第14話 そこは王子らしく

 -・*・- リアム視点

「じゃあこれはここに置いとくぞ、デュー」


「......へい」


「デュー、これはあっちの棚に移しちゃって大丈夫?」


「......へい」


 どすん、と商品の入った箱を置きながらデューをちらっと見ると、ぼけっと立ち尽くしながら俺たちの方を見ていた。


「デュー、どうかし」


「いやいやいやいやいや!! おかしいでしょう、この状況! なんですかコレ! いや、なんで貴方がたこんなところで荷物の上げ下ろしなんてしてるんですか?!」


 急に覚醒したデューが叫ぶ。


「こんなところって言ってもなぁ、お前の商会だろう?」


「そうですけど」


「そこのおバカ王子のせいで迷惑かけるね」


 じとっとした目になったデューに、オリがパンパンと手の埃を落としながらそう声をかけた。


(バ......)


 ......まぁ、なんだ。事の顛末を説明するとこうなる。


 あの後、オリはその場で説教を始めたのだが、それがやや人目を引いてしまった。

 それに気がついたオリは、ひと段落ついたところで「この続きはデューの倉庫でやらせてもらおうかな」と勝手に宣言。

 固まったデューを置いて、俺を引っ張ってここへ連れてきたのち、第二グラウンドを開始した。


 そして第二グラウンドが終わったあとーーちなみに俺は、罰としてトウの勉強が倍増されることになったーー、俺たちは、迷惑をかけたお詫びにと倉庫の整理を手伝うことにした。


 そして今までずっとデューは、珍しく気の抜けた顔を晒して突っ立っていたというわけだ。


「......そこのアホさんは目立ちたくないんじゃないんですか」


 細められた瞳がギロッと俺を向く。

 バカだのアホだの言ってくれているが、こいつら、俺が王族だと分かっているのだろうか。


(......いや、今回は確かに俺が悪いが)


 なんて考えている隙に、オリがデューに答えた。


「意外に下っ端の作業の方が見つからないもんだよ」


「下っ端......?!」


 その言葉に衝撃を受けたらしいグレイどのが声を上げる。

 それを見て、デューが大きく溜息をついた。


「......もうアホ様は勝手にすればいいですけど。グレイどのも、最初は誰しも下っ端ですからね? 今更文句言わないでくださいよ」


(......またアホって言ったなこいつ)


 流石になんか文句の1つでもと口を開きかけたとき、倉庫の横の商会本部の方からガシャーーンッ!! と大きな音が聞こえてきて口をつぐんだ。


 次いで聞こえてくるのは誰かの怒号か。


「デュー! 何かやばそうだけど、」


 騎士モードに切り替わったオリが声をかけると、デューははあぁ、と大きく溜息をついた。


「......あー、まぁ新規商会の通る道というか。俺らに売り上げ奪われたって言いがかりつけてくるやつらが、ちょくちょく来るんです。さて今日はどうしてくれよう、ってちょ! 殿下?! あんたが1番表に出ちゃいけないでしょうが!」


 諦めを目に宿しつつ言うデューに納得がいかず、俺は走り出していた。




 -・*・-オリ視点

 いきなり走って行ってしまったリアムに舌打ちをしつつ、私も追いかける。

 リアムは諦めるということを良しとしない。それが今までは良い方向に行っていたが、フィールドの違う商会相手にどこまで通じるか。何かあってからでは遅いのに......。


(全く、守りにくい王子だ!)


