第15話 ジェットコースターみたいに忙しい

 帰宅後も羽深さんのことばかりが頭の中でぐるぐるして集中できず、宿題をするのにもいつもの何倍もの時間を要した。


 肩に触れた羽深さんの柔らかい感触が、体温が……。頬をくすぐる髪の毛の感触や匂いが……。コロコロと変わる表情や鈴を転がしたような声や狸寝入りの呼吸さえもが、繰り返し脳裏に甦って僕の鼓動が激しく打ち叩かれる。


 うわぁーーーーーーっ。

 好きだ好きだ好きだーーーーっ!


 時々発作的に大声で叫びたい衝動に駆られるが、同居する家族にも近隣にお住いの皆さんにも絶対聞かせられる類いのものではないので、心の雄叫びが漏れ出さないように悶絶しながら必死で抑え続けているのだが、それもまた結構なストレスになるものだ。


 そんな状態でなかなか進まない宿題もやっとこさ終えて、ゆっくりできる時間を迎えてベッドの上にどかっと仰向けに倒れこんだ。

 ネットで音楽情報サイトなんかを眺めていると、Threadの着信を告げる短いメロディが鳴った。


 スマホの通知は曜ちゃんからであることを告げている。それを見てなぜだか僕はちょっとだけ後ろめたい気持ちになる。この気持ちはなんだろうか……。


 トークを開いてみれば、今日学校であったちょっとした出来事など、他愛もない日常会話みたいな内容で僕もそれなりに返信するが、そうして思い返してみると僕の学校生活はひっそりと身を潜めているだけで何も書くことがない。精々休み時間にどんな音楽を聴いたかとかその程度のものだ。


 ドラマティックな出来事なんて何にも……いや、あるにはあるか……。羽深さんとの放課後の夢みたいな出来事が。

 しかし曜ちゃんに向けて書くことでもないよな。なんかそれをやっちゃダメだということは分かる。


 今日の昼までは楽しかったはずのやりとりが、なぜだか今は少し気が重く感じてしまう。ジェットコースターみたいに上がったり下がったり忙しい。


 ぼんやりそんなことを思っているとまたThreadに着信通知が来た。

 開いてみれば今度のそれは曜ちゃんじゃなくて羽深さんからだ。


『明日6:50駅集合。忘れないこと♡』


 なにこれ。

 一応取ってつけたみたいに最後にハートマーク付いてるけど、どう見たって業務連絡みたいじゃんね。

 くくく。思わず笑いが溢れる。散々僕の気持ちを翻弄した挙句にこれとはね。まったくもう。敵わねーや。

 と、続けてまた着信を告げるメロディが鳴る。


『今日は拓実君とぴったりくっついてたから思い出してドキドキ中♡』


 ぬぉーーーーーーっ。

 油断させておいてからの奇襲攻撃!?


『なんちゃって。拓実君も思い出してドキドキしちゃった?笑笑』


 んなっ!?

 んもぉーーーーーっ。弄ぶなよぉーーー。


 やりきれない気持ちで僕はベッドに突っ伏してジタバタした。


『おーい、返事は?』


 追い討ちをかけるように羽深さんからのトークが着信する


 はぁ、もぉ。


『心臓に悪いからそういうのマジでやめてほしいです』


 とお願いしたら、その後の返信はなかった。

 それはそれで不安が煽られる。

 もしかして傷つけちゃっただろうかとか、感じ悪かっただろうかとか、あれこれと考えだすと心配になって落ち込んできた。


 何かフォローを入れた方がいいのか言い訳がましくなって却ってよくないのかしばらく葛藤しているとまた着信音が鳴った。


『タクミくん、今日はなんだか疲れてるっぽいけど大丈夫 ?』

『ゆっくり休むのだョ。☆~*.(UωU*)おやすみぃ...*~☆』


 曜ちゃんだった。

 スマホのやりとりだけでそんなことまで分かっちゃうんだ……。自分としてはいつもと特に違うやりとりになってた気はしなかったんだけど……。


 それにしても誰かさんと違って曜ちゃんのメッセージはほのぼの優しいなぁ。


『ありがとう。おやすみ』


 曜ちゃんに返信してそろそろ寝ることにした。

 心配してもらった通り、今日は疲れてる。あれだけのことがあったからなぁ。


 明かりを消して布団に入るとあっという間に深く眠りに落ちていった。

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