夢想
明通 蛍雪
第1話
『夢想』
六時五十四分。スマホにセットしたアラームが鳴る一分前。いつもこの時間に目が醒める。
先ほどまで見ていたはずの夢は、泡のように消えていて何も思い出せない。幸せな気分になっていたはずなのに、その気持ちの理由が分からずモヤっとする。思い出したくても思いだせず、いつも諦める。
「思いだせないなぁ」
どれだけ頭を捻ってもかけらも浮かばない。分かっているのは、取り残された幸福感とモザイクのかけらた映像のような記憶だけ。
「まあ、いいか」
ベッドから這い出てカーテンを開ける。窓から見える対面のアパート。その真っ白な外壁が太陽の光を反射して寝起きの頭を攻撃してくる。
開いた窓からは朝の風が入り、服を着ていない上半身を心地よく撫でる。こうしていると寝ぼけていた頭が漸く覚醒し始める。
「はぁ……」
嚙み殺す気もない大きな欠伸をしながらキッチンに立ち、弁当を作り始める。油のパチパチという音を聴きながらスマホでクラシックを流す。
手慣れたもので弁当を作るのに十分もかからない。できたおかずをぱっぱと詰めていき昼ごはんの完成。
キッチンから浴室に行き顔を洗い寝癖を直す。頭を濡らすと、だるかった体も起き出し、もう眠る気にはならない。
「十時出社か。もう少しゆっくりしてても良かったな」
目を冷ます時間すらもルーチンワークに組み込まれてしまい、俺はスマホの時計に視線を落とした。
「はぁ」
自分の現状を思い返すとため息が出る。満足してないわけじゃない。給料も良いし生活も安定している。
だが俺には見たいものがあった。見たい景色があった。でもそれは見たい時に見れるものじゃない。見たとしても記憶には残らない。見たという事実だけが残り、それが余計に俺を虚しくさせる。
見た夢を思い出すことは叶わず、また同じ夢を見ることもない。夢から覚めればいつも通りの現実が待っていて、俺の望むものは見られない。近くにあるはずなのに、決して手は届かない。
「今日は終章か」
一冊のノートを開き机に座る。時間がある時はいつもこれをする。
夢の内容は思い出せないけど、夢を想像することはできる。
俺は今日も夢を見るために、夢を妄想する。現実とは違う、幸福に満たされた夢を。
夢想 明通 蛍雪 @azukimochi
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