第15話 降る星のように

 -・*・- リアム視点

「明日か......」


 城の中庭に座り込んで、ぽけーっと夏の夜空を眺める。

 トウへの出発は明日に迫っていた。


  トウでのスケジュールは細かく決められ、夜会に会談、視察など多くの行事が詰め込まれている。今のように呆けながら空を見上げたり城や街を自由に散策したりという時間はなかなか取れないだろう。


 そう考えたら、無意識のうちにため息がこぼれた。


「最近、楽しすぎたからなあ」


 小さい頃、王子であるからには、と人との関係に見切りをつけていた自分に教えてあげたい。王子だからこそ出会えた楽しみもあったぞ、と。


 なんてことを考えていると、夏虫のりぃん、りぃんという鳴き声の中にザクッザクッと近づいてくる足音が聞こえてきた。


(こんな時間に誰だ?)


 そう思って後ろを振り返ると、オリが俺の肩にショールをかけたところだった。


「私に説教されたのも楽しかった? 今またしてほしいとか?」


 俺の肩に手を乗せたままの近い距離で良い笑顔を作りながらそう言われ、しばし思考が停止する。


「ーーいや! いやいやそんなことは!!」


 だがすぐにばっと距離を取りながら否定すると、オリが呆れ顔で立ち上がった。


「こんな時間に、誰にも何も言わずに部屋を抜け出さないでよね。......まさか、トウでも同じことをするつもりじゃないよね?」


「そんなことしたら国際問題になるだろ......」


 他国の王子が秘密裏に動き回るなんて、スパイだと思われても仕方ない。


(流石にいくら俺でもそんなことしないわ!)


 そういう気持ちを込めてじとっとオリを見ると、オリはふっ、と表情を崩した。


「わかってるよ、王子としてのリアムは信用してる」


 オリが手放しで俺を褒めるのは珍しい。思わずぽかんとオリの顔を眺めてしまう。


(ん? いや、ちょっと待て)


って、それはどういうことだオリ」


「さて。そんなこと申し上げましたか?」


「思いっきり言ってたからな! 俺は傷付いたぞ!」


「それは困りましたね。ーーでは、」


 オリがにこっと笑って俺の横に立った。


「どうしたらお許し頂けますか?」


 オリの言葉に、にっと笑って即答する。


「俺と剣の稽古だ!」




 -・*・-

「負けたわ......」


 いつも通りあっけなく負けた俺は、剣を放り出してドサっと草の上に倒れ込む。


 夏の夜空は、煩いくらいに星を瞬かせながら俺を見下ろしていた。

 と、その視界にチラッと金色が走ったと思ったら、オリの顔が覗きこんでくる。


「......気分転換にはなった?」


 やや心配げに言ったオリの言葉に、少し目を見開く。どうやらさっきの独り言は、随分と最初の方から聞かれていたらしい。


(全て、オリにはお見通しか)


 その恥ずかしさより、嬉しさが勝った。自分のことをちゃんと分かってくれる人が常に側にいる俺は、もしかしたらかなり恵まれているんじゃないだろうか、と。そして、それに気づけば憂鬱さなんて泡と消えていった。


 元より俺は、国民のために直接動けるこの立場はそこまで嫌いじゃない。


(ーーオリたちにも会えたしな)


 そこまで考えて、オリに笑い返した。


「あぁ、十分だ」


 俺の言葉に微笑んだオリを見ながら体を起こし、立ち上がる。

 軽く伸びをしながらまた空を見上げれば、今にも降りそうな星々が目に入った。


 そこで、ふと気がつく。オリは、俺にとって星のようなものかもしれないなあ、と。気づけばいつも見守っていて、優しく、だけど確実に後押ししてくれる。


「......て、俺が守られてばかりだな?」


 ふと気がついてしまった事実にやや愕然とした。

 いや、護衛騎士だから当たり前と言えばそうだけど、それ以前に幼馴染として、男としてどうなんだこれは。


「何か言った?」


 首を傾げたオリを見て、苦笑がこぼれる。


 今気がついたからには、未来の俺に期待するしかないか。

 とりあえずはトウだ。そしてトウでやりきるためには、やっぱりオリが必要なのだ。


 そう自覚してから、正面からオリの目を見る。


「いや。ーーオリ、トウでもよろしく頼む。俺のことはお前に任せた!」


 一瞬きょとんとしたオリがーーだがすぐに、俺の前に膝をつく。やや見える口の端は、笑みを浮かべているようだ。


「御意」


 そう言ってちら、と目を上げたオリに、にっと笑い返すと、ふっと笑ったオリがおもむろに俺の手を取った。


 いきなりなんだ? と訝しむと、跪いた姿勢のまま俺の手を口元に寄せたオリは、いたずらっ子のような表情で俺を見上げながら口を開いた。


「ーーあなたことは私が必ずお守りしますよ、姫?」


(............)


 どうやら、さっきの言葉も聞かれていたらしい。


 目の前のかっこよく整った笑顔を見ながら、自分が男らしくオリを守れる日なんて来ないかもしれないと、ひきつった笑いを俺は浮かべた。

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