皇帝陛下の褒美

「一度ふった男に何の用でしょう」

 探りを入れるように問いかける。


「随分とつれない態度だな、これでもかなり面倒を見てやったつもりだが」

 当たり前だが、初めから手の内をさらしてくれない。


「まあ、あれだ、説明が必要だろうと思ってな。ナナナとの約束もある」

 やっと切ってくれたカードはこちらからの質問の許可と、先生と帝国がまだつながっていると言うヒント。


 ここで既に知っている事実を確認する暇はないだろう。

 これは言葉通りの説明の為ではなく、皇帝陛下との戦いなのだから。


 きっと、今回召喚した勇者が使えるかどうかの判断だろう。

 そうなれば、初めから確信をついて少しでも優位に立つ必要がある。


 先生が魔族軍の実質トップだと俺の膝の上ですっかりくつろいでいる少女が言った。検証する時間がないから前提としてそれを信じるしか今は方法がない。


 先生が帝国から消えたと言われているのが『大侵略』で魔王と戦ってから。そして魔王の親衛隊長と言う役職についているなら、側近中の側近と言うことだろう。


 つまり先生は戦闘中に魔王と意気投合したか、何らかの秘密を知って、そちらに寝返った。しかもその理由は帝国にも利益があり、陛下も無視できないもの。


 ――だとすれば、

「最初の質問です。なぜ魔王の和平交渉を帝国は受け入れないのですか」

 先生の性格を加味した賭けだったが、


「条件の問題だよ。詳細は言えんが、そのまま受け入れては帝国が崩壊しかねん。まつりごとには順序がある」


 陛下の含み笑いがモバイル越しに響いた。

 どうやらひとつ目の問題はクリアできたようだ。


 俺は頭の中でもう一度パズルを組み立てる。

 このライアー・ゲームを制しなければ、今までの苦労も水の泡だし、真美ちゃんやエリザの将来、そして先生の立ち位置まで影響を及ぼしかねない。


 ホールにもれる月明りが、クリットと名乗った目の前の少女の透き通るような紫の髪を照らしていた。

 心配そうな表情で覗き込んできたので、何気なく頭を撫ぜると、頭部には小さな羊のような角がある。


 紫の髪、羊のような角……

 今回の出来事の中心は『氷結』が仕掛けた、民権運動を旗印にした革命だ。

 そして帝国はその革命を積極的に止めに行ってない。


 いや、止めていなかったのは革命じゃなくて、

「民権運動…… 民主化もその条件なのですか」


「詳細は言えんと話しただろう。しかもあれは、元々帝国が進めていた施策のひとつだ」


 陛下はため息をついたが、これでピースが出そろった。

 後はこの交渉をどこまで有利に進めれるかだ。


 しかも質問と言う形式で進めなくてはいけない。

 やはり下手な駆け引きをするより、直球で攻めるしかないか。


「では最後の質問です、陛下は俺に何を求めているのですか」


 モバイルの向こうでしばしの沈黙が起きると、

「この一連の出来事で良く解った。お前なら、いやお前しかこの歪みは止められない。ここで『大侵略』を止めるために働いてくれると言ってくれれば、帝国として全力でお前を援助しよう」


 陛下の静かで力強い声が返ってきた、どうやら試験は合格できたようだ。

 ――なら、答えはひとつしかない。


「全力を尽くしましょう」

 例え帝国のバックアップがなくても、俺はそのために動くつもりだったのだから。


「ふん、ではこちらからも幾つか質問するが」

 続いた言葉に頷くと、


「何故先ほどの戦いでわざとナナナに負けた。硬化魔法レンガを素手で砕く男が、自分の服ひとつ破り取れんとは思えんが」

 陛下の少し楽しそうな声がモバイル越しに響く。


 やはり監視されていたようだ。


 まあエリザの叔母なのだから、同じような能力を持っているのだろう。

 そもそも帝都城全てが、魔力的な支配下に置かれているのかもしれない。


「先生…… ナナナは、最初から最後まで『柔道』のルールで挑んできました。だから俺もルールを守っただけです」

「何故だ」

「ルールやマナー、規律を重んじるのが紳士だからです」


「面白い考えだな。ではその品位ある態度を称えて、今回の件と今後の活動のための褒美をやろう。金が必要なら幾らでも言え、地位が必要なら爵位を与えても良い。何ならエリザベートの為に公爵家を復興して、お前を当主に迎える手もある」


