第6話:Frendship






 12月下旬。クリスマスの余韻もほどほどに、世間は年越しに向けて歩みを止めることなく確実に時を刻む。

 都心では珍しい雪予報を受けて、普段よりもそわそわとした雰囲気漂う中、ここ市ヶ谷も急な嵐の予感の訪れに、慌ただしく奔走している。

 防衛省庁舎、その大会議室の窓ガラスを外から強く冷たい風が叩く。ガタガタと揺れる音を尻目に6人のスーツ姿の男たちが睨み合う。

 向かい合わせになった長机の入り口側、その真ん中に宮津が腰掛けており、右隣には和泉が、反対側には特防隊の実質的指揮官である統合幕僚監部防衛計画部部長、松阪澗正マツサカ カンセイ陸将補が。そして、その向かいにはアルバート・ウェルズ空軍大佐。その隣は順に、クリスチャン・ラドフォード同大尉と、初めて会う男、といった布陣だ。

 「わざわざご足労いただき感謝します」重苦しい雰囲気が流れる中、防衛省側の最上級者、が口を開いた。それに対し、米軍側はウェルズが柔和な表情で応じる。

「今回はこちらがお願いをする立場。当然のことです。それに、何度も・・・そちらにはご足労いただいていますからね」そう言ってウェルズは宮津の方に顔を向け、にっこりと笑った。

 どうやら海軍基地を訪れたことや、検察の世屋上セヤガミに言って警察をけしかけさせたことは既に気づかれているようだ。

 しかし、それはもはや大した問題ではない。事態は既に次の段階へと進んでいる。それも、とても深刻な事態に――

 「この度、我々がここへ来たのは他でもない、皆さんに知恵と力をお借りしたい」ウェルズはそう言うと、深々と頭を下げた。大佐という地位にある者のそんな突然の行動に、端に座っていた和泉は思わず息をのんだ。

 だが、宮津と松阪は眉ひとつ動かさず、平然とした様子でその姿を見ている。そのことに気づいているのかどうかはわからないが、ウェルズはゆっくりと顔を上げる。そして、再び口を開く。

 「まずは今我々が置かれている状況からご説明しましょう」そう言って、ウェルズは端に座る男を手で指し示した。

 「彼はジェイコブ・マリガン博士。陸軍の感染症研究所の研究員です」ラドフォードが隣の男に何かを耳打ちすると、男は宮津たちを一通り見渡した後に一礼する。

 「彼の専門分野は――」

「専門分野は感染症学。ジョンズ・ホプキンス大学で博士号を取得し、2011年に陸軍に入隊。今は炭疽菌の感染制御の主任研究員」ウェルズが口を開きかけたところに宮津が割って入り、調べ上げたプロフィールの内容を羅列する。

 このマリガンという男は、今月半ばに本国から横田基地への定期便に乗ってやって来た男であり、世屋上に言われて、橿原と一緒に画像認証で探していた人物だ。

 「おや。紹介は不要だったようですね」ウェルズは大げさに両手を広げて見せると、続けて口を開く。

 「ならば、早速本題に入りましょうか」そう言ってラドフォードに目配せする。すると、ラドフォードは足下に置ブリーフケースから紙の束を取り出し、宮津たちの前に1部ずつ置いて回った。

 「本作戦の概要です。極秘文書ですので、くれぐれも関係者以外には漏らさないようにしてください」そう言われた書類の1枚目には極秘を示す"Secret"の押印と、"Operation Shovel Snow"(雪かき作戦)と銘打たれたタイトルの文字が並んでいた。

 早速本題へとは言われたものの、もう正式な作戦として話が進んでいるという性急さに困惑し、意識を他に移していた和泉だったが、向かい側から、ペラッ。という紙をめくる音が聞こえ、慌てて表紙をめくる。

 「我々はバイオテロへの対処を迅速化することを目的に、2013年から日本へ数種類の細菌、ウイルスのアンプルを複数回に渡って持ち込んでいました。アンプルは相模総合補給敞相模デポにて保管されていましたが、今年5月に処分予定の弾薬300発とともに非活性状態の炭疽菌のアンプルを紛失したことが発覚し、調査を行いました」淡々と耳に入ってきたラドフォードのそんな言葉を聞き、和泉は手元の書類に向けていた顔を慌てて上げた。

