『Episode3 初戦闘』

 近くにあった大きな広場のベンチに着いた頃にはなぜか息は落ち着きを取り戻していた。大きな力が自分にはついている。そう思えるだけで気持ちはだいぶ楽だった。


『じゃあ、川澄君。まずは君の時返還についての詳しい説明をするね』


 このセリフから更級は俺の固有の時変換についての説明を始めた。

 まず第一に、時が止まった世界では光の反射がうまくいかないため、モノクロ画像になる。そして次に、時が止まった世界で自分自身が行ったことは時が動き始めた瞬間、すべて同時に起こる。

 例を出そう。例えば、壁にパンチを三度打ち込んだとすると、時が動き出した瞬間、パンチ三発分の衝撃が壁に同時に入ることになる。

 この同時に入るというのが大事であり、水滴でさえ石を穿つように、人間の小さな力でさえ様々な事象を起こしえるということを示している。


「つまりは、時が止まった世界で俺がくるくるとフィギアスケーターのように回るだけで俺を中心に台風さえ起こせるっていうことか?」

『理論上はね。ただ、時を止めたって川澄君は川澄君のままだ。超人的な行動ができるわけじゃない。君が時が止まった世界でできることはあくまで、時が止まっていない状況で君ができることに限られる。急に空を飛べたりはしない。これは頭に入れておいて』


 了解、と俺は短く返す。顔を上げると、目の前には手のひらをこちらに向けたスーツの男が一人、立っていた。


「なあ、お前たちは更級を捕まえて何をする気なんだ?」


 ただ単純な疑問だった。世界を変えうる力。更級がそれを持っているのは把握していた。それでも、世界を変えて一体何をしたいのか、というのは疑問として持っていた。


「更級から聞いてないのか。だが、私から教える必要もないな。変な情報を与えて刺激しても困る。だから、さっさとそのリンクをこちらによこせ」

「……リンク? なんだそれ。そもそもなんで俺を狙うんだ。更級とのつながりがあるからと言ったって、別に俺から得るものは何もないだろ」



 俺の前に立つ男はただ怪訝そうな顔をしてこちらを見つめた。その後、絞り出すように疑問を俺にぶつけた。


「……お前、事前の調査に顔がなかったが、本当に何者だ? なんでお前みたいな一般人が更級と関係を持っている?」


 男の言葉を聞いて、思わず笑みがこぼれた。なんと今の状況にマッチしたセリフなのだろうか。そりゃそうだ。俺が何者なのか気になるに決まってる。

 だってそうだろ。


「それはこっちのセリフだよ、黒服野郎。俺も自分が何者なのかわかってないし、お前らが何者かも俺は分かっちゃいないんだ。ただの素人だよ。それでも、そのリンクってやつをお前らが欲してるって言うなら、それをあげるわけにはいかない」


 腰かけていたベンチから体を離す。


「やけに反抗的だな。そんなに更級から伸ばされた手は大事だったか?」


 男の言葉を聞いて、思わず笑みがこぼれた。挑発的な目で男を睨み返す。


「またもやブーメランだな、黒服野郎。お前が過剰に欲しがってるから、渡したくないんだろ。そんなに欲しいんなら俺から奪ってみろよ。奪える確証がないからわざわざ交渉しに来てんだろ? クソ雑魚が」


 俺の言葉で風向きが変わった。

 もちろん、俺が変えたわけじゃない。目の前の黒服だ。

 大丈夫。俺にその風は届かない。


「時よ、止まれ」

 

