい曜ちゃんにキャリア変更するのが正解のように思えるのじゃないだろうか。
しかし誠実さの観点からはそこに問題が生じる。もっとも羽深さんからはほぼ相手にもされていないようだし一方通行な想いを抱いてるだけだ。
羽深さんからしてみれば、僕なんぞがだれと付き合おうがお好きなようにどうぞだろう。
だからといってより可能性の高い方に乗り換えるっていうのはなんか男としてどうなのかと思えて踏ん切りがつかない。
だけど曜ちゃんはかわいいし、今のところこんな僕に懐いてくれているように思えるし、実際憎からず思ってくれているはずだ。
堂々巡りで正直悩ましい。しつこいようだが困ってる。
羽深さんのことはもちろん好きで憧れているけど、曜ちゃんのことももうあと0.5目盛くらいでメーターが『好き』に振り切れてしまうところだ。
僕はどうするべき?
そう誰かに相談したら、多分アドバイスも両者に割れるんじゃないかと思う。これは人によりけりだと思うし、どっちが良い悪いと簡単に割り切れる問題じゃないだろう。だからこそ悩ましいのだ。
そんな日々が始まってそろそろひと月にもなるだろうか。
さっきからチラッっと視線を感じる瞬間が何度かある。何だろう。この視線……。
その視線の元を辿ればおそらく羽深さんの麗しいぱっちり二重に行き着くに違いないのだが、僕は迂闊にそちらに目を向けることができない。うっかり目を向けようものなら羽深さんのあまりの美しさに見惚れてしまうこと請け合いだ。そんなことになったらまた取り巻き連中からキモいだの怖いだのと糾弾されてしまうのだ。
なので僕は見たくて仕方がない衝動と格闘の毎日でもある。まったくもって何の苦行を積んでいるのだろうか僕は。
羽深さんが僕にチラチラ送ってくる視線の意味など皆目不明だが、その視線にもうプロフェッショナルDTの流儀的に意識のほとんどを持ってかれちゃってどうにかなりそうだ。
ぽーーん。
あなたにとって、プロのDTとは?
「過剰な自意識の塊……ですかね」
と即答してしまえるくらいなのだ。
日がな一日そんな調子だった。
だからといって何のイベントも発生することなく、ごく日常的な学校生活が流れていっただけだ。
放課後を迎え、クラスメイトたち同様僕も帰り支度をして教室を出た。
下足に履き替えて駅へと向かう途中、のんびり歩く僕を追い越していく華やかな集団の中心に羽深さんがいた。
やはり目を惹くひときわ華のある存在感。
一日彼女の視線をスルーし続けた僕だが、ひとたび視界にその姿を認めればすっかり見惚れてしまう。
幸い後ろから眺めているので彼女の取り巻き連中からは見えていないし咎められることもない。
今日一日頑張って羽深さん断ちしていた僕へのご褒美だろうか。
そんな羽深さんのバッグから見覚えのあるイヤホンが覗いている。
歩くたびにその揺れで段々とイヤホンが露出してきてそのうち落っこちそうだ。後ろを歩きながら僕はそれが気になって注視していた。もし落としたら拾ってあげなくちゃと思って。
やがて駅構内に入るといよいよ遂にイヤホンは宙ぶらりんの状態になり、羽深さんのバッグからこぼれ落ちてしまった。僕は誰にも拾われないうちにすかさずイヤホンを拾い上げた。
しかし困ったことに羽深さんに話しかけるチャンスがない。次第に路線ごとに一人別れ二人別れして行くが、結局羽深さんと同じ改札をくぐった取り巻きが三人もいた。
幸い僕がいつも利用するのと同じ路線だったので、僕はまだチャンスがあるかもと思ってそのままあとをついて歩いた。
そういえば羽深さんが痴漢にあった時同じ電車に乗っていたのだったな、と今更ながら彼女と路線が同じだったことに思い当たった。
そのうちに取り巻きの一人が降車して、それでもまだ二人ばかり残った状態で、僕の家の最寄り駅を過ぎてしまった。
直前までもう降りて別の機会を伺おうか、もうちょっと粘ろうかと逡巡したが、今までのことを考えて羽深さんとの接点がまずないだろうと結論付け、この際徹底的に着いて行こうと決意した。
但し、僕が付いてきてることを気取られるとストーカー騒ぎにでもなりかねない。
そこは慎重を期して気配を消し、付かず離れずを徹底した。と言っても隣の車両からずっと見張っていただけなんだが。
それにしてもどこまで行くのだろうか。このまま三人一緒に電車を降りたら羽深さんの家まで付け回さなきゃならなくなる。それじゃあいよいよもってストーカーだ。
そうこうしているうちに取り巻きの二人がじゃあねと降りていった。
さてと……。あとはどうやって羽深さんに近づくかなんだが……。
どうも一人になってから羽深さんが僕の方にチラッチラッと視線を送ってくる。めっちゃ気づかれてるじゃないか……。
僕は羽深さんの視線に耐えきれず、観念して羽深さんのいる車両に入っていった。車両は結構空いていて横掛けの座席はガラガラだ。
羽深さんはトントンと自分の横の座面を叩いている。
隣に座れということか。これまたハードルが高い要求を……。
要求に応じかねていると、再びシートをトントン……いやドンドンと叩かれた。クイーンの命には従うよりないか……。
高鳴る鼓動を抑えつけることもできないまま、ドッキドキで羽深さんの隣に座る。幸いシートの空きに余裕があるので一人分ほど間隔をあけて腰掛けた。
そんな僕を見た羽深さんはムッとしたように僕をひと睨みすると、わざわざスペースを詰めてきた。
慌ててさらに脇へと移動して隙間を作ろうとする僕。しかし羽深さんはムキになって間を詰めてくる。最後にはこれ以上動けない隅っこまで追いやられ、羽深さんの肩がぴったり僕に密着する形になってしまった。
スペースは十分にあるのに何もこんなに詰めなくても……。
お陰でプロのDTの心臓はまた口から飛び出さんばかりにバクバク鳴っているし、密着した肩越しに羽深さんの体温が伝わってきて生々しい。
羽深さんも僕も顔を真っ赤にしながら俯いている。だったらこんなにくっつかなきゃいいのにもう。こっちだって恥ずかしいったらないんだから……。
そうして、お互いにチラチラと目線をよこしながら何度かに一度目が合っては逸らす。お互い言葉はなく、沈黙が二人の空間を満たす。
「ん……」
と羽深さんが左手を僕の前に差し出す。何だろう。
「ん?」
「イヤホン……拾ってくれたでしょ」
「……あ、あぁ……はい」
僕は鞄にしまっておいた羽深さんのイヤホンを、差し出された掌の上にそっと置いた。
「ありがと……」
一言口にするとすぐにまた俯いてしまった。ていうか気づいてたのね、僕が拾って追いかけてきてたことに……。
「羽深さ」
「はいっ」
「ん」
羽深さんと最後まで言い切る前に、彼女はパッと顔を上げて元気よく返事してこちらを窺っている。
「いや、その……家は随分遠いんだね……」
「っ!? うそっ、降りるの忘れてた!! どうしよ、とっくに過ぎちゃってたぁ……」
「えぇっ?」
どういうわけだかよく分からないが、とりあえず次の駅で降りて引き返すことにした。
学校一の完璧クイーンにこんなおっちょこちょいな側面があったとは思いもしなかった。
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