黒刃刀姫と水氷蒼刃 Ⅸ

 周囲を飲み込まんと勢いを増す漆黒の球体。街を包む靄を吸い込んでいく。心なしか靄が少しずつ晴れてきているようだ。


「これが、黒滅……えーと、有也ありやは確か……」


 自身の技を吸い込まれているというのに、とぼけた様にこめかみに指を当てながら何かを思い出そうとする蒼。その横でふわりと睡が現れ一言を告げる。


「黒滅の本質はって言ってた」


「ああ、そうだった。でも使い手が理解してないから全然だめね。欠片も安定してないわこれ」


 冷静に事態を見守る蒼。水色の横髪が空気の流れに乗りバタバタと揺れる。黒滅の圧倒的な力を前にしても一切動じる様子が無い。それどころか傍らの刀人とぼそぼそと話し合い、ついには薄ら笑いすら浮かべている始末だ。


 その様子を不審に思う空也。やや距離があるせいで二人の会話は聞こえないが、自身の能力の一旦が飲み込まれているというのに全く動揺しない。その不気味さを打ち消さんと空也は声を荒げる。


「このまま全部飲み込め!」


「そんなことぉ、させるわけ無ーいじゃん! 水繭すいけん


 蒼はそう言って笑いながら手に握った刀を軽く振るった。すると刀から大量の水が放出され、黒滅をすっぽりと包み込んでしまう。その光景は、まるでにでも閉じ込められてしまったかのようだ。


「くっ! そんな水ぐらい!」


 黒滅を覆った水の球体に肝を冷やした空也だったが、呼吸を落ち着け二発目の黒滅を打ち込む。何もかもを吸い込んでしまう黒滅をさらに打ち込めば水すらも飲み込めると判断したからだ。


 二発目の黒滅を打ち出すと共に、空也の身体を倦怠感が襲う。


「空也! あまり無理はしないで……!」


 空也の身を案じて黒亜が叫ぶ。


「まだ、大丈夫だよ」


 全身を包む倦怠感に苛まれながらも、黒刀を構え正面を見据える空也。二発目の黒滅が水の球体にぶち当たる。徐々に水の球体を飲み込んでいく黒滅。


 二人のやり取りを見ていた蒼は、奥歯を噛み締めて歯軋りする。


「見せつけてんじゃねぇよ。空也はあたしのだっての」


 今までの機嫌の良さが嘘のように、蒼は苛立ちを隠すことをせずに荒々しく刀を振るう。


 すると、黒滅がそのまま全ての水を飲み込んでしまうかと思われたその時、信じられない光景が空也の目に飛び込んでくる。


 飲み込まれつつあったはずの水の球体が、逆に二発目の黒滅すらもすっぽりと覆ってしまったのだ。


「はあっ!?」


「その程度の黒滅じゃあねぇ」


 蒼は刀をくるくると回しながら嘲笑う。黒滅を包む水の球体はゆらゆらと静かに揺れ続ける。水の球体を眺めながら、蒼は静かに呟く。


「それじゃあ……弾けろ、水繭」


 蒼の言葉とともに水の球体は黒滅ごと小さくなっていき、ぱしゃん、と弾けとんだ。


「マジかよ!?」


「そんな……!?」


 空也と黒亜は目の前で起きたことが信じられなかった。激しい力の奔流である黄金の雷とすら互角に渡り合った黒滅が、いとも容易くかき消された。その事実に愕然とする。


「はっ。てめぇみてぇなクソ女の能力なんざその程度ってことだよ。さぁ、もうあたしのものになってくれるよねっ!」


 語気を強めるとともに蒼が大地を蹴り、大きく刀を振りかぶる。水面が揺れるようにゆらゆらと妖しく揺らめく水の刀が迫る。黒滅を破られた事実に呆然としていたせいで一瞬対応が遅れてしまう空也。


「くそっ!?」


 気づいた時には蒼は目の前に迫っており、右から横薙ぎに揺らめく刀が迫ってきていた。慌てて後方に飛びのきながら水の刀を自身の黒刀で受け流すが、勢いを殺しきれず右わき腹から左胸にかけて刀傷を負ってしまう。


「ぐあっ!」

「あうっ!」


 切り裂かれた痛みに耐え切れず右膝を着いてしまう空也。黒亜にも同様の傷が刻まれている。ある程度勢いを殺していておかげで幸いにも致命傷にはなり得なかったようだが、圧倒的に不利な立場に立たされてしまう空也と黒亜だった。


「うふふふふ! あぁ、いいわぁ! そうやってじわじわといたぶって動けなくしてあげるからぁ!」


 蒼は相変わらず妖しげな笑みを浮かべながら、蕩けるような瞳で空也を見つめている。右手に持つ水の刀からは空也を切りつけたときについた鮮血が滴っている。 


「あ、あなたは……あなたは、なんでそんなにも空也に執着するんですか?」


 痛みに耐えながら黒亜は問う。蒼の意図が掴めず、狙いもわからない。少しでも蒼から情報を引き出し、今の状況を打開するためにもなにかとっかかりが必要だった。


 とは言えまともな答えなど返ってこないだろう。しかし、蒼がここまで空也に執着する理由を知れば何かしら解決の糸口が見えるかもしれないと、僅かな希望に縋る。


 だが意外にも、蒼はその問いに純粋なまでの思いを乗せて答えた。


「愛してるから」


「愛して……?」


「そう」


 真っ直ぐな瞳で蒼は空也を見つめていた。その瞳に嘘偽りは無く、本当に心の底から空也のことを想っているようだった。


「お、俺はお前のことなんて、知らないぞ!?」


 だが、空也は蒼のことを知らない。どこか出会っているのかも知れないが、水色の髪と瞳という特徴的な人物の記憶が無いなんて言う事があるだろうか。


「私のことを可愛いって言ってくれたのに……酷いなぁ!」


「だ、からそんな覚えはないっ!」


「ふふ、まぁ分からなくて当たり前なんだけどね……で、黒刃刀姫。これでてめぇの求めた答えが得られたかよ?」


 空也と問答するときは気味が悪いほどの猫なで声を発する蒼。だが一転、黒亜に対するときは氷の刃を突きつけるかのような冷徹さをあらわにする。


「愛しているというのなら、なぜこんなことをするんです!?」


 黒亜は続けて問う。愛しているのならばなぜ傷つけるのかと。叫ばずには居られなかった。


 だが蒼の答えは、蒼の中の愛の定義は、黒亜が思う愛の形とはかけ離れたものだった。


「は? 愛するってのは相手を支配することだろ? 何言ってんの?」

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黒刃刀姫と帯刀者 まけい @makei

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