 周囲から色が抜けた。目の前の黒服の男が不安定な態勢で静止している。

 先ほどまで吹いていた風も今は全く感じない。

 これが俺の力。と時が全ての世界でその世界に抗いうような時を止めるという力。

 思わず笑みがこぼれた。

 はっきり言って俺はこの力についての詳しいことは全く分からない。それでも

、時を止めるというだけで、凄まじいはずだという強い思い込みが俺の中で高揚感に変わっていた。

 黒服の男へと拳を打ち込む。反応はない。

 もう一度。その後、蹴りを思い切り打ち込んだ。

 満足したところで、解除の言葉を言う。


「時よ、動け」


 また、風が吹いた。今度は黒服の男が起こした風ではない。俺だ。

 今回発生したのは風だけではない。俺の目の前にいた黒服の男が一瞬にして遠くへと、飛ばされた。


「はァ……!?」


 男は手をついて起き上がりながら驚愕の目で俺を見る。


「案外、うまくいくもんだな」

「……やっぱ何者だ、お前」


 黒服の男が怪訝な目をしながら言うが、答えは変わらない。


「わからないって言ってるだろ。とりあえず、今日のところは帰ってくれないか。あんまり事を大きくしたくないんだ」


 これは俺の本心だ。単純にこれ以上長引いても更級は知らないが、俺にとっては得るものがない。それに俺の固有の時変換が相手に割れてないうちが交渉の勝負であるはずだ。

 だが、いくら待っても膠着状態で黒服の男が口を開くことはない。


「そんなに急がなきゃいけないことなのか。そこまで切羽詰まってるわけじゃないんだろ?」

「……そうだな。不確定要素があるのに深入りするのは確かに愚策かもしれない」

 

 安堵の言葉を俺が吐き出すよりも先に、言葉は黒服の男の手で阻止された。


「だが、神の子から我々は手を引かない。お前がこれ以降も神の子と行動を共にするのであれば、間違いなく敵対するという事を覚えておけ」


 男の言葉を自分の中で砕くまで、少し時間が必要だった。

 考え事をしていたことで生まれた沈黙を、自らが打ち破る。


「だろうな。残念ながら俺は、更級がどこまで信頼できるのかも、お前たちがどこまで脅威なのかも全く分からない。それでも、きっとこのまま更級につくよ。だから、またな」

「潔いな。ここで敵意をむき出しにしても全く君には得がないというのに」


 黒服の男はそう言った後、ため息のような、安堵の息のような、諦めのような、どれとでも取れる曖昧な呼吸をした。

 そして、俺の方をまっすぐと見つめる。


森川咲人もりかわさくとだ。きっとまた会う」


 その後、こちらに何かを促すように首を動かした。

 何を促されているかは、言葉がなくても分かった。ただ、それをしていいのかの判断はできなかった。

 ただ、相手は名を名乗った。


川澄大河かわすみたいが、だ。じゃあ、また」


 黒服の男を背に、俺は広場の出口へと向かう。スマホを開いて、現在地を確認する。幸い、いつものバス停から遠く離れてはいないみたいだ。

 俺は、一番近い時刻のバスに間に合うために走り始めた。


 ***


「なぜ、撃たなかったの?」


 森川はその言葉で、構えていた拳銃を下した。


「来ていたのか、神の子」

「そりゃ、完全な素人をを私の勝手で危険なことに巻き込んでるんだもの。心配にもなるよ」


 それで、なんで? と、更級は森川に問う。

 森川はその問いの答えを言いたくないと、顔で表現しながらも、譲らない更級に負け、口を開いた。 


「潔い、と認めたからな。川澄、だったか。やつのことを承認しておきながら、不意打ちで命を奪うのはナンセンスだろ?」

「ははっ、確かにね。自分で自分の首を絞めたわけだ」


 更級が笑いながら返答すると、森川は首を横に振り、そうでもないさ、と口を開いた。


「きっと冬至さんなら撃ちはしなかっただろうからな。あの人が手を汚さないように、代わりに汚すためにある手だが、きっとそれは今じゃなかったよ」

「……佐々木冬至はあなたたちにとってそんなに偉大?」

「そりゃ、あの人の考えに心を打たれて、集まったグループだ。あの人に尊敬の念を抱いていない人間はいないさ。なら、あの人の考えが達成されたときに称賛されるのはあの人でなくてはならない。途中で冬至さんを失ってしまうわけにはいかないんだ」


 更級は、森川の一途な思いに驚きながらも会話を続けるためにゆっくりと口を開いた。


「……そう。それで、あなたたちの標的がすぐそばにいるわけだけど、とらえなくていいの?」


 更級の言葉で今度は森川が、笑い声を漏らした。


「タイマンで君をとらえられるならすぐにこんな仕事終わっているさ。今日は無駄な消耗はもうしたくないんだ。川澄に少し時を使わされたからな。君と違って寿命は限られているんだ」


 それではな、と言って広場から出ていく森川の後姿を更級は無言で見送った。




 


 


 

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