第9話 魔国と王国の全面戦争
魔国と王国、魔族と人間の全面戦争が始まった。
「行けっ、マギカ! 先制攻撃だ!」
「うんっ!」
ヒイロの合図で、マギカが杖を構える。
「速いッ……高速詠唱だと!?」
「――沈黙せよ! 『サイレンス』!」
マギカが詠唱を終えると、魔女王の首に光の輪が食い込み、喉を締め付ける。
「……! ……!!」
魔女王は、口をパクパクと動かすが、一言も声を発することができない。
「沈黙魔法だ……! これで呪文の詠唱はできない!」
「まだだ! 魔女王は詠唱無しで魔法が使えるぞ! 魔術師隊、構えぃ!」
王様が杖を振ると、魔法使いの一団が詠唱を始める。
魔女王はヒイロたちを追い返したときのダイヤモンドの槍を作ろうとするが、その前に麻痺の魔法をかけられ、畳み掛けるように防御力低下、攻撃力低下など、次々と弱体化の魔法をかけられていく。
「チィッ、デバフ重ねか、小癪な!」
獅子若丸が舌打ちをする。しかし、王国の兵士の数が多すぎて、魔女王のフォローができない。
「今までのッ、俺達とッ、思うなよッ!」
ダゲキが魔族の槍を受け止め、へし折り、魔族の兵士たちをなぎ倒していく。ダゲキが多少ダメージを食らっても、イェルがすぐに回復してしまう。
「お前たちがロージを捕らえている間に、俺達は力を蓄えてきたんだ! 待たせてすまない、ロージ」
ヒイロはロージを安心させるように笑いかける。いかにも主人公といった雰囲気だが、今まで魔女王と過ごしてきたロージはどんな顔をしたらいいか分からない。
「人間を、なめるな――ッ!」
「――させませんわよ!」
剣を振りかぶったヒイロに、風の刃が命中する。剣が魔女王からそれた。
ロージが風の飛んできた方向を見ると、神楽姫が扇子を構えていた。
「神楽舞・風刃の嵐!」
神楽姫が扇子を大きく振ると、巨大な竜巻が発生し、王国の兵士たちを飲み込み、切り刻んでいく。
「ハンッ、人数が増えた途端に強気ですのねェ、勇者サマ!」
神楽姫は怒りで顔を歪ませている。狐のしっぽも毛が逆立っていた。
「魔女王陛下は――わたくしたち三幹部が護ってみせる!」
同じく怒りを露わにした修羅雪姫の周囲には、吹雪が渦を巻いている。
「応よ! 我ら三幹部、最期まで陛下についていきますぞ!」
獅子若丸は巨大な大太刀を振り回し、嵐のように兵士たちを吹き飛ばした。
もはやどちらが悪なのかわからないし、きっとどちらも悪ではないのだろう。
魔国と王国、互いの正義と信念がぶつかり合っていた。
「戦局、互角です!」
「なんで? ワシらのほうが兵力多いよね?」
兵士の報告に、王様は真っ青な顔でぐぬぬ、と唸る。
「こら、勇者もっと頑張らんか! あとは魔女王にトドメを刺すだけじゃぞ!」
「――……」
身体の麻痺した魔女王は息も絶え絶えで、身動きも取れない。
しかし、ヒイロは剣を持ったまま、動かなかった。
――魔女王の前に、ロージが手を広げて立ちふさがっていた。
「もうやめてくれ、ヒイロ」
「ロージ、こちら側に来てくれ。もう君は魔女王から解放されたんだ」
ヒイロはロージの手を握り、人間側へ引き寄せようとする。
しかし。
「……ごめん」
ロージはヒイロの手を振りほどき、魔女王へと向き直る。
「――『リカバリー』」
回復の呪文だ。英語が語源だが、この世界では「全てのデバフと体力を回復する」効果がある。
あの図書館で、ノルンさんと一緒に魔導書で勉強したときに学んだ魔法だ。
あのときは基礎魔法のみで、リカバリーが使えるかどうかは一か八かだったが、どうやら成功したようである。
「な、なァ~にやってくれとるんじゃ小僧!? 馬鹿か!?」
王様は白目を剥きそうになった。
「ロージ……どうして……」
「俺は、魔女王を殺させない」
動揺するヒイロに、ロージはきっぱりとそう言いきった。
「人間を……俺たちを裏切るのか!?」
「もう良い、勇者よ! そやつは魔族の側についた裏切り者じゃ! その少年もろとも魔女王を討ち取れぃ!」
王様は口の端に泡を噴きながらヒイロに叫ぶ。
「よくやった、ボウズ! あとは我らに任せておけ!」
獅子若丸が上機嫌にポンポンとロージの頭を撫でた。肉球が気持ちいい。
ロージとヒイロが揉めている隙に、神楽姫の風刃と修羅雪姫の凍結魔法で魔術師隊は壊滅していた。
「これでもう陛下に弱体魔法は使えなくってよ!」
「完全回復した陛下とわたくしたち三幹部に敵う人間がいるかしら?」
「さぁさぁ、最初の威勢はどうしたよ、王サマよォ!」
「ぐ、ぐうぅ……!」
元々デバフの重ねがけと兵の数で勝機を掴むつもりだったのだろう、王様は歯ぎしりをする。
だが、
「――な~んての」
王様はニヤリと嫌な笑いを浮かべた。
ロージは突如、背中に痛みを感じた。
「――!?」
ロージの身体がどさりと倒れる。
「ロージさ……!? ――ッグゥッ!」
驚いたノルンさんも、背後からナイフを突き立てられる。
「陛下! 坊や!?」
「アサシンを忍ばせていたのか……!」
「ふっはっはー! 今までの戦闘はぜぇ~んぶ陽動じゃよ! このアサシンによる暗殺こそが大本命! ざぁ~んねんじゃったのぉ~?」
王様は憎たらしく笑う。
「アサシンには毒を塗ったナイフを渡しておる。回復魔法が使える小僧と魔女王さえ封じてしまえば、あとはワシらの有利じゃわい!」
「弱体化魔法の重ねがけといい、なんと卑怯な……!」
今度は獅子若丸が歯ぎしりをする番だった。
「ハッ、アホ魔族が! 戦いに卑怯も何もないわ! 勝つためには手段を選んでられんのじゃよォ!!」
ガッハッハと王様は高笑いをする。
「ロージさん……ロージさん……」
ノルンさんは霞んだ視界でロージを呼ぶ。
ロージはかろうじて息はあるが、ピクリとも動かない。
「……どうして……どうしてロージさんまで巻き込んだんですか……ロージさんは何も悪くないのに……」
「あぁ? さっきお前さんを回復した時点で、その小僧はもはやワシら人間の敵なんじゃよ。恨むなら自分の存在を恨むんじゃなァ?」
「……憎い……人間が憎い……憎い憎い憎い憎い憎憎憎憎憎憎」
ノルンさん――魔女王は頭を抱えてブツブツと呟き始める。
「陛下……!?」
修羅雪姫が魔女王の変化に驚きの声を上げる。
魔女王の角はさらに伸び、手先から肘にかけて肌が黒く変色していき、悪魔のような翼と尻尾が生えた。
「まさか――これが『災禍の魔女王』!?」
「とうとう本性を表したな! いざ、最終決戦だ!」
ヒイロは剣を構えて魔女王と対峙する。
勇者と『災禍の魔女王』の一騎打ちが始まろうとしていた。
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