<<折り紙Part1.ふなっしーとふなごろーと船橋で>>

ただの自慢話になってしまうかもしれない。

私の描く絵にも皆様ちょっと飽きてきたかな…という頃。

ある朝、朝食の後の休息時間を終えて私が第2病棟のデイルームに出ていくと、患者女子数名が真ん中のテーブルに座って折り紙を広げていた。 W君が赤い折り鶴を手の上に乗せて私に見せてくれた。

「俺がここで折ったんだ」

まだ20代前半のやんちゃなW君は、第2病棟では私より少し先輩。ガタイが良く、風貌こそヤンキー系だが、頭も勘も良く、感受性も細やかで他の患者さんへの思いやりがハンパない。 鶴くらいなら私も折れるので、参加することにした。そうしたら他の患者女子たちが口々に

「すご~い、じゅりさん鶴折れるの!!」

え~!? 折れないんですか、皆様は!

第2病棟に移ってからというもの、何だか何をやっても褒められるなぁと不審に思っていたのだが、折り紙もですか。

「教えて教えて」

早速FさんとSさんが私の左右に座ってきた。一度に2名はちとキツいな。いや、じゅりよ 、ここで華麗に鶴の折り方を披露せねばお前の持っている教員免許(注:ペーパードライバーです)は何のためにあるんじゃあ! 「折り紙のコツって最初に折り癖をつけることなんですよ~」

などと言いつつ、私はゆっくりと鶴を一つ折った。

FさんもSさんも飲み込みも頭の回転が速いので、間もなくそれぞれの鶴を折り上げることができた。 その内に私の手は幼時の記憶を取り戻し、風船とか奴さん、はかま、香箱等を次々と 折りあげていった。 そのたびに 「じゅりさんすご~い!」 となるので、

「おばあちゃんとかに幼稚園とか小学校で教わらなかったんすか?」

と訊くと誰もが首を振る。う~ん、皆は千葉県の都会人だけど、私は群馬県の田舎育ちだからか? それに実家では何でも「出来て当然」だから私は特に親から褒められることなんか滅多になかったからか? でも、ここのところ病院に実習に来ている看護学生(私はナースちゃんと呼んでいた)さんたちも折り紙は達者で、手裏剣など複雑な折り方などを教えてくれた。 看護師さんもニコニコして 「良い作品ができたら電話ボックスの周囲に貼りましょうね」 治療の成果か(?)、少々躁状態になってきた私はノリノリになって、

「これで千羽鶴作ろう! 仕上がる頃には全員退院できるんだよ!」  すると、テーブルには座っているけど折り紙には手も触れていない患者女子さんが 「鶴を折れない人はどうすればいいの?」 と尋ねてきた。 「鶴が折れなければ折れるものを折ればいいんだよ。鶴でも何でも良いから1000作れば退院ってジンクス作っちゃお!」

いくら何でもジンクスはゴーイン過ぎたが(汗)、こうして第2病棟では折り紙が流行るようになった。 奇妙なことに、患者女子は私を含めてノリノリだったのだが、患者男子さんでたくさん鶴を折ったのはW君だけで、折り紙大会はほぼ女子会となった。 ナース・ステーションの折り紙は1日1人1枚だけ使っていいという制限があるので、私は病院の売店で自分用に1つ買ってきた。他の患者さんも購入したらしく、折り上がった折り紙はデイルームの戸棚に溜まってきた。 それも任せてくれぇ。私はA3サイズの長方形の紙──主人が差し入れてくれた常用のお絵かき帳──で箱を折った。再び皆の眼が光ったので、この箱の折り方も伝授した。

