第16話 自分にできないことは

 今までのあらすじ

 王太子リアムとその護衛騎士のオフィーリア(オリ)は幼馴染。王位奪還を目論んでいると思われる第二王子の動きに気づいた彼らは、若いながらも大手商会の長となったデューと、伯爵だった父親の汚職により失脚し街で償いのために傭兵となっていたグレイどのを仲間につけて情報を探る。

 そんな最中、リアムとオリは国王から、隣国でありオリの出身地のトウに行ってこいと命令を受けた。




 -・*・- リアム視点



「リアム殿下万歳!」


 歓声が街に響く。

 俺は馬車の窓から民衆に向かって手を振っていた。

 王子が公式に街を出歩く、しかも隣国まで出かけるのは久しぶりのことだからか、民衆の熱狂も凄いものだった。


(昔は、この期待が怖かったんだよなあ)


 知らない人から自分へ向けられる視線の熱さに戸惑って、一方で自分のできないことの多さに焦りを重ねた。


(今なら分かるんだがな)


 焦ってもしょうがない。できないなら努力するだけ。なんなら、できる人を周りに置けばいい。


「......オリはけどな」


 俺の馬車の左手前、立派な白馬に乗った幼なじみは、結んだ髪をたなびかせ、だが他の騎士のように誇らしげな顔をするでもなく無表情だ。

 しかしどうやら、そのあっさり加減が町娘の心に刺さるようなのだ。


 きゃあきゃあと声を上げ、リアム殿下! と叫ぶ中にときどき、オフィーリア様! や、オリ様こっちを向いて! 果ては、オフィーリア様結婚して! なんて歓声が混じっているのを俺は知っている。


 前に、女同士で結婚はできんだろう、と城の女官に冷静に突っ込んだことがある。

 あのときの冷めた視線を俺は一生忘れないだろう。


 なんて阿呆なことを考えつつも列は進む。気づけば、王都の門を出るところにまで来ていた。


「リアム殿下」


 民衆の視線を遮り、オリの顔が現れた。


「王都を出たら窓を閉めます。今日は道沿いの森で昼食のあと、夜は国境沿いの伯爵邸に泊まる予定です。その間に何かあれば申し付け下さい」


「わかった」


 短く答えると、オリにまじまじと顔を見られた。


「......なんだ?」


「いえ、殿下が素直に納得されるときは何かしら企んでいるときですから。前に出かけたときも、休憩中に勝手に冒険していらっしゃったじゃないですか」


「何歳の話だそれは!」


 そんなこともあったなそういや、とバツが悪くなりかけた自分のことはとりあえず無視してそう返す。すると、はは、と声に出してオリが笑った。


「そうですね。今はもう結婚できる年齢もすぎておられますし、そんな心配はないでしょう」


 では閉めますね、と言ったオリの後ろ。

 恐らく民衆の前では初めて見せたのであろうオリの笑った顔に、きゃー!! と甲高い歓声が響いていた。




 -・*・- オリ視点



 王都の門を出てからは、馬をリアムの馬車の横に付いて歩かせる。とりあえず道沿いに歩くだけだから、特に山道とかでもない限り馬に任せておけばいい。

 そうしてひとつ気にすることが減ると、私の頭はついついこの間のことを考えてしまう。この間と言っても、つい一昨日の夜のことなのだが。


 一昨日、旅支度を終え、リアムが寝たのを確認してから私はのところへトウに行く前最後の報告に行った。

 たがは私の姿を見た途端に、


「ああ来たのかオフィーリア。だが、もう報告は受けた。さっさと帰れ。」


 と言ってハエを追い払うかのように手を振って見せた。


「報告を、受けた......?」


「そうとも。お前なんかより使える手駒だぞぉ? あのフードは」


 そう言ってニヤァッと笑った。


 フードの男。それは、私より後にの元に入ったやつだ。年齢も性別も不詳。ただ分かっているのは、いつも黒いフードをつけていることと、得物を持たず素手での戦闘が異常に強いこと。


(そんな奴が、どうしてリアムの報告を私より先に......?)