 米軍の炭疽菌が日本国内で外部へ流出したこと自体はこれまでの情報から予測はできていたが、そもそもどうやって炭疽菌が日本に持ち込まれたのか、それは断定できないままだった。しかし、その謎があっさりとラドフォードの口から、それも、さも当然のように語られたことに動揺を隠すことができず、和泉は参加者全員の顔をぐるぐると何度も見回す。

 だが、動揺する和泉とは裏腹に、米軍側の3名は勿論のこと、宮津と松阪までもが平然とした様子のままだった。

 この情報は一部の人間にとっては周知の事実だったのだろうか。そんな考えが頭をよぎり、和泉の動揺は更に大きいものとなった。しかし、この場がそんな和泉を待っていてくれるはずもなく、1人を置き去りにしたまま淡々と進み続ける。

 「捜索の結果、7日前にキャンプ座間の居住区にてアンプルが発見されました。解析の結果、それは確かに我々が持ち込んだ炭疽菌と同じ遺伝子を持っていました」同じ遺伝子を持っていた。その言い方に和泉は引っかかりを覚える。それは宮津たちも同じだったようで、わずかに顔を顰めて紙をめくった。

 ラドフォードがあえてその表現を選んだとするならば、意味するところは自ずと見えてくる。2人は本人の口から出るよりも先に答え合わせをしようとしているのだろう。

 事前に予想していた最悪の事態。どうやら今、正にその事態に直面しているようだ。和泉は覚悟を決め、ラドフォードが発する声に耳を集中させる。

 「しかし、それが生まれたのは推定で30日から40日程度。我々が保管していたものよりも遙かに若い状態でした。は、自らの手で炭疽菌を複製したのです」最後のひと言を聞いた瞬間、宮津の眉がピクッと動いた。その隣では松阪が机の天板に紙の束をトントンと打ち付けて端を揃えてからそっと机の上に紙を置く。そして、相手によく言って聞かせるかのように、今までよりもゆっくりと口を開いた。

 「つまり、今この瞬間も我が国のどこかに生物兵器を所持した人間が潜んでいる。そういうことですね」松阪がそう言ってウェルズの顔を見遣ると、ウェルズは苦々しそうに顔を顰めて沈黙している。それを見て松阪は畳みかける。

 「資料を拝見したところ、その男・・・の消息はそちらも掴めていないようですね。もはやこれ以上はあなた方の出る幕ではない」そのひと言で、肌身に感じることができるほど場の空気がピリッと緊張したものに一変した。ラドフォードが目をピクッと動かし、何か言おうとしているのを必死に堪えている様子だ。

 だが、それすらも抑え付けるように、松阪はラドフォードを一瞥してからウェルズに鋭い視線を向ける。

 「軍がこれ以上外を動き回ると警察に感づかれます。ここからはこちらの情報収集に協力するだけにして、捜査は我々に任せてもらいましょうか」すると、ウェルズは不本意そうにフーッと大きく息を吐く。だが、あっさりと、そしてゆっくりと首を縦に振った。

 すると松阪は、それでいい。といった様子で小さく数回頷くと、不敵な笑みを浮かべる。

 「身柄を確保した後は悪いようにはしません。何せ我々は友人・・ですから」完全に主導権をこちらに握られることになり、とても穏やかではいられないことだろうが、さすがは指揮官と言ったところだろうか、ウェルズはそれを表に出すことなく柔和な表情で口を開く。

 「すぐに私へのホットラインを用意させます。それから、マリガンが作成した資料のコピーをここへ」

「感謝します」それに対して、松阪は謝意を口にすると立ち上がり、少し強い語気でウェルズに訴えかけた。

 「我が国の威信にかけて、必ず容疑者を捕らえます」すると、ウェルズは一層表情を緩め、笑顔でそれに応ずる。

「では、よい報告をお待ちしています」そうして立ち上がり、全員と握手を交わすと、ラドフォードを先頭に足早に部屋を後にした。

 「見送らなくても?」和泉が心配そうにそう言うと、必要ない。と、松阪は吐き捨てた。

「それよりも至急全員をここに集めろ。年内に片をつけるぞ」





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防衛省統合幕僚監部特殊防衛部隊 @moto1_17

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