<<お風呂>>
精神病院の中では週に入浴回数が決められているところもあるそうで…。
千葉県精神科医療センターではお風呂には毎日入らせてくれたので(日曜は休み)快適だった。
第1病棟の隔離室時代はシャワー室へ行っていた。
時間は不定期だったような気がする。
「じゅりさん、シャワー空いてるけど入る?」
と呼ばれる。
看護師さんがドアを開けてくれるので、廊下に置かれた私用のキャビネットからできるだけ手早く下着やタオルを取り出した。キャビネットの上には自分用の洗面器とシャンプーとコンディショナーとボディシャンプーとナイロンタオル。
ドアノブに「女性使用中」という札をかける。
「途中で様子を見に来ますからね」
と言って看護師さんは一旦席を外す。
退屈に暮らしているし、9月の幕張はいまいち空気がベトベトしている感じがするのでシャワーは嬉しかった。しかし窓があるので、冬はここは寒いかも…と一寸思った。
そして何故置いてあるんだこのスケベ椅子は。誰かがシリを載せた後椅子を洗ったかどうか解らないので使いたくない。私は終始立膝でシャワーを使った。
途中でシャワー室の鍵が開いて看護師さんの声がする。
「じゅりさん、どうですか~」
「今髪洗ってるんで後15分ほどで出ます~」
使い終わったらドライヤーとナースステーション預かりの私の化粧品を取りに行く。化粧品の方はすぐ出てこないので、その間洗面台でお水を使ってパシャパシャと17回水で顔を洗って軽く拭いて待つ。これは昔美容雑誌に出ていた記事で、化粧水がすぐに使えず真水しかないときは、真水を17回顔にパッティングすると化粧水のように肌にしみ通ると読んだからである。
ドライヤーはひどく気持ちが良かった。髪に風を通すようにしてかける。
それから私が化粧品代わりに使っているビーソフテンという保湿剤(後述するが私の入った精神病院では化粧品は持ち込み禁止であった。ビーソフテンは皮膚科の先生の処方薬なので「保湿剤」という名目にして持ち込んだわけ)が出てくる。
これは使うときには病室に持ち込みが許される。ドアだけ開けっ放しにしておけば良いので、私はベッドの上でできるだけ悠々とビーソフテンを顔や身体に伸ばしていた。
隔離室から出てHCU(ハイ・ケア・ユニット)と呼ばれる個室に移ってからは、まだ新しそうな浴槽がついた広くてゴージャスなお風呂を使わせて貰えた。オレンジ色のプラスチック製の浴槽には、老人介護用のお風呂のように、手すりがついていた。一人用っぽかったが、シャワーが2ヶ所にあったり、やっぱり贅沢な空間である。
ここでも呼ばれる時間はランダムだったような気がする。HCUでは自分の荷物を自室で管理できるようになったので、いつ呼ばれてもすぐに入浴に行けるように、私は洗面器の上にバスタオルや着替えなど全部積んでおいた。
「女性入浴中」という札を下げて入る。ここにもスケベ椅子があるが無視する。
気持ちの良いお風呂だったが、ここに一日何名入るのか解らないので、余り長居はしないように気をつけた。ただ、時計がないので時間は解らなかったけど。そういえば1回だけここのお風呂が混んでて「悪いけど今日シャワーでも良い?」ということがあったっけ。
お風呂から上がったらナースステーションに声をかける。
私はご丁寧に「女性入浴中」の札をナースステーションまで持って行って
「じゅりです。お風呂頂きました」
とやるので、あるとき
「じゅりさん、その札持ってこなくて良いよ。ドアの裏の方のドアノブにかけておいてくれればいいから」
と言われてしまった。
第2病棟に移った日、こちらのお風呂はどんなに豪華なのだろうとトキメいた。
「じゅりさん、お風呂の使い方説明しますからね~」
看護師さんがお風呂の場所へ連れて行ってくれた。
「定員は4人なんだけど、本当のところは一寸狭くて3人入ったら一杯になっちゃうのよ。だから『お風呂は3人まで』が裏ルールね」
看護師さんがお風呂のドアを開けた。
私、がっかり。
狭い。古い。
脱衣所の棚のベニア板の塗りが大きく剥げている。
浴槽には壁と同じタイルが貼られている。激しく昭和のにほひ。
一遍に我に返ってしまった感じだったが、慣れとは恐ろしい物で、雑な私は次の日には一人で悠々と浴槽につかって
「いい湯だ~な~、にゃはは♪」(本当に歌った)
と鼻歌を歌うくらい適応してしまっていた。
そうよ、ここは寮なのよ。私は今寮生活をしているのよ。
またしても日立子会社で寮生活を経験したことが役に立つ。日立様々である。
私の天敵スケベ椅子も健在だった。この浴場の広さだとスケベ椅子に座らないと身体のバランスを取って身体を洗えないので仕方なく座った。使う前と後に温度を最高にしたシャワーで椅子を洗った。気は心。
入浴時間は午後、男性と女性の入れ替え制である。それぞれ2時間ずつなのでなかなかスケジュールはタイト。生理とかどうしても他の患者さんと一緒に入る気になれない等、事情のある患者さんは午前中に入れて貰っていた。
入浴時間が始まる前には2,3人の患者女子がお風呂道具を抱えてデイルームで待機していた。私は少し時間を遅らせて行くのが常だったので、却って一人でのんびり入ることができた。
第2病棟ではビーソフテンは手許に置いておくことができたので、お風呂が済んだらドライヤーはさっさと使って早く返すようにした。
それにしても、第1病棟のゴーカお風呂に比べて第2病棟のお風呂が質素なのは謎だった。「生活するのは第2病棟で、お風呂だけは第1病棟が良いよねぇ」
等と冗談を言っていたものだったが、例によって「救急精神病棟」を読んでいる内にハッと気がついた。
きっと第1病棟のお風呂は、自力で入浴もままならない状態の患者さんを看護師さんが介護するために、あれだけ余裕のある仕様なのだ。あの広さなら患者さん1人に、看護師さんは2人入れるだろう。
そうだ、スケベ椅子も介護の世界では大ヒットアイテムだったんだっけ…。
毎日入浴時間を楽しみにし、「いい湯だ~な~♪」と歌っていた私は何と幸せだったことか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます