第20話 理を追う者 後編

「所詮は小娘か」


 レイスは完全に“使い魔”の気配が消えた様を確認しつつ、残りの防御魔法を削られた事を認識する。


「行動を起こすのは一日休んでからだな」


 それまでは『サトリの眼』で他者を操り、追跡をかわすとしよう。


「……」


 出来ることならジェシカは始末しておきたい。だが、防御魔法を全て失った今、そのリスクを犯す価値は……


 レイスは慎重だった。人混みであれば『サトリの眼』は十全に機能するが、この状況では全く意味をなさない。


「マスター」


 その時、レヴナントが追いついて来た。一瞬身構えるも、発言からまだ催眠状態であると確信する。


「レヴナントか。鳴狐真なるこしんはどうした?」

「ぶっ飛ばした。ちゃんとアンダーヘルに送ったぞ」

「そうか。レヴナント、その娘も殺せ」

「いいのか?」

「ああ。鳴狐真に洗脳されてる可能性があるからな。生かして置けばマリシーユにも危険が及ぶ」

「お嬢はまずいな。わかった」


 少しヒヤヒヤしたが……結果として全て掌に収まった。やはり『サトリの眼』こそ最強の――


「あ、そうだ」


 その瞬間、レイスの『サトリの眼』をレヴナントは人差し指で貫いた。


「え?」


 何が起こったのか、状況が理解できないレイスはそんな声しか出ない。

 致命傷を打ち込んだにも関わらず痛がる素振りを見せないレイスにレヴナントは指を引き抜く。


「痛みがないのか? ふむ」


 次にレヴナントの蹴打によってレイスは片足を破壊された。

 折れた足では直立できず崩れるように倒れるが、レイスはまだ状況に追いついていない。


「は……なんだ……一体……こ、これは……おおおおおお!!?」


 眼や足の損傷よりも、『サトリの眼』を失った事実にただ叫ぶ。

 急な雄叫びに、レヴナントはビクッとするも腰に手を当てて。


「やっぱりマスターじゃなかったか」


 ふんす、とレイスを見下ろす。


「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!! 何故!! 私の洗脳は完璧だったハズだ!!」


 時間的にもヘクトル・ヴァルターが死んだ報告は届いていないハズだ。


「うん。見た目とか声とか間違いなくマスターだ。ちょっと騙されちゃったぞ。けど何て言うかオーラが違う。マスターの雰囲気はこんなに小者じゃないし、何より――」


 “レヴナント。アンダーヘルに送るのは大人だけだ。子供は間違えても殺しては駄目だぞ”


