勇者は怨衆の風に乗る

縁の下 ワタル

布石

俺は弟を殺された。

この世で一番の存在をなくした。

その時から俺の運命は決まっていた。

あの憎たらしい存在ーーあの弟を殺した魔王をほふると。

しかしながら、人間という存在は矮小でオークに劣る筋肉を持ち、魔族には魔力の量で勝てない。

人類がーー下等な存在が事実、高等な存在である魔族を駆逐し、滅亡させるにはどうすればいいか。

私は考えた。

そして、気づいた。


人には心がある。


それは波のように不安定であり、大海のように広大で無限なる力である。


その中でも人は怨が強い。


カラスのように、肉親や自分に危害を加えた存在を認知、記憶し復讐するための生命本能が人間は持ってる。

そして、その感情は叶えられないと知れば知るほど増幅していく。

ユルセナイと。

心の中が煮え盛る。

ならば私はその人間の素晴らしい本能を使わないわけにはいかない。利用しないわけにはいかない。

そして、それを集積、管理するために作ったのはーー


魔導書だった。


「うおおおーーーーーーーーー!!! 」

怨衆の歓声が上がる。

広場に集まったのは約1万。

今日まで飢餓に耐え、その腹わたを何度もにえくりかえしてきた同胞である。

「諸君!諸君はもう苦しむことはない! 反撃だ! 進撃だ! これは人類という矮小な存在が前に進むための布石だ! 君たちは人類の歴史において大きな一歩を踏み出す」

と俺は両手を大きく広げて豪語する。

舞台の上には、俺と大理石の机、そしてその机の上にある一つの魔導書がある。

「では、始めようか」

俺は魔導書を手に取り、魔法陣を起動させると、怨衆の叫びが聞こえ、それは人の原型をなくしドロドロの血と化して、魔導書の中に吸い込まれていった。

吸い込み終わった魔導書の上に手を置いて呪文を唱えれば、右腕の中に魔導書がはいりこんでくる。

手から肘へ、肘から肩にかけて赤黒く染まっていき、怨衆の顔がのぞかせる。

それは一つではなく腕の至る所に膿のように生えてくる。

あまりいい気分ではない。なにせ他人の怒りや憎しみが大量に身体の中に入ってくるのだから、いい気分になんてするはずがない。

そろそろ手に馴染んできた。

いい感触だ。

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勇者は怨衆の風に乗る 縁の下 ワタル @wataru56

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