第六話 襲撃者

 従業員用の通路には長机を使ったバリケードがあった。あくまで生きた屍アンデッド対策なのか、乗り越えられるように梯子が置いてある。


「アーヤ、つかまっててね!」


 莉都香はアーヤを抱えたまま壁に向かって飛ぶ。壁を軽やかに蹴って走る。壁を走って軽々とバリケードを乗り越えた。中級の力の魔法さまさまだ。

 バリケードのすぐ先には二人の男がいた。そして、中学生くらいの女の子がいた。三人とも生きている。生きた屍アンデッドじゃない。


「いや、はな……やめ、て――、~~~っ!!!」


「兄貴――! こんなことは……」


「うるせえ! しっかり押さえてろ!!! ――へへ、あとでオメーにもヤラせてやるからよ」


 二人の男は中学生くらいの女の子を組み敷いて服を脱がそうとしている。その光景を見ただけで莉都香のすべきことは決まっていた。


「ぉ……」


 女の子の腕を掴んでいた男が顔を上げた。女の子のスカートを引きずり降ろそうとしている男は莉都香に背を向けているのでまだ気がついていない。莉都香は女の子のスカートを掴んでいる男の側頭部にめがけて強烈な回し蹴りを放った。

 ピュン――、と風を斬る踵が男の頭に命中する。

 頭蓋骨にめり込む柔らかな感触とゴキリと嫌な音が男の首から聞こえてきた。男の首がぐるりとあらぬ方向を向き、だらんと舌が口の間から垂れてきた。


「おまえ……な……!?」


 腕を掴んでいた男は尻もちをついて逃げようとしている。莉都香は一息で間合いを詰めるとトーキックを男の鼻に叩きこんだ。


「が……っ、ぶ……」


 鼻血を噴出させながらトーキックを受けた男が後ろ向きに吹っ飛んだ。痙攣をしたままそれっきり起き上がってくることはなかった。

 いやいや、殺してはいないわよ。気絶しているだけ。


「ふん……!」


 トドメを刺してやりたい気分だが女の子の安否が気になる。莉都香はアーヤを床に座らせてから女の子の顔をのぞき込んだ。


「だいじょうぶ?」


「……っ…………っ、――!」


 女の子は嗚咽交じりの声を漏らすばかりで話せそうにない。これじゃ話すも離せない。まずは落ち着いてもらわないとダメかな。アーヤを抱えたままだと話しづらいので勝手に家探しをさせてもらうことにした。

 従業員用のフロアにはソファのある応接室があったので、女の子をソファに、対面にアーヤを座らせた。女の子が泣き止むまで莉都香はじっと待つことにする。


「アーヤ、疲れてたら寝ててもいいわよ」


「いや! それよりも、ごはん食べたい!」


「あー……ご飯ねー……」


 ご飯を食べたいのは莉都香も同じ気持ちなのだがちょっとした問題がある。それに、廊下に転がしたままの男たちをなんとかしないといけない。


「もう少し待っててちょうだい。外を片付けてくるから」


「むぅ、さっきもお預けだった!」


「こんどこそ食べれるから大人しく待ってなさい」


 莉都香は『お買い得品』棚から持ってきたガムテープを手に取ると廊下へと向かった。

 首の骨が折れた男は放っておくと生きた屍アンデッドになるだろう。両腕と両足をガムテープでぐるぐる巻きにして、ついでに口もガムテープで塞いでおく。これなら噛みつかれることもない。

 鼻血を出して気絶している男も両腕と両足を縛って転がしておく。


「さて、……バリケードをしないとね……」


 幸い生きた屍アンデッドは入り込んでいない。入口を荷物満載のロールボックスパレットで塞ぎ、バックヤードに生きた屍アンデッドがいないことをきっちりと確認してから戻る。

 そろそろ起きているかな、と思って縛り上げた男たちのところへ戻る。首の折れた男はそのまま転がっている。鼻血で顔が血塗れになった男はイモムシのようにもがきながら逃げようとしていた。


