第19話 理を追う者 前編(★)

「ジェシカ、少し歩きませんか?」


 目的もなくただ知識だけを詰め込んでいただけの日々に師匠せんせいは森の散策に誘ってくれた。

 断る理由は無いので、レンに野草の採取も頼まれつつ共に森へ出る。


「だいぶ迷いがある様ですね」

「……はい」


 この頃になるとあたしは『世界の本棚』から自由に本を取り出せる様になっていた。

 それは才能なのか、それとも愚者故の貪欲なのかは解らない。

 同時に己が求めるモノが何なのか、解らなくなっている。


「良くある事です」


 師匠は嬉しそうに食べられる野草を見つけ摘む。


「でも……あたしは最初からつまづいてます」

「それで良いのです。無理に道を決めても後に歩む事が苦痛になってしまいますから」


 すると、師匠の“使い魔”である鷹がその腕に舞い降りてきた。


「ジェシカ、眼を閉じて」

「はい」


 言われるままに眼を閉じる。すると師匠は自分の額とあたしの額を合わせた様だった。

 眼を閉じたまま待つ。鷹の羽ばたく音。そして、


「目を開けて」


 ゆっくりと目を開けると、視界は大空にあった。

 晴天の日差しを心地よく飛行する鷹の目線。

 眼下に広がる森林。

 その中に隠れるように鎮座する大樹。

 果てまで続く地平線。

 滑空と上昇を繰り返す視点は目まぐるしいが、それ以上に清々しさを感じた。


 そして視線はゆっくりと暗転するように目の前に戻る。


「世界はとても広いでしょう? 私たち魔術師は彼らに挑戦しているのです」

「挑戦ですか?」


 師匠は、ええ、と頷く。


「複雑に絡み合った森羅が織り成す奇跡こそがことわり。魔術師は理を追い、その先にある答えを求める者達なのです」


 世の中には想像もつかない様な事象が数多く存在する。

 しかし、それは決してヒトの理解を外れた物事ではないと言う。


「いつの日か、ヒトは世界に対して答えを出すでしょう。その時、世界中の魔術師達が追い求めていた真理はその手助けになるハズです」


 どんな研究でも無意味なモノはない。

 師匠は遠回しながらそんな事を言いたいのだと理解できた。


「誰よりも自分が納得できる理を追いなさい。それはとても素晴らしいモノになるわ」

「はい!」


 それでも自らの追い求める“理”は明確にはならなかったけど、焦りや不安は前ほどに感じなくなった。

 本当に追いかけたいモノ。

 それが解るまで、もう少しだけ他の為に自分の魔法を役立てようと思ったのだ。






 王都の外――西側で夜営をしたルドルフは用意された食事に手をつけていた。


「中々に美味だよ、スカーレット」

「ありがとうございます」

「それにしても……君にこの様な腕前があったとはな」


 ルドルフからすれば嬉しい誤算であった。


「? 旦那様が遠征する際には毎回、お食べいただいてハズですが」

「あ、そ、そうだったかな? あはは」


 レイスが植え付けた記憶をルドルフは詳細に知っている訳ではない。ボロが出そうになった事を笑って誤魔化す。


「スカーレット、レイス殿を呼んできてくれるかな?」

「はい。少々お待ち下さい」


 スカーレットの演技を続けるジェシカは難しい顔をして考え込んでいるレイスへ声をかける。


「レイス様。旦那様がお話したいと」

「……上手くやったものだな」

「え?」


 突然、レイスから向けられる言葉。その真意は何なのか……


「えっと……旦那様の要望でレイス様のお食事も用意してありますが」

「……」


 レイスから向けられる沈黙。それは全てがわかっていると言うような口調で――


「そうか。ありがとう」


 そう言ってレイスは警戒を解き、ルドルフの元へ向かう。

 ジェシカはその背に続くと、内心ほっと撫で下ろした。

 カマをかけてきたのだ。僅かな違和感さえも逃さぬ徹底ぶりに慎重に会話をしなければと改める。

 レイスの後に続いてルドルフの元へ戻る。


「スカーレット、君は帰り支度をしておきなさい。私はレイス殿と話がある」

「はい」