 取り急ぎ大きな金が必要とは思えないし、地位にも執着はない。

 むしろ今後の動きを考えると邪魔になるかもしれない。


 エリザの件は少し気になったが、俺が当主じゃエリザが憤慨するだろうし、公爵家復興は望んでいないかもしれない。


 いつも金を貯めて自由を満喫すると豪語しているが、半分は本気のようだし……


 もし権力が必要なら、本人が自力で何とかするはずだ。

 エリザには十分その資格と実力がある。


「特にありません、もし今後必要になりそうでしたらその都度相談に乗ってください」


「はっはっは、紳士とやらは随分と窮屈な生き方を選ぶものだな。しかし何の褒美もなしでは帝国の威信にかかわる。お前は今回それだけのことをやってのけたのだからな」


 褒めていただけるのは嬉しいが、それほど窮屈な生き方をしているつもりもない。結構好き勝手している気もするが……


 まあ、そこまで言うのなら欲しいものを要求してみよう。

「では陛下、もう一枚お写真をいただけませんか。次はもっとセクシーなものを」


「――はあ?」


「いえですから、陛下のお写真をもう一枚……」

 高すぎる要求だったのだろうか。


 今度は長い沈黙があり、

「写真か」

 何か思いつめたような声色だったので、

「そ、それではセクシーさより萌え度の高いもので、顔出しで」

 方向性を変えて再交渉してみる。


「も、萌え度とは?」

「可愛い感じでグッと男のハートをつかみそうなものです」


 再度沈黙が流れたが……

 きっとここが交渉の勝負だろう。


 俺は切り札を切る。

「ご安心ください。陛下なら、そのままでも十分な萌えがあります」


「よ、よかろう。で、で、ではその褒美、し、しかと引き受けた」

 すると少し高いトーンの声が聞こえる。


 もうそれ十分萌えるのですが…… そう言いかけて何とか言葉を飲む。


 ――タフな交渉ほどクールにクレバーに行わなくてはいけない。

 それがビジネスの鉄則だった。


「身に余る、喜びです」

 俺が優雅に答えると、

「うむ」

 小さな声で返答があり、通話が途切れる。


「ご主人様、大丈夫ですか?」

 膝の上にいたクリットが、心配そうな顔で俺を覗き込む。


「ああ、大丈夫だ。タフな交渉だったが乗り切れたようだし」

 俺がまたその透き通るような髪を撫ぜると、猫のように目を細めてじゃれてきた。


 陛下の話だと民権運動そのものが帝国の主導だった可能性もある。そうなると、あの監視するような兵の態度も頷けるし、セリーナちゃんたちもその情報をつかんでいたとすれば腑に落ちる点が多い。


「物事には順序があり、強引に何かを変えれば必ずどこかに歪が出る」

 セリーナちゃんはそう言ったが、そもそもその考えが陛下のものかも知れない。


 魔族との和平交渉も進んでいるようだし、そこに介入できればより確実に真美ちゃんや多くの人々の命を救えるかもしれない。


 まだ可能性ばかりの話だが着実に前に進めたようだ。

 今回の革命騒ぎで人死にも出なかったのも嬉しい。


「俺の勝利条件は満たせたようだな」


 先生とのしばしの別れは寂しいが、この状態ならまた近いうちにお会いできるだろう。やらなくちゃいけないことは積載してるけど、とりあえずの勝利に満足し、ため息をついたら……



 こちらに向かって走り寄るような足音がホールにこだました。


 視線を向けると、

「連絡が取れないから、し、心配して、駆け付けたのに」


 肩で息をするエリザが現れた。


 あらためて自分の状態を確認すると、だれもいない薄暗いホールで美少女を膝に抱えてくつろいでいる。


 ――とても説明に困る状態だ。

 しかもクリットは俺の首に手をまわしてるし、魔族軍の制服を着ている。


「待ってくれ、きっと誤解だ」

 何とか説明しようとしたが、


「やっぱりあの時、殺しておくべきだった」


 エリザは乱れた金髪を手で整え、例の焦点の合って無い目で微笑み、持っていた錫杖をフルスイングで投げてくる。


 前々から気になってはいたが……



 それって、そんな使い方する物じゃないだろう。

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