<<折り紙Part2.住所交換作戦>>
私が貼り絵でふなっしーや水戸黄門を作っていたのは、入院生活も最終週のことであった。
ここで出会った患者仲間たちともお別れだ。
しかし、患者同士の住所・電話番号の交換は禁止されていた。
「せっかく知りあったのに、このままお別れしちゃうのは残念だね」
特に、入院中仲の良かったYさんとSさんにはまた会いたいと思った。
「私もそう思うのよ。ここの同期でお茶会とかやりたいよね!」
Sさんが熱心に言った。
そして、彼女と私のどちらから言い出したことだったかは忘れたが、病院の規則をうまくくぐり抜けて連絡先を交換する方法を2人で考え始めた。同時期にYさんとも開始した。
と言っても私は楽観的だった。
例えば試験退院・退院時は、手荷物検査はないのである(試験外出はチェックが結構厳しいらしい。看護師さんは何一つ見逃さないとか)。先に退院した患者さん2名は、私がメモ紙代わりの折り紙に書いた私の連絡先を持って出ていった。
また、私が病院内で使っていたノートとお絵かき帳には彼らの電話番号が書いてあった。さすがにロコツに数字を書くのは見つかったとき一目瞭然なので、One,Two,Three...と英語数字に置き換えて、パッと見では解らないようにしたのだった。
まず、Sさんは得意の語呂合わせの文を作り、私の住所を暗記するところから始めた。
逆にYさんは、郵便番号などを駆使して自宅の住所短縮版を作り、私のノートにノンプルのように偽装して書いてくれた。私はそのページの下の方にYさんの似顔絵とフルネームを書き加えた。
私はというと、もっと小狡い手を使った。折り紙の裏の白いところにこちらの連絡先を書いて、その折り紙を普通に鶴や手裏剣に折ってしまったのである。外から見てもまず解らないし、我々は折り紙に没頭していたのだから1つや2つ持ってたっておかしくはない。
それと、絵葉書。これは試験退院の時に自分で持ってきたもので、ミュシャの柄。私はこの絵葉書の宛先のところに自分の住所を書き入れたのである。
絵葉書なら荷物調べがあっても本とかに挟んでおけば見つかりにくいし、万一見つかっても相手の住所は書いてないんだから
「住所の"交換"はしてません!」
と屁理屈をこねることくらいはできるだろう。
そうこうしている内に火曜日。Sさんが血相変えてやってきた。
「じゅりさん、今日いっぱいはこの手裏剣を持っていてくれませんか!? 今日は荷物検査あるらしいんです!」
私はそういう話は聞いていなかったが、他の病室ではあることなのかもしれないと思い、手裏剣を預かってノートに挟んだ。私はデイルームではいつも、A3お絵かき帳と普通の大学ノート(売店で購入)、普通の鉛筆に2色ボールペンと、大荷物で歩いているので、荷物検査をやっても見つかりにくいだろうと踏んでの事だった。
結局それらしい検査はなかったのだが、Sさんと私は、
「本当にヤバくなったらデイルーム内、畳のコーナーの折り紙をしまう箱に入れちゃおう」と更に綿密に(?)取り決めをした。
Yさんの方は更に腹が座っていた。彼女はあの頃は右手にまだ少し麻痺が残っている状態で、「字とか書いたら痛いかな…」と心配したが、しっかりとした字で、Sさんに渡したのと別の手裏剣をほどいて、中に正式な住所を書いてくれた。感激しながら受け取り、クリアファイルの奥にしっかりしまいこんだ。これでもう大丈夫だ。
私はこのクリアファイルを大事に抱えて病院を後にした。帰宅してから2人の留守宅に葉書を書いて、余り期待をしないようにして、待った(向こうは見つかって取り上げられたかもしれないし)。
1ヶ月もたった頃だろうか。秋の終わり。
主人と2人で出かけて帰宅すると、留守電が入っていた。
「じゅりちゃんお元気ですか。Yです。転院しました…」
Yさんは故郷の病院に転院して、リハビリを始めたようだ。おそらくこの電話は、病院内の公衆電話から、貴重な10円玉でかけたのだろう。私は胸が詰まって涙ぐんでしまった。
慌てて転院先の病院に電話をかけたものの、電話で連絡できるのは患者さんの家族だけ、ということで、私は取り次いでもらえなかった。
伝言はできるということで、
「Yさん、リハビリ頑張って! また会いましょう!」
とやっとのことで言った。
Sさんの方は、ある日ひょっと思いついてご自宅に電話をかけてみた。そうしたら、何とちょうどSさんは退院四日目で、その後の第2病棟のいろいろなエピソードを話してくれて大いに盛り上がった。
こうして、私は無事に彼らと連絡を取れるようになった。
連絡は細々ながら続いている。私のうつ病がもう少し良くなったら、それぞれを訪ねてみようと思っている。
彼女たちは、入院生活で出来た友達──いや、戦友なのだ。
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