<<最後の晩餐>>

既に別のページに書いたが、患者さんはデイルームの中では好きなテーブルでご飯を食べられた。ただ、車椅子を使っているからと、その人徳への無言の尊敬から、お誕生日席にはHさんが座っていた。その隣にはHさんに何くれとなく世話を焼くW君、更にその隣が私。私の左隣は大体Iさんだった。

惜しまれながらHさんが退院していくと、お誕生日席はIさんのものになった。W君が

「多分次に退院するのはIさんだよ」とIさんの(転倒して頭を傷めないように)ヘッドギアをつけた頭をぽん、ぽんと叩きながら言った。また、両手を怪我して不自由な状態のTさんが(仏教のTさんとは別人)座っていたこともあった。

そして遂に(?)入院最後の週に、私はお誕生日席に招かれた。

「ひぇ~、ここの席は恐れ多いよ!」

とじたばた抵抗したが、「まぁたまにはいいじゃない」と言われて私はそこで6日間ご飯を食べた。いつの間にか、個食派だったYさんがデイルームに出てきて私の隣の席で食べるようになった。

「じゅりさん、明日はこの病院最後の夜だから、同室3人でお夕食を頂きましょう」

(えっ…)

実は私は今3人部屋にいて、Yさんの他にもう一人Kさんという美しい少女がいた。しかし彼女はもうずっと長いこと自分の中へ閉じこもっている。呼んでも返事を貰えるだろうか?

私とYさんはそれぞれに彼女に呼びかけた。

そして、最後の日…。

彼女は現れた。お膳を自室に持ち込まず、黙って私とYさんが座っているテーブルのところまでやってきて、Yさんの横に座ったのだ。

彼女もまた、私との別れを惜しんでくれたのだ。

翌朝。退院の日。

家へ持ち帰る荷物は全部しまいこんだ。10時半,買い物の時間。看護師さんに

「患者でも食堂の食券買っていいんでしょうか?」

と訊いた。この病院にはレストランが併設されており、患者や医師の食べているご飯と同じものを食べられるのだ。今日のお昼は、松茸おこわ! 主人と食べて帰りたい!

看護師さんさんは少し困った顔になった。

「患者でも買えるよ。でも、あそこは結構早く食券売れちゃうんだよ」

看護師さんに連れて行って貰い、食券販売機を見に行った。


「売り切れ」と書かれている大きなボタンが舌を出しているように見えた。


嗚呼、主人と一緒にここで食べて帰りたかったのに。もう二度とここへ戻ることなどないのに…。退院して1年と3ヶ月たつ今でもふっとそんなことを考えることがあるのだから、私は食い意地が張っている。


後に、Sさんと電話で長々と幕張の病院についてお喋りした。

私が、もし再発したら、より自宅に近い国府台病院に入院する可能性が高いことを話したら、Sさんが

「国府台はダメよ!! メシマズよ!!」

と叫んだので驚いた。

鮭の切り身なんかも大鍋でテケトーに茹でてお皿の上にポイッだったそうだ。

国府台病院はSさんの退院後、心を入れ替えたのか、サイトに食事についてのページを載せるほど気を使っているほどだが、面白いことに千葉県精神科医療センターのサイトには食事紹介のページはない。

また入院するとしたら、国府台の複雑で摩訶不思議な歴史を自分で体験しに行くのもいいけど、やっぱり自分の慣れ親しんだ幕張に行っちゃうかな~。

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