-終章- 隣の蔦の花の色






昨晩は呑みすぎたらしい。


日出前には起床している身、

今朝は眩しい陽射しで起こされた。

慌てもせず時間が無い中に窓越しの青空と、

薄いカーテンが光る温度差を感じている。

周り近所の静寂さは睡眠をも和らげる、

向かいの家の男の子も新社会人になり

明るくなる前には遠方へ通勤、家を出る

いつも起床時間と重なる。

古いバイクで新聞配達に来ていたおじいちゃん。もう引退して毎日決まった時間の喧しいバイクの音も無くなった。


隣の老夫婦の時間を問わない痴話げんかも

目覚ましになっていたな、と思い出す。

大人しくて真面目そうなおじいちゃんは、

夏でも冬でも東雲のうちから庭の畑弄りをしていた、頭髪全て白髪で日出と一緒に眩しかった。今は、軒先に置かれたもう二度と使われない錆び付いた畑弄りの道具が重なっている、動かず無言でこの庭を見守っている。


隣の老夫婦が居なくなり、

しばらくは空き家になっていた。

他力本願なぼくの起床を手助けしてくれた近所の生活音も変化があると気が抜けてしまう。毎日同じ様な暮らしでも、窓越しの隣の老夫婦は気に留める様になっていた。


おばあちゃんに先立たれ、お盆明けにあとを追う様に亡くなったおじいちゃんの四十九日を過ぎたある日、家族である息子さんが我が家を訪ねて来る。


四世代は続いたであろう隣の家、

長年住み続けた家を取り壊すと言う。

解体工事で迷惑を掛けるが、という挨拶だった。

敷地面積はだいぶ広く二百坪は越えている、

庭には芝生が一面に生え車庫と倉庫もある。

芝生以外の地面には畑や菜の花、梅の木や柿の木まである。我が家の猫はいつも羨ましそうに窓から眺めるほど、たまに野良猫たちも自分の庭の様にして彷徨いたり寛いだり。

季節の風が運ぶ変化を色で教えてくれた、

小動物たちの憩いの場の庭だった……それを無くしてしまうと言う。


数年前の朝から、目覚ましだった隣の生活音が無くなってからこんな時が来ると想像はしていたが、いざ現実間近を感じると寂しい思いが溢れてくる。

生活音も半減してから、おじいちゃんも身体が弱り介護の世話で青々としてきれいだった芝生が訪問介護の車の轍が出来る、雨続きで轍が水溜りになると見るだけでとても冷たく感じてしまった。それに気が付いてから、気のせいとは思うが家の壁と倉庫の蔦の葉も元気がなく萎れている様に見えていた。

他人の庭だが、寂しい思いと無念さを重ねて時は過ぎていく……やがて息子さんの予告通り家を取り壊す当日がやって来る。


閑静な住宅地に、工事の音が寂しくこだまする。取り壊しも数日で終わり賑やかな人の声も無くなると、それまで好転していた天気もガラリと変わり雨が続く……

老夫婦が降らせたのかな?と思ってしまう。


取り壊しの工事以外、その後の事は聞かされていなかった。月末一度の自治会定例会での話で驚く事を聞く。

隣の老夫婦の土地は、広場になるという……

おじいちゃんの遺言で、残された家族と自治会長の話しで決まったらしい。

以前の庭が、益々人工的でありきたりな風景に変わってしまうと思うと、とても冷たくて寂しく悲しい思いがこみ上げる。



解体工事と広場にする整備工事で、

あれから二ヶ月が過ぎた……



教職員だったおじいちゃんはその昔、

現役を引退して直ぐに自宅で塾を開いていたらしい。息子さんもおじいちゃんの生前に遺言を用意する前に伝えていたという、この自宅の敷地を子供たちのためにちびっ子広場にして遊ばせて欲しいので自治会へ提供したいと懇願していた。

遊具も少し施し、広場ならぬちょっとした公園となった。生前の季節の色を教えてくれる木々はどこかへ移植されたらしいが、今の芝生は手入れされ轍も消えて、毎週決められた曜日になれば、その上を利用しておじいちゃんも居た老人会の人たちでグランドゴルフを楽しんでいる風景に変わった。

老人会でおじいちゃんの友人だった人の案で、建物以外の車庫とガレージは広場の利用者の駐輪場とグランドゴルフの用具入れ等の倉庫として残った。


おじいちゃんが居た頃よりもだいぶ蔦は伸びて、倉庫全体を覆い緑の小屋と呼ばれている。駐輪場もこれまでの大嵐で屋根が何度もとばされてからそのままで、緑一色になり蔦の屋根の駐輪場になっている。

広場の脇には、桜の木が植えられ暖色を見られる様になった。残された梅の木と季節の役目を交代する瞬間も観察出来る、春の頃には唯一の楽しみが増えていた。

蔦の葉も時季になれば花が咲く。

自治会で婦人会の人が似たような洋物の蔦の蔓を寄付して植樹した花も咲いた。

おじいちゃんの頃からの蔦と絡み合って華やかしい色となる。

大きな赤い花と遠慮しがちに咲いている白い花、また老夫婦が戻ってきた景色の様だ。


絡み合っているのは、あの世ではまだ痴話げんかしてるんだな?と思い微笑した。



隣の蔦の蒼い頃、

目覚まし代わりに痴話げんかの声がした老夫婦が居なくなっても、

昔も今も変わらぬ蔦の葉になっている。


変わった色は、

老夫婦みたいな紅白の蔦の花。


お帰りなさい、

おじいちゃん、おばあちゃん!


痴話げんかもほどほどに……ね?





おわり




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣の蔦 音澤 煙管 @vrymtl

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