 恐らくスカーレットとしての記憶に関する事を聞いておくのだろう。


「レイス殿、スカーレットの件で――」


 レイスは用意された席に着くと同時に、意識を失う様にテーブルに伏すルドルフを目の当たりにした。


「――――」


 それは一秒にも満たないレイスの思考が一瞬にして全てを理解した瞬間だった。

 他の冒険者が、何事だ? と気にかけている間にレイスは叫ぶ。


「全員! スカーレットを確保しろ!!」


 同時にジェシカは走り出す。

 だが、近くにいた冒険者の動きは余りにも速く、そして迷い無くジェシカを殴り倒した。


「うっ……?!」


 今度はジェシカが驚愕する番だった。

 ヒトは咄嗟の命令に対して適切に実行するまで僅かな硬直が生まれる。

 しかし、今の冒険者の動きは全く迷いがなかった。


「この場の全員に催眠を――」


 まるで感情を排除したような無表情の冒険者達にジェシカを取り押さえられる。


「驚いたな。どうやって『サトリの眼』から逃れた?」


 目の前に立つレイスは今までにないイレギュラーを見ていた。


「お前にはスカーレットの記憶を確実に植え付けたハズだ」


 昨晩も違和感は何もなかった。


「……」

「答えろ」

「……答えてどうするの?」

「二度とそんなことは起こらぬ様に要因をこの世界から消し去る」


 それは『サトリの眼』を持っているからこそ出来る芸当であり、この会話も他に知られる事はない。


「……そうか。お前も『アルビオン』の一人か。中々の人材だ。正直嘗めていた」

「『アルビオン』?」


 すると無理やり起こされたジェシカはレイスに叩かれる。


「お前が答えて良いのは私の質問に対してだけだ」


 目の前に『サトリの眼』を覆した術がある。それは決して見逃せない。

 ジェシカは口の中を切ったのか口の端から血が流れる。


「手間をかけさせるな。お前が喋らないのなら、お前と関わりのある存在を殺し合わせる。お前の目の前で、だ」


 レイスは『サトリの眼』を要いた、現実的な脅しをかける。

 ソレが出来るからこその偽りのない迫力。

 レイスにとって国一つ滅ぼす事など造作もない事だった。


「仲間がいるのだろう?」

「……」

「沈黙か。ならば、あの『角有族』の子供――ラキアと言ったか。アレに父親を殺させる」

「!?」

「その後はお前と親しい者から順にだ」


 レイスとしては是が非でも『サトリの眼』を弾いた術理を知っておかなければならない。


「……わかったわ」

「答えろ」


 項垂れるジェシカの様子に、手間をかけさせるな、とレイスは鼻を鳴らす。


「私は……一人よ」


 しかし顔を上げたジェシカの眼は屈したモノではなかった。


 バチッ――


 その時、短くそんな音が聞こえ、高速で何かが冒険者達を通り抜けた。


「なんだ?!」


 レイスは防御魔法を反射的に発動して難を逃れるが、ジェシカを押さえつけていた冒険者達も、糸が切れた様に力を失うとバタバタと倒れる。


「――これは」

「貴様……今度は何をした?!」


 例え手足を失おうとも命令を遂行する手駒達が瞬く間に全滅したのだ。

 冒険者達は倒れたまま痙攣する様に伏し、指一本動かせずにいる。


「やれやれ。情けないと思わんか? 大の大人が可憐な童子によってたかって脅しをかけるとは」


 そこへ現れたのは一人の少女。

 彼女はレイスが捕らえた中に居た孤児の一人だ。

 しかし、全員催眠をかけて騒がない様に眠らせていたハズ。自ずとレイスは警戒する。


「ようやく合間見えたか」


 少女が一歩踏み出すと、その身体は大人へと変化し、着ている衣服さえもその身を納めるに適した物へ変わった。


「すごい……」


 ジェシカは彼女の行った変身魔法がどれだけ高度な代物であるのかを理解できる。


 外見を変えるだけならまだしも、子供から大人への変化は自らの身体を細胞の一つまで全て把握していなければ出来ない芸当だ。


「やはり、視線は高い方がよい」


 妖艶に笑う彼女はヒトの姿に唯一『狐』の耳だけが特徴的な『獣族』であった。


