第二章 勇者様はクッキングが不得手

第五話 ショッピングモール

 鵜久森うぐもり駅に続く大通りには人っ子ひとりいない。路肩には自動車がずらりと連なっていて、時折、衝突事故を起こした自動車が道をふさいでいた。アスファルトには乾いた血がこびれついていた。まるでゾンビ映画のワンシーンのようだ。


 時刻は十六時。夏の予感を肌で感じさせる六月の気温にじっとりと汗が浮かぶ。アーヤの肌に触れると暑苦しく、肌がべたつく感じに無性にシャワーを浴びたくなってくる。

 喉も乾いた。お腹も減っている。でも、住宅街のど真ん中だからコンビニがなかなか見つからない。


「おねえちゃん、べつの群れがくるよ。あっちにいって……」


「また? あの角にコンビニがあるのに――」


 交差点の角に緑とオレンジと赤がトレードマークのコンビニエンスストアが見えている。MAPアプリを頼りに自宅へ向かっているのだが、アーヤの指示に従っているうちにどんどん鵜久森うぐもり駅の方向へと向かっている。

 アーヤがウソをついているわけじゃないと思うけど、どんどん莉都香の自宅から離れていってしまう。徘徊している生きた屍アンデッドの数が多すぎるせいなんだけど……困った話だ。


 と、そこへ低い唸り声と共に生きた屍アンデッドたちが通りに姿を現した。十数体の生きた屍アンデッドの群れだ。生きた屍アンデッドたちは何故か群れで行動していることが多い。

 莉都香は小走りでアーヤの指さす小さな路地へと逃げ込んだ。出会い頭に生きた屍アンデッドに出会ってしまったらすり抜けることはできないくらいの狭い路地だ。一軒家の隙間を縫うような私道を慎重に進んでいく。


「この道はだいじょうぶなのよね、アーヤ?」


「ん、だいじょうぶじゃないよ」


「はぁっ!?」


 かわいらしくフルフルと首を振るアーヤを睨み付ける。アーヤはゆっくりと囁き続ける。


「二十秒ではしりぬけて……」


「――っ」


 悪態を吐く暇もない。息を切らして私道を駆け抜けていく。


「で、……どうする――の!?」


 私道を駆け抜けると、目の前は片道二車線の大通りであった。すぐそこが鵜久森うぐもり駅前のバスターミナルが見える。だが、バスターミナルには先客がいた。大通りに一歩踏み入れた瞬間、列をなして歩いていた生きた屍アンデッドたちが一斉に振り向いた。


「ちょ――!?」


 かかとで踏ん張って急ブレーキをかけた。ザザザザザ――ッ、と革靴ローファーが悲鳴を上げる。


生きた屍アンデッドだらけじゃないの!!!」


 まるでコンサート会場のような人の数だ。大衆が求めるのはアイドルの艶姿ではなく、生きている莉都香とアーヤの肉なわけだが……。

 生きた屍アンデッドたちの服装はまるで旅行出かけるかのような姿で、大きなリュックサックを背負った生きた屍アンデッドが多い。バスターミナルにたくさんのキャリーバッグが放置されているから、駅から脱出しようとしたが間に合わなかった人たちかもしれない。


 魔法の出番か、と身構える。しかし、魔力が回復しきっていないことは肌で感じている。初級の魔法を一発、撃てるかってところだ。

 バスターミナルを見渡して使えるものがないかを必死に探す。


「魔法は、いらないよ……」


 アーヤは只一点を指さす。


「……バスターミナルを左回りで抜けて、ショッピングモールに……」


「ショッピングモール……って」


 ショッピングモールなどという大層な建物はない。三階建ての駅前スーパーのようなお店だ。二階の衣料品売り場では夏物セールをやっているらしく、割引の垂れ幕が風に揺られている。


