エピローグ 01

 あれから二ヶ月半の時が流れた。


 俺は相変わらず『魅惑のバロン停』で働いている。


 師匠ケーオスの魔法座学は終わり、実践的な修行が始まった。

「もう少し時間がかかると思っておったがなあ」

 師匠のエロ教師姿が見れなくなったのは寂しかったが、実践修行は楽しい。


 魔法を放つたびに乱れる例の着物のような服が、とてもツボだ。


 他にもいくつか変化があった。

 まず例の革命騒ぎで俺のヲタ芸が動画で流れて以来、客が急増した。


 あんな感じで応援してほしいと言うオーダーが中心で、それなら真美ちゃんとの約束を守れるだろうと引き受けたら、それが評判になり……

 今では悩み相談とかの客まで来る。


「体を売るだけが遊郭の仕事ではないからねえ、芸を売れるようになれば一人前だよ」

 そして俺は『呼び出し』から『部屋持ち』にランクアップして、常連さんも増えた。


 真美ちゃんも相変わらず店に来るが、盗賊団の団長さんや用心棒の騎士さんも良く顔を出す。彼女たちの悩みや愚痴を聞いているだけだが、良い情報収集にもなっている。


 まあ話の内容のほとんどが、前の世界のサラリーマンの愚痴と同じだが。


 それから先生がいなくなったせいで『用心棒のニーナさん』がいなくなり、求人を出していたので、ミッシェルちゃんを紹介したら即採用が決まった。


「兄貴の顔に泥を塗るようなことはしねえぜ!」

 どうやら頑張って働いてくれているようで、街の評判も高い。


 皇帝陛下からは写真がやたらセキュリティーの複雑なメールで届いて以来、連絡がなかったが、最近赤い髪に栗色の瞳の美少女が店に訪れる。


 かなり高貴な人物のお忍びらしく、仕草や服装にも品があり、顔が皇帝陛下そのものだ。

 あれで隠しているつもりなのだろうか? この世界の人間の価値観がまだつかめない。


 一応『アナスタシア』と名乗っているので、アナちゃんと読んでいる。


 まあ、こちらも半分以上愚痴を聞いている状態だが……

 時折「やっぱりアナちゃんは可愛ですね」と、俺が本心からの言葉を述べると、顔を赤らめて睨み返してくるのがキュートだ。


 ちなみに送られてきた写真は、ピンクの大きなリボンを頭にのせ、フリフリの可愛らしい衣装を着た陛下がスカートを握りしめ、真っ赤な顔でこめかみを引きつらせていた。


 最初に送られてきたベビードールの写真と並べて拝見すると、とても実用性が高い。


 返信で『最高です』と送っておいたが、その件に関しては未だにレスポンスをいただいていない。やはりコミュニケーションとは難しいものだ。



「ご主人様、そろそろお時間ですよー」


 俺がここ数日のノートを確認していたら、クリットが声をかけてきた。


 彼女はひと悶着あったが、今俺の『付き人』として部屋で働いている。

 部屋持ちは付き人を持つことができるが、通常それは男がなるそうだ。


「まあ、あんたの『芸』なら女の付き人でも構やしないだろうし、こんなものを野放しにする訳にはいかないからねえ」

 しかし支配人が納得してくれて、この状態に収まっている。


 クリットはサキュバスの中でも特別な種族らしく、相手をした男の潜在能力を吸収してしまうらしい。生まれてすぐ魔族軍に奴隷兵として入隊させられたのは、その辺りに問題があるのではないかと、支配人は言っていた。


 四天王の『氷結』もクリットと同じ種族のサキュバスで、何処かでレアスキルを持っていた男の潜在能力を吸収したのが、あの強さの原因だとか。


「男は魔族も人族も魔力を持たないから、どんなスキルも開花しにくい。しかしこの種のサキュバスは能力をコピーして自分の魔力で開花さしちまう。しかも強い能力を吸収すると人格にまで影響が出ちまう」