https://kakuyomu.jp/users/furukawa/news/16817330661617605717






 銀色の眼に白髪と大人びた雰囲気から生まれる妖艶な笑み。

 レイスとジェシカ目の前に現れた『獣族』――『狐』の女は魔術師としての技量は不明だった。

 先ほどの変身魔法を取っても凄腕だとは解る。だが、それが何に寄っている・・・・・・・かが重要なのだ。


「妾は鳴狐真なるこしん。一応の礼儀じゃ。覚えておくといい」

「……私を前に自らの素性を明かすか」

「なに、そなたの知ったのは妾の名前だけじゃ。その他は何も知らんじゃろう?」


 ほっほっほっ。と若い見た目で老獪に笑うナルコは『サトリの眼』を何一つ恐れていなかった。


「関係が無いのだよ。どれ程強く、賢くあろうとも――」


 何も意味はない。『サトリの眼』の前に出てくる時点で戦いすら起きないのだから――


「――――」


 レイスは『サトリの眼』でナルコを見る。一度でも眼を合わせればそれで終わりだ。


「ふむ。悪くはないのぅ。世界一危険な視線に見つめられると言うのは」


 対してナルコはレイスとは眼を合わせようとしなかった。

 僅かに視線を落とし『サトリの眼』の視線を躱している。

 あり得ない。スカーレットの様に受けた上で解除するならまだしも、最初から眼を反らすなど――


「まさか……知っているのか!?」

「さて。どうじゃろうな」


 コン、コン、と言いたげにナルコは指遊びで狐の頭を作ると次の瞬間、白雷がレイスを貫いた。


「ぐっ……かは!!」


 それは周囲の冒険者達を行動不能にした攻撃である。


「なるほど。確かに『サトリの眼』を持つのなら最も警戒するのは即死。幾重と防御魔法を仕込んでおるか」


 ナルコの言葉通り、レイスは攻撃に転ずる魔法を何も持ち合わせていない。

 『サトリの眼』を使えば誰であろうとも支配下におけるのだ。ならば、何よりも優先するのは己の身を守る事と即座に離脱する術である。


「くっ……」


 しかし、ナルコにとってそれも全て想定内であった。

 彼女は研ぎ澄まし続けた。

 躱すことも逃げることも出来ない攻撃――『雷魔法』を。


「『サトリの眼』はここで破壊させて貰う。抵抗するなら命の保証は出来ぬぞ?」


 ナルコは相変わらず目を合わせない。

 レイスは確信した。この女は……『サトリの眼』を知った上で目の前に現れたのだ。

 しかし、そう考えるのならあまりにも不自然だ。


「偶然にしては出来すぎだ……」


 『サトリの眼』を“弾く者”と“知る者”。それらと同時に遭遇した事実に、まさか、と言う懸念が生まれる。


「“あの方”が……敗れたのか」

「ほう」


 耳が動き、ナルコはレイスの呟いた言葉を的確に拾っていた。


「出来すぎだと思うかのう? 案ずるな、偶然はそこの女児の存在だけじゃ」


 ナルコはジェシカの事を告げる。


「ならば……お前は――」

「100年はとても永かったぞ」


 この女……まさか。ずっとこの地で準備をしていたのか。


「理解が遅いのう。お主は逃げられん」


 いつの間にかナルコは再び指を狐の形にしている。


「さてさて。上か? 右か? 左か? それとも、前か? 後ろか?」


 レイスはどこから攻撃が飛んできても耐えられる様に防御魔法を集中する。

 耐え凌げば必ず逃げる隙が出来るハズだ。

 『雷魔法』は強力な分、消費する魔力も精神力も他の比ではない。


 レイスは装備する魔道具によって魔力消費の軽減を最大にする事で六層の防御魔法を重ねがけ出来る。

 これは『ローレライ』でさえ破れなかった代物だ。お前は何も出来ずに消耗するだけだ。


 その時、レイスは足下からの光を感じた。刹那――


 天へ昇る白雷が地面から発生した。膨大なエネルギーが、防御意識の薄い真下から発生したのである。


「ぐ……おおお!?」


 保険の防御魔法を要した指輪が立て続けに割れ、展開していた六層の内、五層が一瞬にして破られた。