 しかも、そのあとにが言ったことによれば、フードの男はリアムがトウ国の城に滞在したあとにどこの村や街を巡るのかは、そのときのリアムの一存に任せられるーーつまり現時点では決まっていない、という情報も伝えてきたそうだ。


(その話は、その日の夜、寝る前にリアムから初めて聞いたことだったのに)


 つまりは、あのときに私たちの話が聞こえる範囲にフードの男がいたのだ。

 城に侵入してきたとかリアムの部屋近くまで接近されたとかそんなことよりも。


(私、全く気づかなかった......)


 敵が見えてさえいれば守る自信はある。それだけは護衛騎士を任された身として宣言して見せよう。


(でも、見えていない敵を相手に、私は......)


「オフィーリアどのっ、どうかしたんですか?」


 そのとき右から陽気な声がかかり、思わずビクッと反応する。


「......デューか。びっくりさせないでよね」


 デューは国を代表する商会をもつ1人として馬車に乗っていた。そういえばその馬車は、リアムの1つ後ろの馬車だったなと思い出す。

 つまり、考え事に夢中になったあまり、馬の足が遅くなっていることに気づかずに本来いるべきところの1つ後ろの馬車の横に自分はいたのだ。


(何やってるんだろう、私)


 焦りを募らすあまりに今を見失っては意味がないのに。そう思うと自然と溜息が出た。


「ありゃりゃ。流石の騎士さまも緊張されてます? なんなら、わが商会自慢の飴でもなめますか?」


 そう言うが早いか、デューがゴソゴソと鞄を探る音がした。


「んなっ! おいお前、こんなところで騎士様をお相手に商売するつもりか?!」


 途端にデューの奥から聞こえてきたのは、確かバイロンジュニアの声か。


(そういえば、この2人同じ馬車だっけ)


 なんとも、一緒に乗せられている文官様の胃が心配になる組み合わせだ。


「人助けなので商売じゃないですね〜! お、ありましたよ、確かオフィーリアどのはオレンジが好きでしたよね〜」


「おまっ、なら私の商会のものを」


「貴方のところは甘味扱ってないでしょーに。はい、オフィーリアどの」


 にこっと笑って渡された飴ーーオレンジの蜜をかためたものーーは、確かに私の好物だが、彼に伝えたことがあっただろうか?


「ーーあぁ、さんに前教えてもらったんですよ」


 私の視線をしっかりと解釈したデューが言った。


(なるほど)


「何を心配されてるのかは知りませんけど、護衛騎士さまの責任が重いことくらいは俺もわかります。でも、頼ってくれてもいいんですよ? というか、リムさんなんかは期待してると思いますし」


「......そうだろうか」


「絶対です。だいたい、完璧な人なんていませんからね、使える人は使ってなんぼです」


「おい、さっきから何の話を......」


「はい、今いいところなんで部外者は黙りましょうね」


「なっ! ぶが......?!」


 ぶふっ、と堪えきれない笑い声が自分の口から出た。その瞬間、デューとバイロンジュニアの視線が自分に集まるのを感じる。


「デュー、使使とか言ってる時点で良い話は終わってるから」


 我ながら、こういう笑い方は珍しい。

 だからなのか、デューもいつもみたいにすぐ言葉を返すこともなく、何故か恥ずかしそうに曖昧な笑みを顔に浮かべた。


「えぇ、いや......まぁ、確かにそうかもしれませんけど」


「その通りですね、オフィーリアどの! 全く、お前は、何が良い話だ!!」


 そして弱気になったデューに、調子に乗ったバイロンジュニアが突っかかる。

 そうして続く言い合いに、もう一度クスッと笑いがこぼれた。


(うん、頑張ろう)


 一度守ると決めたのだ。

 今更、強い敵が、見えない敵がなんだというのか。











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王子と護衛騎士の友情からはじまる恋愛譚 瓶覗しろ @kamenozoki-shiro

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