「マスターは例え命を狙われたとしても子供を“殺せ”とは言わない」


 『サトリの眼』は何も問題なかった。問題があったのはレイス本人の方だったのだ。

 第三者としての動きであればレイスは完璧だっただろう。しかし、己を催眠先の当事者として振る舞うには余りにも技量が足りなかったのだ。


 それが一つ目の綻び。そして、もう一つは何かを疑問があれば躊躇いなく主人にも牙を向けるレヴナントの性格にもあった。


「やれやれ。ヒヤヒヤしたぞ」


 そこへ、ナルコも追いつき、馬に乗ったリリーナも場に駆けつけた。


 レイス当人は拘束されたが『サトリの眼』を失った彼は魂が抜けた様に抵抗することはなかった。






 王都ではレイスを拘留するには不安があるとして、レヴナントが即日にヴァルター領へ連れ帰る事になった。


「後はコイツを尋問して色々と引き出す。終わったらアンダーヘル行きだ」

「ヘク坊にもよろしくのう」


 リリーナには囚人護送車の手配に行ってもらい二人はレイスを見張る。


「くっくっ……愚かな奴らだ」


 するとレイスが笑い出した。


「ヘクトル・ヴァルターは死んだ。お前は旗印を護れなかったんだよ! レヴナント!」


 その言葉に、何の事だ? とナルコを見る。

 ナルコも、さぁ? と肩をすくめた。


「奴は隣国の国境で『ノーフェイス』の別動隊に始末された! 帰ってその報を聞くがいい!!」


 それは二人にとって初耳となる情報だった。






 カーライルが駆ける。

 バルドとミレーヌを背に乗せつつも衰えることのない脚速は並大抵の鍛練では身に付かない代物であった。


「ふむ」


 バルドは進行方向に見える魔法陣に木の根を這わす事で発動前に無効にしていく。


「なんか静かだね。カムイー、なんか見えない?」


 上空を飛行するカムイをミレーヌは見上げる。彼女は空からの視点で自分達よりも状況は見えているハズだ。

 すると、カムイから手信号が見える。速度を落とせ、の合図だった。


「なんか見つけたみたい」

「カーライル」


 疾走中は正面以外は注視しづらいカーライルに声をかけて速度を落とさせる。


「――来るか」


 カーライルは気配が強くなる茂みの前で停止する。二人は降り、カーライルは鎧を疾走形態から防御に秀でたモノへと変化させる。


「ん? あれ?」


 ミレーヌは高度を落としてくるカムイからの手信号に首をかしげる。

 そして、茂みから――


「――ん? ふはは! 迎えにしては国境を容易く越えられる面子だな!」


 レイナードを背に抱えたヘクトルが現れた。


「ミレーヌ、彼の手当てを頼む」

「は、はい!」


 意外な人物の登場に呆けていたミレーヌはヘクトルが降ろしたレイナードを診る。


「バルド老、あちらに吹き飛んだ馬車がある。修理は出来るかな?」

「一部を補強しましょう。それで走れるハズです」


 車体の損傷は酷くない馬車を見ながらバルドは魔法による修復を始めた。


「カーライル。すまないが、馬車を引っ張ってくれるかい?」

「問題はありません。例え国境を閉じられようとも突破して見せましょう」

「頼もしいな!」


 馬を失くした車体を引く事をカーライルは了承する。


「ヘクトル様」


 空から周囲の偵察を終えたカムイが着地する。


「御守りできず……申し訳ありませんでした」

「ふはは! 気にする事はない。私が断ったのだからな!」


 胸に手を当てて頭を下げるカムイに対してヘクトルは豪快に笑う。


「お怪我は――」

「少しの火傷と服が焦げた程度だ」


 爆発の直撃を受けたにも関わらずヘクトルは不自然なほどに軽症であった。

 その時、手当てを受けているレイナードが目を覚ます。


「へ……ヘクトル様……」

「レナード君、言葉はいい。今は体力は温存しておきたまえ」

「……ご無事で……」

「君のおかげだ。命を救われたよ」


 弱々しく差し出されたレイナード手をヘクトルは握る。その力強さは彼に安心を与えた。


「しばし眠れ友よ。次に目を覚ました時には存分に語り合おう」


 ヘクトルの無事にレイナードは安心した様に目を閉じた。


「彼の馬車には防御魔法がかけられていたのだよ」


 そして、ヘクトルは無事だった経緯を語る。


「彼は乗せる客の安全を何よりも優先していたのだ」


 レイナードに魔法の心得はない。それでも乗せる客を安全に目的地に届ける為の対策は怠らなかった。


「ですな。何度も重ねがけされた痕跡があります」


 修理を終えたバルドは車体にかけられている防御魔法が昔からずっと更新されている事を読み取る。


「魔法付与は決して安くはない。それでも彼は妥協しなかった」


 しかし、防御魔法が護ったのは車体だけ。運転手であるレイナードは爆熱をもろに受けてしまったのだ。


「私は誇りに思う。故に私のついでに彼を廃しようとした『ノーフェイス』は許しがたい」