「鶴を折れない人」の患者女子は 「私、片付けるのは得意なんでやります!」 と、箱に折り紙をそっと器用に詰めてくれた。 結局箱が5つ折り紙で埋まった。本当に千羽鶴ができそうな勢いである。 教えてばかりなのにも少し疲れた頃、私は小さい頃祖母に教わった切り紙を思い出した。折り紙を放射状に折って、自由にハサミを入れ、開くと花のような、或いはレースのコースターのような、少し複雑な模様ができる。できた切り紙はそのまま本にでも挟んでおくのも良し、貼り絵にするのも良し…。 ハサミはナース・ステーションの中のみで使う規則だったので、やりたくなるとナース・ステーションに入れて貰って作業をするのだが、なぜかこれには患者さんばかりか看護師さんたちまでが驚いた。 「じゅりさんのこれは最早才能の域だねぇ」 いや、そこまでは…と思いつつ、そう言われて嬉しくてニマニマしたのでまだ覚えている。 看護師さんがナース・ステーションから折り紙の本を持ってきてくれて、患者さんたちは鶴以外にも折れるもののヴァリエーションが増えた。 その本はいつも誰かが占有していたので私は見る機会がなかったが、ある日の午前中、テーブルに誰も座っていなくて本が放り出されているのを見たので、手にとって見た。 伝統的なレシピは殆ど載っていなかったが、宇宙飛行士というのに、私は興味を持った。出来上がりは宇宙飛行士というよりオバQか「スター・ウォーズ」に出てくるロボットのR2-D2みたいだったが、看護師さんにはとても褒めてもらえた。 「この宇宙飛行士ってふなっしーみたいね。もっと折ってみたら?」 そういえば、昨日くらいのTVニュースでふなっしーが弟のふなごろーをお披露目してたんだっけ! さて…。 今度は私は宇宙飛行士をもう一つ、小さめに折った。しかし、ふなっしー兄弟には赤い帯や頭飾り、しっぽなどがついている。さて、折り紙でどう再現するか? 切り絵という手もあるが、ハサミはナース・ステーションの中でのみ利用許可なので、ゆっくり作業なんかできないし…。 答えはすぐに出た。色鉛筆(これもナース・ステーション備え付け)だ。 私のお絵かき帳を1枚ぴりっと剥いで、ふなっしー兄弟(?)をのりで貼りつけ、しっぽや目鼻立ち、リボン等を描き入れる。 幼稚園児が園でやってることそのまんまと言われればそれまでだが、この時の私はとにかく"創る"ことに夢中になっていたので、この子供っぽい作業が楽しかった。 兄弟の足許には地面を描いた。船橋のゆるキャラだから、船橋市をイメージして手前に海を、奥に山を。 通りがかったTさんが

「僕は船橋の奥というと山より森っていう感じがする」

と仰ったので、奥に描いた稜線に、木をいっぱい描き入れた。 手前は海。それらしくするためにFさんの作った帆掛け舟や他の人の折った水鳥等も貼り付ける(ちなみに折り紙細工には使い道がなく、一杯になったら捨てるしかないので、こういった"二次利用"は奨励されていた)。 空がいまいちなので、梨を描き込んでシュールにしてみる。梨汁プシャー!!

この貼り絵はウケた。 どんなにウケたかというと、何とあの公衆電話コーナーに飾って貰えたのだ。今季第1号である。 間もなく第2作「水戸黄門」も製作。はっきり言ってオバカな貼り絵だったが、これも妙にウケて、私は自作品を2枚も公衆電話に飾って貰ったのであった。 勿論私が一人で独走していたのではなく、間もなくSさんとFさんが2人で協力して作ったチューリップの切り絵が3枚目に選ばれた。 そして退院日を明日に控えて、私は自分の切り紙も貼ってもらいたくなった。 何枚も何枚もナース・ステーションで折り紙を切っているうちに、ハサミの線は流麗になり、一寸アール・ヌーボー時代の線を思わせるように(自画自賛とはこのことか)なった。薄い紺色の折り紙を選び、SさんとFさんのチューリップのように茎と葉を折り紙から切り抜いて台紙に貼ると、紫陽花の花のように見えた。 しかし…。 この病院とも明日でお別れ。 この花は、私にとって忘れな草だ。私は切り絵の端っこにそっと"Forget me not"(忘れな草の花言葉)と書いた。

「これ、貼っても良いですか?」

看護師さんたちは二つ返事で、しかもこの絵は特別に面会室の入口の横に貼って貰えたのである。 これからこのコーナーに、他の患者さんたちの作品がたくさん貼られていくのだろう。病院に生きる人たちしか見られない、秘密の画廊。FさんとSさんのように、見たとこ普通の患者さんだった人々が、自分の中に眠っていた才能を引き出し、新たな創造の花を咲かせる。その様は、どんな美術品よりも美しいのではないか。

自分の病室に帰ったら、同室のYさんに 「何してたの?」 とやさしく訊かれた。

「また私の絵を貼って貰えたんです。3枚目! 私、この病院と別れるのが淋しくなっちゃったので、絵に"Forget me not"と書いたんです」

Yさんは 「どれどれ、見に行きましょうね」 と言って、ベッドを離れた。3週間ほど前、私が彼女に初めて会った頃、彼女は歩行器が手放せなかった。今は、短距離なら杖だけで動けるようになった。 Yさんは杖を手にして、面接室の横までキツそうにしながら歩いていった。そして私の忘れな草の絵を、長いこと長いこと、見つめていた。

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