<<おやつ経済学>>
毎朝10時になるとナースさんが血圧測定と検温に来る。第1病棟でも第2病棟でもそうであった。ちなみにここの規則正しい検温で、私は自分の平熱が36.7度なのを知った。
血圧測定&検温時、いつのまにか、看護師さんは一冊の薄いファイルを持ってくるようになった。写真を切り抜いたりExcelで価格表を作ったり、どうやらお手製だ。お菓子やジュース、文房具、雑貨等がある。
「ここの売店のカタログですよ。好きなものを選んでくれたら買ってきますからね」
忙しい看護師さんには申し訳ないけど、じっくり見る。ううううう、こんなものでも本だ。活字読みたかったよぉ(泣)。でもよく見たら誤字脱字があったり価格表の桁が揃ってなかったりして、直したいよぉ。
「但しじゅりさんが買っていい食物は一日100kcalだけね。糖尿病だからね」
そんなお菓子は少ない(泣)。
結局、「これがいいんじゃない」と選んでもらったのは0カロリーで植物性乳酸菌入りのゼリー。絶対前もって決められてたんだろうな。
第1病棟では現金は持たせてもらえない。支払伝票に欲しいものを書いてサインをして、看護師さんに買ってきてもらうシステムだった。買ったものはナース・ステーションの冷蔵庫にしまわれて、欲しいときに頼むと持ってきて貰える。今考えてみると上げ膳据え膳待遇なのだが、ちっとも嬉しくない。
他にポカリスエットのイオンウォーター、コカ・コーラZERO、カゴメのトマトジュースが私のおやつの定番ローテーションとなった。
隔離室からHCUに移ると、買ったものも自己管理。名前を書いてナース・ステーションの冷蔵庫に入れておく。
しかし日曜日には売店はお休みなので、土曜日に2倍買わなければいけない。いろいろ面倒くさいシステムであった。
しばらくして、私はこの代金はどこから出ているのかということにようやく疑問を持った。看護師さんによると、"患者さんのお小遣い"は月に約1万円。この金額に決められているのは、患者間に貧富の差を感じさせないようにする、という意味があるようだった。私の分は主人が置いていってくれた…え? 後2,000円切った? おい待て、今日は土曜日じゃないか。私はパニックになった。
今日は主人が面会に来る。いくらなんでもお財布に1万円札くらい入っているだろうが、土・日は会計部門がお休みなので、現金を差し出しても病院に預かって貰えない。っていうかそもそもここは病院なのに何故かATMもない。とすると、郵便局から現金書留で送って貰うのが一番安全かつ確実なのだ。わ~どうしよう。月曜まで貧乏じゃないか。別に無駄遣いしてないのに!(泣)
ていうか確実に月曜に届くのか。
「郵便屋さんって毎日来るんですか? いつも何時ごろ来るんですか???」
「さぁ、そこまでは…」
若い男性の看護師さんは、困り果てて唇をひん曲げた。
主人の出してくれた現金書留封筒は、月曜に無事到着した。
外部からの郵便なので、看護師さんが患者立ち会いのもと封を開ける。
中には福沢諭吉様1枚と主人の書いた一筆箋が入っていた。
お金を預けた後の封筒と手紙は貰えた。私はそれらを胸に抱きしめて、改めて、働いて働いて私のためにお金を稼いでくれる人がいることにしみじみ感謝した。
活字に飢えた日々、一枚の手紙を何度も何度も貪るように読んだ。
第2病棟に移ってからは、毎朝10:30頃に、伝票と小さなバスケットを持って、看護師さんに連れられて売店へ行くようになった。私は病院の売店チェックが好きなので、とても楽しい時間だった。
と、言っても一日100kcalの範囲ではろくなものは食べられないので、おやつにノンシュガーガムと同じくノンシュガーのラカントの飴、インスタントコーヒーが加わったくらいである。一口羊羹やアイスクリーム、赤いきつねなどを買っている人がいるが、視界に入れないようにする(涙)。特に、お湯を入れるとぷ~んと美味しそうな匂いがする赤いきつねなどは殺したいほど憎いが、カップラーメンに怒っても仕様がない。
仕上げとして、ナースステーション前のテーブルで、戦利品に自分の名前を書き入れる。私は自室に戻って中を開けて、飴類の数を数える。え~と、ラカントの飴は1袋に18個入っているから1日3個食べてもいいや、とか。
変な話だが、これらは食事が終わった後の休息時間用のおやつになった。
まずノンシュガーのキシリトールガム1粒。ご飯の後の歯磨きはしたけど、より口の中を綺麗にしたいということで(笑)。これは第1病棟時代、「一日5粒までだよ!」と看護師さんに言われているので、少なくとも病院にいるときはそれを守った。
その次は、口に含むとほんのりと冷たいコーヒー味のラカント飴1個。カロリーは0だからたくさん食べられるけど、既に書いた理由で、1日に3個限定とした。
食べ物ではなく新しいノートや鉛筆や折り紙が欲しくなる日もあるが、そういうときはお菓子は我慢。
と言っても退院後はせっかく身についた金銭感覚も再び消え失せてしまったのであるが、気がついてみたら、入院以前より買い物で即決は減った。
「これは主人の稼いだお金だ」
と思うようになったのである。
旦那よ、ありがとう。
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