 今、ヘクトルが何を考えているのか。その場の面々には強く共感出来た。

 そして、馬車を出発できる状態になると乗車の準備を始める。


「ヘクトル様。先ほど『ノーフェイス』の伝令と思われる鷹を確保したのですか」


 カムイは上空を旋回していた不自然な鷹を確保していた。


「そうだな。私は死んだ、と伝書して放しておいてくれ」

「わかりました」


 それはヘクトルから『ノーフェイス』への挑発でもあった。

 そして、馬車は怪我人であるレイナードに配慮しゆっくり動き出す。


「それにしても、まだ現役のようですな」

「ふはは! まだまだヴォルフには負けんよ!」


 追撃となる『ノーフェイス』の追手は、ヘクトル一人によって全て返り討ちとなっていた。


 その後、ヴァルター領にてレイスがヘクトルと邂逅し再び、馬鹿な! と歯噛みする事となる。






 ジェシカが目を覚ましたのは学園の病室だった。

 一般の療養施設とは違い、様々な魔道具によってジェシカの体調は常に管理されている。

 どれもこれも初めて見るものばかり。それらに興味を取られていると、


「目を覚ましたか」


 すぐ横に座って林檎を剥いていたナルコに声をかけられた。

 声をかけられるまで気配を何も感じなかった事に驚く。


「あ……えっと……ここは?」

「学園の病室じゃ。お主は丸一日眠っておった」


 ナルコはジェシカに兎を形作ったリンゴを差し出す。


「改めて名乗ろう。妾は鳴狐真なるこしん。よろしくのう」


 妖艶に笑うナルコ。その様一つ取っても相当な魔術師であると悟れる。


「……レイスは……」

「あやつは知り合いに任せた。『サトリの眼』を失った以上、その辺りの冒険者よりも劣る存在じゃ」

「そうですか」


 ジェシカは林檎を一つ取って口に運ぶ。丸一日眠っていた身体は自然と食欲を促した。


「ジェシカ・レストレード。此度の一件、深く感謝をさせて欲しい」


 ナルコはジェシカに対して深々と頭を下げる。魔術師として、遥かに先の存在である彼女は、その実力以上に人格者であるようだった。


「お主のおかげで『サトリの眼』を破壊し、童子達も皆無事であった」


 レイスを捕らえると同時にリリーナには拐われた子供達を保護して貰っていた。

 そして、身内の居る子供達は親御の元へ帰したのである。


「孤児の子供達はどうなるんですか?」


 王都崩壊に伴って身内を失った子も含まれていたハズだ。


「その童子たちは学園で引き取る。丁度、雑務にも人手が足りんでな。心配する事はないぞ」


 全て終わった安心感からジェシカは胸を撫で下ろす。同時に既に理解している事を改めて尋ねた。


「鳴狐真さん。貴女はこの学園の先生ですか?」

「半分当たりじゃ」


 ほっほっ、とナルコは口に手を当てて笑う。


「この学園は妾が100年前に創設した。そうじゃな……前々の王のオムツを替えておったわ」


 この国に流れてきたナルコは王宮魔術師として、裏から国を支えた。

 しかし、当時の国王の方針により魔法学園を創立する事になり、王宮魔術師の職を降りて校長を勤めて現在に至る。


「そんなに永い間――」

「うむ。皆、妾からすれば赤ん坊じゃ。前までは『サトリの眼』の事もあり、極力表には出ないようにしておったがのう」


 ナルコも林檎を手に取る。


「しかし、お主はあまり驚いてはおらんな?」

「師が鳴狐真さんと同様だったからです」


 ナタリアに年齢を聞くと、秘密です、とはぐらかされた事を思い出す。


「ふむ。幼くしてお主程の魔術師を仕上げる師か。興味はあるが……それは追々聞くとしよう」


 そしてナルコは改めてジェシカへ真摯な眼を向ける。


「此度の一件でお主には礼をしたいと思っておる。レガリアから聞いた。学園へ入りたいそうじゃな?」

「はい」


 ナルコの学園校長としての雰囲気と言葉にジェシカは、かしこまって返事を返した。


「こちらとしても、優秀な魔術師が門を叩いてくれる事はとても有益である。故にお主には試験を受けて貰おうと思う」


 助けられたからと言って例外を作ることはしない。それはナルコが自らに課していた心得であった。


「それはどんな試験ですか?」


 緊張のあまり身がこわばる。そんなジェシカの気持ちをほぐすすようにナルコは笑った。


「そなたは試験内容の二つを既に妾に見せておる。“魔術師としての基礎”と“揺るがない意思”。妾からお主に提示する内容は一つじゃ」


 ナルコは人差し指を立ててジェシカに言う。


「お主の追い求める“ことわり”とは何なのか。それを妾に教えてくれぬか?」






 “決まったらレガリアへ告げよ。妾に通すよう話はつけておくでな。お主の席はずっと空けておく”


 ナルコの前で即答出来なかったジェシカは、まだスタート地点にすら立っていない事を再認識した。


 魔術師として“理”を追うと決めた。

 しかし、それは本当に自分の意思なのか?