 そして支配人は少し寂しそうにキセルをくゆらすと、

「サキュバスなんて本来はおとなしい種族なのさ。第二の『氷結』が生まれないよう、ちゃんと管理するんだよ」

 俺に笑いかけた。


「管理って……」

 一応支配人ことケーオス師匠にお伺いすると。


「どうやらこの子はまだ男を知らない体のようだねえ。一番能力を吸収しやすいのも、影響を受けやすいのも初めての相手だから、あんたが抱いちまうか、他の男に抱かれないよう注意するかだよ」

 そう言って、今度は楽しそうに笑った。



 クリットは支配人のおさがりの着物のような服を着ている。

 動きやすいように半袖ミニスカ状態にカスタムしたそうだが……


 妙な可愛さが増していて、これに手を出さないのは一苦労しそうだ。

 ――支配人は、わざとやってないだろうか?


「今日は茶会だったね」

 机の横に備えたカレンダーを確認する。

 あれから週に一度エリザたちと情報交換をするため、午後のお茶会と称して定期的な会合を開いていた。


「じゃあ、戻るまで留守番してて」

 俺がクリットの頭を撫ぜると、嬉しそうに目を細め、


「了解でーす!」

 襟元からはみ出し過ぎてる大きな胸の谷間を揺らしながら、ニコリと微笑む。



 まったく、男とはどの世界でも辛いものだ。



  +++  +++  +++



「貴族院の他に市民から選挙で議員を選ぶ『民主院』を設立する準備をするから、その委員会に参加してほしいって打診がありました」


 エリザが顔を歪めながらカップを手に取ると、

「良かったですね」

 狐耳を揺らしながら、初めてあった頃の変装をしているセリーナちゃんが微笑みかけた。


 この姿のセリーナちゃんは、いま真美ちゃんと一緒にアイドルグループを結成していて、世の男どもの人気を集めている。


 教会のイメージアップとしても公認されているそうで、真美ちゃんやセリーナちゃんの他に、何人かのシスターちゃんたちもステージに上がっていた。


 その人気は男女を超えて絶大なようで、マークやエリック座長が良く「チケット何とかならない」と聞いてくる。

 マークは常連さんから頼み込まれたようだが、エリック座長は自分で観に行ってるみたいだ。


 セリーナちゃんが『人形繰』だと言うことは内緒らしく、真美ちゃんにもエリザにも話してはいないが、このお茶会のメンバーの相談役みたいな役柄を担っていた。


 二人も、何か感じる部分があるのだろう。


「そういうのはあなたが適任だと思うのですが」


 微笑むセリーナちゃんをエリザが睨んだが、

「急に獣族が委員会なんかに入ったらまとまる物もまとまらなくなるんじゃないかなあ。その点エリザさんなら上手くまとめていけそうだし」


 セリーナちゃんの言葉に、エリザは息を飲む。


 エリザもまんざらじゃあないようだし、俺も手伝えそうなことがあったら力を貸そう。

 実際適任だと思うし。


「二重人格金髪にはお似合いの仕事だと思う」


 真美ちゃんは以前ほど人見知りをしなくなったが、相変わらず人前では口数が少ない。

 しかも出てくる言葉がすべて毒舌と言うおまけ付きだが、


「アイドル勇者だか何だか知らないけど、あなたほど裏表のある人に言われたくないです」

 何故かエリザやセリーナちゃんと仲が良い。


 言い合う姿は、喧嘩してる風にしか見えないが……


 この四人での会合はちょうど今日で十回目を迎えたが、

「あたしのことはおいといて、肝心の、あの女のその後はつかめたのですか?」

 先生の足取りはあれ以来つかめていない。


 陛下…… いや、アナちゃんの話では、拘束した『氷結』の受け渡しの依頼があり、秘密裏にかわしていた条約に基づき返還すると…… 魔族側から、その後連絡が一切なくなったと言う。


