第10話 災禍の魔女王

 勇者ヒイロと『災禍の魔女王』の戦いは熾烈を極めていた。

 魔女王が手を挙げると黒い球のような物体が現れ、手を振り下ろすとそれらが勇者に勢いよく飛んでいく。

 ヒイロはそれをバックステップでかわしていく。球が床に触れると、その部分の床がえぐれたように穴が開く。まともに食らったらダメージは大きそうだ。

 「ハァッ!」

 ヒイロの剣が光を帯び、それを振り下ろす。

 魔女王はそれを腕で受ける。黒く変色した腕は硬質化しているらしく、剣ではまったく斬れない。

 「勇者、がんばれ~っ! 首狙え首!」

 王様は観戦者気分で野次を飛ばす。

 そこへ、王様を狙って風刃が飛んできた。

 「ヒィッ!?」

 王様は間一髪で避け、尻餅をつく。

 「いいかげんにしなさいな、クズ人間! あなたの首を刎ねますわよ!?」

 扇子を構えた神楽姫の魔力が膨れ上がっていく。いや、神楽姫だけではない。三幹部をはじめ、魔族の力が跳ね上がっていく。

 魔女王が『災禍の魔女王』になったことで魔族の力も活性化しているらしい。

 「力がみなぎる……! 皆の者、陛下を援護しろ! 人間の王ともども、人間どもを根絶やしにしてくれる!」

 「ウオオオオオ――ッ!!」

 獅子若丸の咆哮に、魔族の兵士たちは鬨の声をあげた。

 「ああ……記憶が戻ってきました……。魔女王陛下は、人間への憎しみが限界まで高まった時、『災禍の魔女王』になるのですね……」

 「人間どもはそんなことも知らずに、魔女王を滅ぼそうとして、世界の寿命を縮めていたのですわ……」

 修羅雪姫と神楽姫は呟く。

 魔女王は素手と魔法のみで戦っているのに、剣を使っている勇者はだんだん防戦一方になってきた。

 「あわわ……まずいですよ、陛下……!」

 「し、城に火を放つのじゃ!」

 「させませんよ?」

 慌てた様子の王様の耳元で、いつの間にか背後に近づいた修羅雪姫がささやく。

 「もう、あなた、目障りですわ」

 ふっと息を吹きかけると、王様は氷漬けになってしまった。

 「へ、陛下ーッ!?」

 「もうだめだ、逃げろーッ! 殺されるーッ!」

 王様を失い、人間の兵士たちは完全に混乱して魔城から逃げていく。

 「ど、どうしよう!? 私達も逃げる!?」

 「馬鹿野郎、ヒイロを残して行けるかよ!」

 マギカの言葉に、ダゲキは叱咤する。

 「……ボクたちだけでも、戦わなくちゃ……!」

 イェルは手をかざして、ヒイロの傷を回復させようとするが、

 「させるかァッ!」

 獅子若丸が大太刀でイェルを斬りつける。

 「……ッ!」

 「イェル!」

 「回復役から最初に潰すのは、そちらの王サマの定石だったな?」

 チャキ、と音を立てて、獅子若丸が大太刀の切っ先をイェル、マギカ、ダゲキに向ける。

 「やめろーッ! 俺の仲間に手を出すなーッ!」

 ヒイロが剣を振りかぶり、獅子若丸に飛びかかるが、獅子若丸は大太刀でヒイロの剣を受け止める。

 「フンッ」

 獅子若丸が力いっぱい大太刀を振ると、ヒイロの身体は壁に叩きつけられた。

 「グハ……ッ」

 「ヒイローッ!」

 マギカの悲痛な叫びがこだまする。

 「さあ、陛下。哀れな勇者にトドメを」

 「……」

 災禍の魔女王になって自我を失ったらしいノルンは、ヒイロに手のひらを向ける。

 手のひらに黒い魔力が集まり、球形になっていく。

 ロージは倒れた状態のまま、霞んだ視界で、薄れゆく意識でノルンさんの後ろ姿を見ていた。

 その後ろ姿を、ロージは知っていた。

 「……リンネ? リンネなのか……?」

 ロージは夢を見ているような心地でつぶやいたが、ノルンには聞こえたらしい。ピタリと動きを止める。黒い球体はシュンとかき消えた。

 「――リンネ? それが、私の名前……?」

 「……?」

 死を覚悟したヒイロは、動きを止めた魔女王を不思議そうに見つめる。

 「リンネ……カミジョー・リンネ……それが私の本当の名前……ああ、どうして忘れていたんだろう」

 ノルンさん――いや、リンネは、泣き出しそうな顔でロージを振り返る。

 「カミジョー・ロージ……あなたは、私のお兄ちゃんだったのね」

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