 その閃光は早朝の光を凌駕し、遅れて空気が破れた様な轟音を響かせる。


「下、じゃったな」


 ナルコは、相変わらず笑っていた。






 王都の中で最も高い、時計塔の屋根の上から、レヴナントは昨日の“アルビオン”の言伝てを待っていた。


『レヴナントさん。聞こえる?』


 その耳には昨日は持っていなかったピアスを着けていた。


「聞こえるぞ。便利だなこれ。何で昨日出さなかったんだ?」


 問題はあるものの、離れても会話が出来る魔道具である。


『勇者シラノの遺した魔道具なの。王都崩壊時に全部機能を失ってて、昨日ようやくワンペアだけを修復出来たってわけ』

「そうか。ふむ、悪くはないが動くと鬱陶しいな」

『動き回るレヴナントさんには合わないかもしれないわね。でも今は緊急事態だから』

「わかってる。レヴも時代の最先端を行くぞ!」


 その時、王都の外に白い閃光が空に昇って行く様を目撃する。


「見えた!」


 遅れて雷轟。王都を徘徊していたリリーナにもその音は聞こえた。


『どこの方角?!』

「北西の外壁の外側だ!」


 今の王都の門は東と南しか開通していない。駆けつけるには回り込まなければならず時間がかかる。


『馬を捕まえるわ』

「レヴは先に行くぞ!」


 と、レヴナントは時計塔から飛び降りるとある程度落下した所で壁を蹴り、次に高い建物の屋根に転がりながら着地。そのまま屋根づたいに走って行く。


『レヴナントさん!? 先に行くってどういう――』

「壁を越える!」


 リリーナがふと西側を見た時にはレヴナントが壁に向かって跳躍している所だった。

 彼女は壁を越えられる高さまで跳んではいない。

 リリーナは咄嗟に風魔法で彼女を持ち上げようとしたが――


「どりゃあ!」


 レヴナントは勢いをそのままに壁に拳をめり込ませた。


「……え?」


 リリーナは思わず眼を点にした。

 レヴナントはもう片腕の指を外壁にめり込ませると、拳を引き抜き、軽く反動を着けて腕の力だけで飛び上がる。

 そして、壁の上に乗るとそのまま向こう側へ降りて行った。


「……ヘクトル公のメイドは全員、ああなのかしら?」


 言うまでもなく、レヴナントが例外なだけである。






 白い雷。

 それは容易く見れるモノではない。本来のことわりが持つ“色”とは、その性質を強く表していると言われている。

 故に本来の“色”とは異なる色を持つ理は、その性質を大きく変えている事の証明なのだ。


「あり得ん……くっ……」


 レイスは膝をついた。

 防壁の真下は意識が薄い故に強固にするイメージを疎かにしていた。

 しかし、下からの攻撃で強力なモノは世界でも限られる。故の判断だったのだ。


「常識を越えた力に対して、常識で挑むのはあまりにも芸がない。そう思わんか?」


 ほっほっ。と笑うナルコは既にレイスの命を射程圏内に捉えている。


「詰み、じゃ」


 チチッと、ナルコの身体に白い静電気が舞う。狙いはレイスの持つ『サトリの眼』。そして、レイスが何かを起こす前に終わらせる――


「見つけたぞ、クソ野郎」


 その場にレヴナントが降ってきた。


「――――」


 イレギュラーの出現。本来であれば詰みに詰みが重なる状況であるのだが――


「レヴナント」


 レイスはこちらを見るレヴナントと眼を合わせた。

 同時にナルコは白雷をレイスに放つ――


「おい」


 その時、レヴナントはレイスの前に割り込むと“白雷”を弾いた・・・


「ババァ。血迷ったか? マスターに攻撃をするなど」


 レヴナントは催眠にかかってしまった。レイスをヘクトルだと刷り込まれたのである。


「ふむ……ヘク坊よ。聞いておらんぞ。お主のメイドは雷よりも速く動けるとはな」


 ナルコは余裕な様から、鋭く尖るようにレヴナントを見る。


「レヴナント、彼女は錯乱して敵と味方の区別が着かなくなっている」

「そうなのか?」

「ああ。被害が出る前に止めるのだ。私は王都へ行き、援軍を連れてくる」


 レイスはそう言って場から離れる。

