第11話(最終話) 兄妹、現代日本へ帰る

 突然の衝撃の事実に、魔族も人間も、戦いをやめて茫然としていた。

 「――魔女王が、ロージの妹ォ!?」

 マギカはあんぐりと口を開けている。

 「ま、待て待て待て! どういうことだ、誰か説明してくれ!」

 ダゲキは完全に混乱している。

 「まずはロージに薬を飲ませよう。大丈夫かロージ、飲めるか?」

 魔女王が戦意を喪失したのを確認したヒイロは、ロージに駆け寄り小瓶に入った水薬を飲ませる。

 ロージは、自分の身体に回った毒が中和されていくのを感じた。

 「リンネ――上条凛音は、俺の妹なんだ」

 一息ついたロージ――上条狼路は身の上話を始める。だんだん失ってきたチキューでの記憶が鮮明になっていく。

 「俺達はたった二人の兄妹で、自分で言うのもなんだけど仲は良かったと思う。でも、ある日、家族で海水浴に行った時、凛音が溺れて……」

 溺れた凛音はすぐに助け出されたが、息はしているものの意識が戻らなかった。

 「俺は毎日病院にお見舞いに行ったけど、凛音は目を覚まさなかった。――そうだ、それで、お見舞いの帰りに、川で子供が溺れているところに出くわして……」

 子供と凛音を重ねた狼路は、川に飛び込んで子供を助けた。子供を無事に救うことはできたが、自分は川の激流に飲み込まれ――。

 「お兄ちゃんも溺れて意識不明になって、こっちに飛ばされてきちゃったわけね。もう、お兄ちゃんはすぐ無茶しちゃうんだから」

 凛音は呆れた声を出す。上条凛音としての自我を取り戻してから、『災禍の魔女王』としての姿から元の魔女王の形態に戻っているが口調が変わっている。

 「しかし、凛音は随分チキューにいた頃と姿が変わっちまったな。ずっと一緒にいても気付かなかったぞ」

 「私もよくわかんないけど、こっちに来たときに魔族に転生しちゃったみたい。でも多分チキューに戻れば元の姿に戻るわ」

 凛音はあっけらかんと言う。

 「陛下、記憶を取り戻してしまわれたのですね」

 獅子若丸は寂しそうに言った。

 「獅子若、修羅雪、神楽、今まで護ってくれてありがとう。これより、あなた方三幹部を新たな魔族の長に任命します。三人で仲良くね」

 凛音も寂しそうに笑う。

 「勇者様、魔族はもう人間とは争いません。この三幹部――いえ、三魔王に魔族や魔物の管理を徹底させます。もし魔物が人間を襲ったら腹を切らせます」

 凛音の言葉に、三幹部はギョッとした顔をする。

 「その言葉、忘れないでくれよ。――さて、これで勇者のお役目御免だな。これからどうしようか、みんな」

 「俺はヒイロ様に新しい人間の王になってほしい」

 「そうだな、前の王様はずっと嫌な爺さんだと思ってたんだよな」

 「あの王様は世継ぎもいなかったしな」

 「ヒイロ陛下、バンザーイ!」

 王国の兵士たちが口々にヒイロを王に担ぎ上げる。トントン拍子に勇者ヒイロは新たな王となったのである。

 「ね、ね、私達も王様の部下? 大臣? になるのよね?」

 「俺は格闘家の道を極めたいから武者修行にでも出ようと思うんだが」

 「……ボクは医者になりたい」

 「えーっ、ダゲキもイェルもいなくなっちゃうの? じゃあ私だけでもヒイロの傍にいなくちゃ!」

 「ありがとう、マギカ」

 ヒイロはニカッと笑った。

 「……勇者様、いえ、ヒイロ陛下。今まで魔物の管理が行き届かず、たくさんの人間を傷つけたこと、心より謝罪します」

 凛音は深々と頭を下げた。

 「……うん。人間がたくさん傷ついたり死んだりしたし、村や町が滅ぼされたこともあった。でも、同じように俺たち人間も魔族や魔物を傷つけ、殺してきた。だから、この連鎖はここで終わりだ」

 「ヒイロ、お前が王様になってくれてよかった。妹を許してくれてありがとう」

 狼路はヒイロに手を差し出した。

 「ロージ、短い付き合いだったけど、君と出会えてよかった。君のおかげで、ネイバーランドは平和になる」

 狼路とヒイロは固い握手を交わした。

 「凛音、術式はもう出来てるんだよな?」

 「うん、いつでもチキューに帰れるよ。もうやり残したことはない?」

 「多分無いと思う。早く家に帰らないと、父さんや母さんが心配するしな」

 「そうだね」

 狼路は城から街を見渡す。放たれた火はすでに鎮火され、復旧作業が始まっている。

 「よし、一緒に帰ろう、凛音」

 「――うん! お兄ちゃん!」

 凛音が呪文を詠唱すると、並んで立つ狼路と凛音の足元に魔法陣が浮かぶ。

 「ロージ、元気で!」

 「ヒイロも!」

 「陛下ァ! 我ら三幹部はいつまでも陛下を忘れませんぞォ!」

 「三人とも、今まで本当にありがとう! ――またね!」

 狼路と凛音は淡い光に包まれて――消えた。

 

 上条狼路が目を覚ますと、そこは病院だった。

 白い天井。白い壁。白いベッドに白い布団。

 隣のベッドを見ると、凛音がベッドの中で体を起こし、狼路を見て泣き笑いしていた。

 「おかえり、凛音」

 「――うん。ただいま、お兄ちゃん」

 

 「結局ネイバーランドってなんだったんだろうな」

 「なんだろね、夢の世界なのかな? でも意識不明者だけじゃなくて行方不明者も辿り着く世界、かあ」

 病院の中庭で、ベンチに座りながら狼路と凛音はネイバーランドでの出来事を思い返していた。

 目を覚ました二人の兄妹を見て、両親は泣いて喜んだ。数ヶ月ほど目を覚まさなかったそうだが、ネイバーランドとは時間の流れが違っていたようだ。

 「獅子若たち、元気かなあ」

 「そういえば気づいたことがあるんだけどさ」

 「何?」

 「牛若丸に、白雪姫に、かぐや姫。凛音が好きな絵本の主人公たちだなって思ってさ」

 それらの絵本は凛音が読みすぎてページが取れてしまうほどお気に入りの本だった。凛音が泣くので狼路がテープで本を補修したのを思い出す。

 「じゃあ、やっぱり私の見た夢の世界なのかもね」

 魔女王が生まれたと同時に生まれ落ちた世界。地球の隣の国。そして、魔女王がいなくなっても存続し続ける異世界。

 ネイバーランドでの不思議な出来事は、きっと狼路も凛音も、大人になっても生涯忘れることはない。

 「とりあえずはこの現実で、退院できるようにしないとな」

 「早く学校に行って、出席日数取り戻さなきゃ。友達にも久しぶりに会うし」

 凛音はそう言って笑う。

 せっかく覚えた魔法も、もう使えないけれど。

 「凛音が戻ってきてくれて、兄ちゃんは嬉しいぞ」

 「……えへへ。私も」

 兄妹は手をつないで、病室へと戻っていくのであった。

 

 〈完〉

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ネイバーランドの魔女王ノルン 永久保セツナ @0922

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