 隣の建物を覗くと、怒鳴り込んできたであろう男がリアムに気がついて振り向いたところだった。


「なんだお前! お前もこの商会を庇うつもりか?!」


 興奮する男ーー中年くらいのガタイのいい黒髪の男ーーは、リアムに近寄りながらそう声をあげ、胸ぐらを掴もうとする。

 が、リアムはあっさりとその腕を掴んで男の動きを止めた。


「いてぇなおい! なんなんだお前っ!」


 なおも暴れようとする男に、リアムが冷静に言う。


「お前こそなんだ。この商会は、なんら問題のあることをしたわけじゃないだろう。お前のそれは八つ当たりじゃないのか?」


 その淡々とした物言いにうっ、と言葉を詰まらせた男は、だがすぐに叫び返す。


「ッうるせぇ! 俺はどうしても、アルバ商会で女房とガキを養わなきゃいけねぇんだ!! それを、それを! こいつが俺の市場をのっとって!」


「アルバ商会? あぁ、牛肉を専門に扱っていたところか。」


 リアムがそう言うと、男はピタッと動きを止めた。


「ーーお前、知ってるのか?!」


「あぁ、当たり前だ」


 確かに、それはリアムにとって当たり前のことだ。

 リアムの頭には、この国の商会や貴族の名前から特徴まで全てが入っている。なぜならそれが、王太子として求められるだから。

 そしてその知識ゆえに、デューとは違う対応ができるだろう。


 そうだとしても、やっぱり護衛としてはあの考えなしの走りはどうにかしてもらいたいものだが。


 そう溜息をつきつつ、とりあえずは閉まっている方の扉に隠れて剣に手を添えながらも、成り行きを見守る。そんな私の横で、デューも扉の中を覗いていた。


「ーー確か、脂の乗ったコクのある肉が売りだったか?」


「! そう、そうだ! それが俺たちが昔から繋いできたものだ」


「そうか、確かここの商会は安くて質の良いを売り始めたんだったな」


「それだ! それがまさに俺たちを......ッ!」


 男が顔を歪めて歯を食いしばる。

 恐らくは彼も、こんなの八つ当たりだと分かっているのだろう。

 そんな男を見たリアムが、にっと笑った。


「ーーなら、大丈夫だ」


「「は?」」


 声がダブる。1人はあの男で、もう1人はーー。

 ちらっとデューに目をやると、はっ、と自分の口を塞いだところだった。


「......いや、大丈夫な流れではないのでは」


 誤魔化すようにそう言ったデューに、肩をすくめてみせる。


「まぁ、男のあの様子なら大丈夫かな。あとはリアムに任せればいい」


「......理由は殿下と護衛騎士サマにしか分からんということですかい」


 納得しない顔でそう呟いたデューに苦笑を返して、リアムを見れば分かるよ、と指差した。


「客を変えればいい」


 私の指の先では、ちょうどリアムがそう言ったところだった。


「きゃ、客を......?」


 男が困惑しつつも期待の滲んだ声色で聞き返す。


「あぁ。今までは庶民相手だっただろう? だが、脂の乗った肉は貴族の方が好むだろう。俺は前にアルバ商会の肉を食ったことがあるが、あの旨さなら多少値段が高かろうと貴族は買う」


「本当か?!」


「ああ、そうだな......、ボーンズ侯爵なんかが特に脂ののった肉好きだったと思うぞ。あの領土は王都ここからも遠くないし、そこで心機一転店を始めてみたらどうだ?」


 男の顔が希望に輝く。

 そしてリアムに握られていた腕の力をぬき、こく、と頷いた。


「ーーわかった。俺のこの醜態を止めてくれたお前を信じるさ。すまねぇな」


 リアムがにこっと笑い、男の手を放す。

 王子なだけあるというか、リアムの微笑みは万人受けする。それに、普段貴族たちに振りまいているのとは違う、本物の慈しみが籠もった笑顔は久しぶりに見た気がした。


「いや、こちらこそ手荒なことをした。応援しているぞ」


 リアムが差し出した手を、男がグッと握る。


「あぁ、見ていてくれよ!」


 そう言って男は、どことなく晴れやかな顔で出て行った。

 それを建物の影からデュー、そしてやっと追いついてきたグレイどのと一緒に見守る。


 それから中に入って、リアム? と呼びかけると、リアムはビクッと肩を揺らした。


「......あ、いや、オリさん? あの、これはですね、えぇと」


 説教されてすぐにこの行動。怒られる自覚はあったのか、目を泳がせながら弁明しようとする。

 すると、私より先にデューが口を開いた。


「ま、今回はオフィーリアどのも怒らないであげて下さいよ。俺も、助かりましたしね」


 苦笑しながらそう言うデューと、その後ろでこくこくと頷いているグレイどのに、思わずフッと笑ってしまった。


「ーー仕方ない、今回はデューに免じて許そうか」


 途端、リアムの顔が花が咲いたように明るくなる。


「ッ本当か?!」


「ただし。今回だけだよ」


 釘を刺すと、うっ、とリアムが言葉を詰まらせた。

 それにちゃちゃを入れるデューと、大丈夫ですよ! なんて励ますグレイどの。


 困り者ばかりだけど、なんだかんだ微笑ましいような、この日々がずっと続けばいい。

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