 王都全てに催眠をかけて、ナルコへ向けさせる。殺せても殺せずとも、お前は終わりだ――


「逃がさん」

「させると思うか?」


 逃げようとするレイスへの追撃を阻止するようにレヴナントが間に割り込む。


 『サトリの眼』を逃がす。

 その行為がどれ程危険なモノなのか。そして、


「マスターに手を出すならお前もアンダーヘル送りだ。ババァ」


 立ちはだかる壁は容易く乗り越えられるモノではなかった。






 レイスは壁に沿って走る。

 王都からの追撃が簡単に出来ぬ様、門が通れない場所を集合場所にしたのだが完全に仇になった。

 まさかレヴナントがあれ程規格外であったとは。だが、


「何者もこの眼を前には凡人と同じだ」


 “あの方”に渡されたこの『サトリの眼』はやはり無敵だ。


 その時、視界に虫が飛び回った。

 鬱陶しく手で振り払っていると、走る速度が落ちていたらしく、背中に体当たりをくらう。


「ぐっ?!」


 バランスを崩しならも外壁に手をついて耐える。背後を見ると、


「待ち……なさい!」


 全身を賭して駆けてきたのか、体当たりで倒れたジェシカが息を切らして立ち上がっていた。


「……『サトリの眼』が効かないとは言え……小娘が。私を止められるとも思うか?」


 レイスはナイフを取り出す。

 大人と子供。更に防御魔法もまだ残っている。ジェシカに勝ち目はなかった。


「貴方の……その眼は――」


 それでもレイスを行かせるわけにはいかない。


「あたしの……大切な人を――家族を!」


 危険に晒す。

 ジンをロイをレンを。そして師匠せんせいを――


「勢いだけでどうにかなるとでも?」


 ジェシカが一人で追ってきたのはレイスとしても好都合だった。

 時間をかけられない故に、催眠を覆した術理は知ることが出来ないが、それでも懸念材料を一つ減らせる。


「勢い……だけじゃない」


 呼吸を整えたジェシカは顔を上げて真っ直ぐレイスを見る。

 『サトリの眼』など一切恐れない強い眼。それはレイスが欲しくても得られなかった――


「その眼を止めろ!」


 今更……その眼が目の前に現れるな!


 そう言いたげにレイスはジェシカへ迫る。

 防御魔法を維持しつつ、ナイフを振り上げ――


「――?! なんだ?!」


 自らの身体を這い上がってくる蟻に気がついた。

 慌てて払い落とし、外部と切り離す防御魔法を起動する。


「――ここからはあたしが相手よ」


 ジェシカの言葉にレイスが視線を巡らせると周囲から集まるように昆虫達がレイスへ向かってくる。


「な……なんだ?! これは! まさか……お前も催眠魔法を!?」

「違う……この子たちはあたしの“使い魔”よ」


 ジェシカの“使い魔”はビーだけではない。

 “昆虫”の定義に当てはまる存在全般が彼女の使い魔であったのだ。


「“使い魔”だと? ふざけるな! これ程の数の“使い魔”を一人が操れるものか!」


 一人が保有出来る“使い魔”は一つだけが常識である。多くても三つ。

 しかし、ジェシカが同時に使役している“使い魔”は数万を越えていた。


「くっ……!」


 レイスは想定を越えたジェシカの能力に防御魔法で一度耐え忍ぶ。

 外部との遮断は数ミリの障壁を張るようなもの。その表層を数多の虫たちが這うように纏わりつく。


「だが。これ程ならば」

「ハァ……ハァ……」


 ジェシカは額を押さえつつ壁に手をつける。

 彼女のやっていることは無理を通り越えていたのだ。

 元より、実力の及ばないレイスの足止めはジェシカには不可能と言っても良いだろう。

 根比べの限界が来たのは当然、ジェシカが先だった。


「魔力が底をついたか」


 波が引くように昆虫たちは場から離れていく。

 ジェシカは膝をつき、眼や鼻からは魔力を酷使した故に血を流す。


 ごめん……皆……あたしは……何も出来なかった。


 そして彼女は意識を手放した。

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