「ゥゥゥ――」


「ォォ、……ォォォ――」


「ァァァ……ガァァ……!!!」


 莉都香とアーヤに気づいた生きた屍アンデッドたちがゆっくりと迫ってくる。アーヤの言う通り左回りバスターミナルを走りながらショッピングモールを目指す。しばらくして、


「……ああ、そういうこと」


 走りながら左回りの意味を理解した。

 バスターミナルの停留所には、放置されたバスが隙間なく並べられており巨大な壁のように凹を作っている。莉都香が生きた屍アンデッドたちを引きつけながらバスターミナルをぐるりと大回りすれば、自然と凹のくぼみに生きた屍アンデッドたちが集まる。

 右回りにバスターミナルを走るとショッピングモールまでは最短距離になるが、生きた屍アンデッドたちがショッピングモール入口に押し寄せることになる。

 莉都香がショッピングモールの入口にたどり着くときには、バスターミナルにうろついていた生きた屍アンデッドたちはバスの壁に阻まれて追いかけてこなくなっていた。


「どうしたの、おねえちゃん?」


「……なんでもないわ」


 三秒前までアーヤに文句をつけようとしていたくせに、我ながら現金なものだ。ちょっとばかり恥ずかしくて、首を傾げているアーヤの頭をよしよしと撫でておく。


「おねえちゃんからやましい匂いがする」


「し、しないわよ――!」


 莉都香の頬に冷や汗が流れる。幼くとも鋭いアーヤだった。


 ショッピングモールの自動ドアは生きていた。二重の自動ドアを潜り抜けると、ひんやりとした冷房と据えた臭いが漂ってきた。


「くさい……」


「なまものはダメね」


 冷房が効いているとはいえ、生肉や生魚を放っておけばどんどん腐っていく。野菜売り場にあるレタスやキャベツはしなびてきていた。

 異世界生活が長いせいか、とてもジャンクフードが恋しい。油のじっとりしみ込んだファストフード店のポテトが無性に食べたい。

 食の妄想に浸っていると、アーヤが莉都香の肩をゆする。


「ここは、ダメ。上にいって……」


「上……」


 ショッピングモールは三階建ての吹き抜け構造になっている。頭上を見上げるとフラフラと動く人影が見えるので、二階、三階にも生きた屍アンデッドがいる。でも、なんでアーヤはこのショッピングモールに莉都香を誘導したのか。


「アーヤ、ここには誰かいるの?」


「わかんない、でも……ここにいきなさいって囁くの」


「そう、――っと、しゃべってる場合でもないわね」


 商品棚の通路からぞろりぞろりと生きた屍アンデッドが姿を見せる。バスターミナルにひしめいている生きた屍アンデッドほどの数はいないが、アーヤを抱えながらどうこうできる相手じゃない。

 でも、食料は欲しい。莉都香は生きた屍アンデッドがいない『お買い得品』棚に目をつけると、一気に駆け寄って棚に置かれている商品をつかみ取る。ナップザックに物も選ばずにすべて突っ込むとすばやく方向転換、ふたたび駆け足でエスカレーターに飛び乗った。


「おっとと……なに、コレ」


 何故かエスカレーターはすべて「下り」設定になっていた。誰かが設定を変えて生きた屍アンデッドが登れないようにしているのかもしれない。莉都香はエスカレーターを力業で駆け上がり三階へと向かう。三階はアミューズメントフロアと百円均一ショップのようだ。


 フロア内には生きた屍アンデッドがうろついているため莉都香が目をつけたのは、バックヤード。従業員が利用する場所に足を向ける。


「やっぱ誰かいるのね……」


 バックヤードに繋がる道には金属製のロールボックスパレットで壁を作ってある。しかし、ロールボックスパレットの壁は外側から押し開けられている。人が一人通れるくらいに隙間が空いており、あきらかに何者かが侵入した形跡がある。


「きゃぁぁぁぁぁぁ――!!!」


 バックヤードの奥からつんざくような少女の悲鳴が聞こえてきた。莉都香ははじかれた様に走る。ロールボックスパレットの隙間を押しのけて、バックヤードの奥へと向かった。

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