 あたしは……魔法で他を助けたいと思っている。けどそれはとても曖昧な考えだ。

 具体的な道……それは今回の一件でも見つけられずにいる。


 ジェシカはラキアの元に寄り、自分が無事であった事と助かった事を伝えてポーチを受け取った。

 そして、またね、と言って歩き出した際に片腕を失った女騎士とすれ違った。


 嬉しそうなラキアの声と女騎士を抱き締めるラガルトを後ろ目に再び、王都を歩く。


 まだまだ、荒れた様が見える目に映る。

 騎士団も慌ただしく動き回っており、レイスとの一件は誰も知らない様子だった。

 その時、自由に飛ばせていたビーが戻ってくる。


「どうしたの? え?」


 それはロイが帰ってきていると言う事だった。






 騎士団本部の病室にて、ロイの身内である事を伝えると入室許可を貰いて中に入る。

 その病室には『獣族』の青年が居たので軽く会釈する。


「馬鹿やったわね」


 呆れて椅子に座る。

 まともに歩くことも出来ないクセに何ともない様子で、おうジェシカ、とか言ってくる幼馴染みに悪態をつく。


「相手は『ゴート』だぞ? 『ゴート』! 流石に死ぬかと思った。いや、俺以外なら死んでたぜ」

「……あんた、死ぬつもりだったでしょ?」


 三種強化を同時に使ったのだとすぐにわかった。

 発達途上の身体で無茶をすれば平衡感覚に後遺症が残るかもしれないと師匠からも言われていたハズなのに……


「まさか、お前――使い魔で……」

「あんたは分かりやすいのよ。それに……四人の中で一番死にやすい場所にいるじゃない」


 そう、この絶対はないのだ。いくら強くても賢くても、角を曲がれば死んでしまう事があるかもしれない。


「俺は大丈夫だって言ったろ? 聞かせてやろうか? 今回の武勇伝!」


 ジェシカの心配をよそにロイはいつも通りだった。

 そうだ。コイツは本当に変わらない。もし、同じような場面に遭遇したらきっと次も迷わず踏み越えるだろう。

 それが例え“三災害”であろうとも――


「そんなに元気ならもう良いわね。それじゃ」

「おぉい!」

「四人で集まったときに話して頂戴。あたしは今、入学手続きで忙しいから」


 ヒラヒラと手を振って病室を後にする。

 今回のロイを見て、そして……ジンやレン、ナタリアの事を思い――


「……師匠せんせい。ようやく道を見つけました」


 “三災害”