 その話は、お茶会メンバーの共通認識だが、

「全然情報がつかめない。個人的にも探してるけど……」

 俺が首を振ると、真美ちゃんもセリーナちゃんも首を振った。


 セリーナちゃんの情報網も、さすがに魔族軍までカバーしていないようだ。


「そう、でもアキラにそう言い残したのなら、近いうちに向こうからアクションがあるでしょう」


 エリザは何だか寂しそうだ。

 デコボコ・コンビだったが、この中で一番先生と仲が良かったのはエリザだったからだろう。


「気持ちは焦るけど、今はそれを待ちながら準備するしかないね」

 大侵略まであと半年。


 真美ちゃんと帝国は軍備の拡大を急いでいるそうだし、俺も修行のピッチを上げている。


 和平交渉が最善の手段だが…… それを待つだけではダメなんだろう。

 交渉を有利に進めるためにも、カードは多いに越したことはない。



  +++  +++  +++



 店を出ると、外はすっかりと寒くなっていた。

 この世界にも四季があるそうで、今は秋と冬の境目だとか。


 街行く人々もコートのような厚めの服を羽織る人が目につく。


「ねえ、お兄さん。あれ取って!」

 この街では珍しい黒髪の、五~六歳ぐらいの男の子が話しかけてきた。


 刺した指の先を目で追うと、街路樹に風船のような物が絡まっている。

 公園のジャグラーたちが子供たちに配ってるものだ。


「ちょっと待ってて」

 高さは五メートル以上あったが、ここは魔法の国。

 男では珍しいかもしれないが、この高さをジャンプしても目立つことはない。


 俺が風船を取って少年に渡すと、

「ありがとう、やっぱりキミは優しいね」

 少年は顔を上げて、良く知る冷めた笑いを俺に向けた。


「どうして……」

 俺が言葉に詰まると、


蟲毒こどくって知ってる?」

 無邪気そうな笑みに変わり、小首を傾げる。


「中国の古い呪術で…… 毒虫を同じ容器で飼育して、互いに共食いさせて勝ち残ったものが神霊となって、それで猛毒や呪いを完成させる…… だっけ」

 荒くなりそうな呼吸を抑え、何とかそう答えると、


「きっと僕はそんな存在なんだと思う。この世界の歪みは時空を超えて他の世界の『歪み』を吸収して、腹の中で戦わせている。ここ十数年は僕が這い上がって、人格を形成してるけど……」


 俺が乾いた喉で、つばを飲み込もうとして何度も失敗すると、

「もう半年もすると制御が効かない日が来る。人族は大侵略と呼んでるそうだが、あれは魔族にも甚大な被害が出るんだ」


 続けてそう言って、心配そうに俺を見上げた。


「だからその前に僕を止めてくれないかな? 優しいお兄さん」

 そして風船を握りなおすと、遠くで俺たちを見ていた女性に向かって走り出した。


 心臓が早鐘を鳴らす。


 何とか少年を目で追うと、その女性に抱き上げられて、大きな胸に顔をうずめた。

 そして二人で歩き始めると、その女性の尻をさわさわと撫ぜる。


 うん、間違いない。 ――あの悪魔のような行動は少年の頃の俺の自我だ。

 一緒にいた女性は、間違いなく先生だろう。


 なんて羨ましい、じゃなかった、なんて卑劣な行為だ。


 先生の問いかけた謎のピースがすべて埋まりパズルが完成したが、俺の胸にポッカリと大きな穴が開いた気がする。


 それが少年のせいか、先生に対する思いなのか……

 その時まだ俺には、判断することが出来なかった。




Masked Gentleman.

The first duty  -END-

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貞操逆転異世界の紳士(変態)勇者伝 ~その男は仮面を被り魔法を超えるマッスルで異世界を救う~ 木野二九 @tec29

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