 莉都香はスタスタと軽い足どりで顔が血塗れになった男に歩いていく。


「質問があるの、教えて?」


「――!? てめえ! ほどきやがれ! ぶっ殺すぞ……っ、ぐげ――!!!」


 莉都香は顔が血塗れになった男を力一杯蹴り飛ばす。男の体が面白いくらい吹き飛び、ゴロゴロゴロと転がって廊下の壁にぶつかった。


「か……あ、が……ぁぁ……」


「お兄さん、このあたりに避難所ってないの? 自衛隊が救助活動してるって聞いたけど」


「……し、知るか! ぐぁ――!!! ――がは!? ……げほ、……ごほ……」


 素直にお話してもらえるようにサッカーボールキックを叩き込む。鼻血に加えて口の端からも血がつつーっと垂れてくる。


「ねえ、この辺りに避難所ってないの?」


 こんどは黙ったままギラギラとした視線を向けるだけになってしまった。莉都香は男を仰向けに転がすと肋骨を踏みつける。ギシギシと骨の軋むまで体重をかけて踏みつけた。


「砕くよ? 答えて」


「……知らねえ! この辺にくるのははじめてだ!」


「どこから来たの?」


「東京だ。兄貴、……お前が殺った男と新宿から歩いてきた」


「兄弟には見えないけど」


 兄貴と聞いて死体の顔を見るが全く似ていない。どちらも薄汚れたスーツ姿で、それとなく喧嘩慣れした身体をしている。腰のベルトには細長い棒が差してある。小刀だ。

 ああ、もしかして。そういうこと――?


「兄弟じゃねえ……兄貴だ」


 そういうことらしい。想像通りの答えが返ってきた。異世界転移前なら足が震えていたかもしれない。本職の方のようだ。

 莉都香は踏みつけていた男から足をどける。これ以上の情報が得られないなら痛めつけるだけ体力の無駄だ。あとは放っておくことにしよう。

 男はジロジロと莉都香を眺めてからボソリと呟いた。


「テメェ…………、軍人か?」


 何を言っているのか、この男は。


「……ふぅー……、一応聞くけど。どこをどうみたらそう見えるのよ」


「フツーじゃねえ」


 普段通りに接しているつもりだけど、このヤクザの男には普通に見えないらしい。落ち着きすぎてるとか、尋常じゃない怪力だとか、喧嘩慣れしすぎてるとか、余計なお世話だ。


「どうみても普通の女子高生よ」


 ヤクザの男といつまでも雑談しているわけにいかない。兄貴と呼ばれていた男の死体を担ぐと、とある場所へ向かう。


「おい! 兄貴をどうする気だ!!!」


「捨てるのよ。生きた屍アンデッドになったら喰われるわよ」


「兄貴は俺が弔う!!!」


 そんな時間はないし設備もない。莉都香はヤクザの男を無視して屋上へと向かった。屋上は空調の大型室外機が並んでおり、ちょっとした広場に物干し竿が設置されていた。さらに、大型の貯水槽が見える。水道は生きているが断水が起きてもしばらくは水に困らないはずだ。

 莉都香は屋上の端に見えた錆びだらけの避難梯子を見る。折り畳み式の梯子を降ろせば、ショッピングモールの裏路地に降りられる。だが、下には二・三体の生きた屍アンデッドがうろついている。


 莉都香は悩んだ末、正面入口側に兄貴と呼ばれていた男の死体をほうり捨てた。がんっと激しい音と共にバスターミナルのアスファルトに死体が転がった。じんわりと血の染みが広がっていくのを眺めていると、ふらふらと数体の生きた屍アンデッドが近づいていく。


 これからご飯を食べようと言う時に眺めていたくない光景だ。莉都香はさっさと背を向けるとアーヤのもとへと戻ることにした。

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異世界帰りのJK勇者はファンタジーから逃げられない horiko- @horiko-

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