 それは多くが追い求め、未だに紐解かれぬ人々の脅威。

 いつ降りかかるのか分からないソレに対して、多くの人を……家族を護る為に追い求める事を心に決めたのだった。






「ふむ。お主であったか。妾の場所をヘク坊のメイドに教えたのは」


 ジェシカが治療を受けて目を覚ます間、ナルコは己の書斎にて当事者と顔を会わせていた。


「俺としても冷や汗ものでしたけどね。レヴナントの事はレディの姉さんから聞いていましたけど、まさかあそこまでブッ飛んだヤツとは思いませんでしたよ」


 ナルコの書斎で会話を交わすのはニコラだった。


「あの娘は?」

「魔力を無理に引き出した反動で身体にダメージがあるが大事はない。治療も終え、今は良く眠っておる」

「結果として足を引っ張ったみたいです。すみませんでした」


 頭を下げるニコラ。

 彼は元、学園の生徒であった。動物全般という“使い魔”の適正から親に入学させられたが、当人にやる気はなく、二年ほどで自主退学している。


「ほっほっ。あのやんちゃ坊が立派になったものじゃ」

「あの説はどうも……正直、こうやって顔を出すのは無茶苦茶気まずいです」

「よいよい。もっと酷いやんちゃを知っておるでな。お主は可愛い方じゃ」

「マジですか。俺よりもヤバイ奴が居たんですか?」

「うむ。だから気にする事はないぞ」


 当時、憂さ晴らしに学園を大混乱に陥れて逃げた事もあり、王都へ戻っても近寄りはしなかった。


「して、ヘク坊に目をつけられたか」

「……はい。その通りです」


 ニコラは魔力を込めると浮かび上がるタトゥーを見せる。


「俺は今、ヘクトル様の直下特殊諜報部隊『アルビオン』に所属してます」

「ほう」


 ナルコは予想通りの様に特に驚く事はなかった。


「それでですね……今回は俺のせいで少しこじれたじゃないですか。でも『アルビオン』の組織事態はちゃんと機能してます」

「ふふ」

「ですから、その……まぁ……」

「気にするでない」


 と、ナルコは自分の机に座る。


「後に解った事じゃが、レイスは童子達にも催眠をかけておった」

「知っています」

「それは眠らせるだけではない。合図をすれば皆が武器を持ち、妾に襲いかかる事も可能であった」


 あの時、レヴナントが割り込み“逃げる”と言う選択が無かった場合、時間稼ぎの為に子供達を放って来ただろう。


「そうなれば妾とて犠牲者は避けられなかったじゃろう」


 何を優先しても『サトリの眼』は破壊せねばならなかった。

 そこに死が積み重なるなら、それは自分の役目だとナルコは思っている。

 師をこの手にかけた、あの時から――


「じゃが、結果論ではのぅ」

「ナ、ナルコ先生~」


 ニコラをからかって、ほっほっ、とナルコは口に手を当てて笑う。


「まがりなりにも、ヘクトル様の直下構成員が情けない声を出すモノではありません」


 そこへ扉を開いて中に入って来たのは眼鏡をかけたヘクトルの片腕でもある『吸血族ヴァンパイア』のミレディであった。


「げっ、レディのあねさん。いつからこっちに?」

「先ほどです。別件で近くまで来ていたものですから」

「そ、そっすか。じゃあ、俺はこれで失礼します!」


 そそくさと逃げようとするニコラの背にナルコは優しく声をかける。


「ニコラ。コニーが心配しておるぞ」


 その言葉を聞いて、ニコラは反応するように少し足を止め、


「久しぶりに旨いパンを食いに行きます」


 と言って部屋を後にした。






「お久しぶりです、鳴狐真様」

「ヘク坊は元気か?」

「滞りなく。我が主様は国の防備に注力しております」

「あやつだけじゃろう。隣国の小僧と話をつけられるのは」


 かつて、隣国の王もこの学園に留学した事があった。


「王都も少しは落ち着いて来ておる。【霧の都ミストヴルム】の件は知っておるか?」

「はい。それが消滅した事も確認しています」

「生存者は居ったか?」

「僅か三人です」

「そうか」


 あの夜、勇者領地には学園の生徒と教員も何人か滞在していた。


「ミレディよ」

「はい」

「今回の件でお主達の力を見せて貰った。頭が現地に居らずとも最適に機能する組織。実に見事。ヘクトル・・・・へ伝えよ」


 ナルコは微笑みながら告げる。


「『アルビオン』は妾が預かる、とな」


 その言葉にミレディは深く頭を下げる。


「後に構成員の情報を全てお渡しします」

「うむ。して、次はお主の要求じゃったな」


 ナルコがそう言うと、彼女の頭上に光の欠片が集まると時計盤へと形作って行く。


「それが『レコード』ですか?」


 『レコード』。

 ナルコが己の『相剋』を解明する中で開発した魔法の一つであり、周囲に漂う魔力残滓から、当時の状況を再現する魔法であった。


「より遠くの過去を垣間見る事は叶わぬが……ここ一週間程度であれば誤差は殆どない」


 しかし、発動には周囲の魔力を集める期間が必要となる。特に今回は『相剋』の使用も行われた影響で普段よりも時間がかかってしまった。


「確かめようではないか。王都での【勇者】と【魔王】の戦いがどのような結末を迎えたのかをな」


 そして『レコード』の長針と短針が逆に回り初め、当時の夜に遡る――

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