埋め込み式Add人間

ちびまるフォイ

広告が心まで侵食している

「額に"肉"と入れるそれだけでいいんですよ」


「……本当ですか? 悪ふざけとかじゃないですよね」


「あなたに依頼が入っている広告は焼肉屋さん「肉」。

 額に肉という文字を入れるだけで、あなたの顔を見た人がお肉を食べたくなるんです」


「まあ……楽して生活できるのなら」


多少の恥ずかしさはあったがそれでも額に「肉」の広告を入れた。

広告収入のいくばくかが俺のお財布へと入ってくる。


収入が届いたときには即苦情を入れた。


「こんな恥ずかしい思いをしたのに、2円ってどういうことですか!」


「簡単なことですよ。あなたの額に価値がない、ということです」


「広告入れたのに!」


「芸能人じゃあるまいし、あなたの顔を見てくれる人なんてそういないでしょう。

 楽して生活できるなんてできるわけありません」


「せっかく仕事も辞めたのに!」


このままでは生活できないと、背中にモニターをくっつけた。

胸にはアーチ状の広告を入れて肩や足にも広告を入れまくった。


そして意味なく外出したり、ジムに行ったりして、

しれっと広告が目に入るように服を脱いだりとあがいた。


こっちは生活がかかっている。

なりふりかまっていられない。


「これだけ広告を入れたんだし、総計でたくさん見てくれただろう。

 次の収入日が楽しみだなぁ」


と、肌寒くなってきたビーチでわざわざ日光浴を楽しみながら明日を待った。

翌日送られてきた広告成績表を見てふたたびブチ切れた。


「ちょっとちょっと!! これだけ広告を入れて、収入が10円ってどうなってるんですか!」


「あなたの背中と、肩と、額と、足と、ケツと、胸と、後頭部には見る価値がないってことですな」


「嘘こけ! これだけ人目に触れるほど体に広告を入れてるんだぞ!?

 いくらなんでもこの金額はありえないだろ! ぜったい着服してるな!!」


「広告として機能している場合に見合った報酬を渡しているだけです。

 嘘だと思うなら、あなたの広告を見た人に聞いてみればいいじゃないですか」


「ああいいとも!! あとで泣きを見るのはお前の方だからな!!」


街へ出て通行人を引き止めて話を聞くことに。


「あの! 俺ってどうですか!?」


「新手のナンパ……?」


「ちがうちがう! 俺の広告だよ! どれか気になったのない!?

 逆にどこの広告が一番目に入った!? 教えてくれ!!」


「えーーっと……」


通行人は困ったような顔で答えた。


「広告がありすぎて、どれを見ていいかわからないかも」


あまりにショックを受けすぎて地球の地軸が傾いた。


背中に広告を入れた人は銭湯に入れなくなるデメリットを承知してまで

体中を広告まみれにしたあげくに「広告は多すぎると逆効果」という真実。


収入が10円だったのも納得してしまった。


「全部空回りだったのか……もう死ぬしかない……」


日本人特有の自殺願望をこじらせてビルの屋上へと向かった。

並べた靴の横には遺書をしたため、ビルの手すりを超えたそのとき。


「あの、ちょっとよろしいですか?」


「はい?」


「自殺されるんですか?」


「そのつもりです」


「実は、私どもはテレビ局のものなんですが

 自殺する人にインタビューをしているんです。

 よければインタビューを受けてもらえませんか?」


「べ、べつに話を聞いてもらってうれしくなんかないんだからねっ」


自分の苦労話を誰かに話してねぎらってほしかったのだと自分で気がついた。

インタビューが終わる頃にはオンエアーが楽しみで自殺はなし崩し的になくなった。


どうやらインタビューをしていたのは人気番組だったらしく

放送後は俺を指差しては「あ! 人生に絶望してる人だ!」と言われた。ちょっぴり嬉しい。


その後、すっかり存在も忘れていた広告成績表が届いたとき、その金額に傾いていた地軸も治るほどだった。


「こ、こんなに広告効果があったのか!?」


もらったらもらったで不安になるために確認してみると間違いではないらしく、


「あなた広告を入れたままテレビにインタビューされたでしょう?

 放送を見ていた人が"あの額のマークはなんだ"と

 焼肉店にお客さんが殺到したらしいですよ」


「そんな宣伝効果が……!」


「テレビCMじゃスキップされますが

 人間に埋め込まれた広告なら見逃すことはないですしね。

 良かったじゃないですか。これであなたも一流の広告マンですよ」


その言葉は本当で自分でも知っているような会社から広告のオファーが舞い込んでくる。


「どうかあなたの背中に広告を出させてください!」

「あなたの舌の上に広告を出させてください!」

「あなたの瞳の奥はまだ広告スペースがありますか!?」


「ええ、ええ、いくらでもいいですよ。はっはっは」


まさに殿様商売。

俺はただ普通に出かけるだけでお金が入ってくる。


お金が入れば色んな場所に出かけることができる。

外に出さえすれば、通行人が俺を見て同時に広告を見てくれる。


最高の幸せ好循環。


「はっはっは! やっぱりあの時死ななくてよかった!!」


鼻でタバコを吸いながら人間椅子にくつろいで札束風呂に浸かる。

「勝ち組」という烙印を入れようかと真面目に検討しているときだった。


広告を出している会社から連絡があり来てもらうことに。


「それで? 話ってのはなにかな?」


「実は……」


「ははは。と言いながらも俺はすでに察しはついているがな。

 新しい広告だろう? ちょうど足の裏は空いているから広告を入れれるよ」


「そうではなく、あなたから広告を手放したいと思いまして」


「……ん?」


「あなたに埋め込んでいる広告を撤収に参りました」


「いやいやいや!! ちょ、ちょっと待った! なんで!?

 こんなにも有名になったのに!?」


「ええ、あなたは有名になったんですが、すでに人としては終わっています。

 成金主義のバブリーな生活では、少なからずあなたを嫌う人が出てくるでしょう」


「そ、それは貧乏人だろう!」


「あなたを見て不快に思う人が増えている以上、

 あなたを広告人間として使うのはあまりにリスクが多すぎるんです。

 あなたは嫌われても、我々の広告は嫌ってほしくないということです」


「それじゃ俺の生活はどうなるんだ?! もう結婚式の予定も

 これから子供が生まれる予定だってあるんだぞ!」


「もちろん、別の広告はあります。おいこっちへ」


すると、やってきたのはアルファベットの2人組だった。


「えー♪」

「しぃー♪」


「い、いやだ! 広告といってもゼロ円広告じゃないか!

 俺は広告を入れるのが好きなわけじゃない!」


「何言ってるんですか。一度広告を体に入れた以上は

 もうまっとうな人になれるわけないでしょう。

 広告を入れておけばいつか使ってくれる日が来るはずです」


「いやだーー! 俺は楽して生きていきたい!」

「庶民感覚のないあなたにもう広告人間の価値なんてないんですよ!!」






あれから数十年後。






「パパ。それで僕の名前を"肉"にしたんだね」


「子供は嫌味のない広告になるからな」

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