第4話
長い、いつまでこの沈黙は続くのだろうか。隣の教室からはさっきまで声が聞こえてきたのだが、それも今ではなくなっている。
徹は今どうなっているだろうか。もうすでにフラれているのだろうか。それとも告白は成功してたりするのだろうか。
いやない。うん、ないだろ。徹には申し訳ないけど。
告白するにしてももう少し可能性がありそうな人を選んでほしいと思わなくもない。確かに宇治田瑠衣は美人でギャルで魅力的かもしれない、だが所詮陰キャでしか俺たちには敷居が高すぎるのだ。
いや、もしかしたらこんな風に考えてしまうこと自体が生涯独り身の片道切符なのかもしれない。
本当にその人が好きになってしまったのなら、クラスカーストとか関係なしに告白した方が華やかな青春を送れるのかもしれない。告白しないままずるずると終ってしまう青春も悪いとは一概には言えないが、しっかりと次に進んでいくための区切りとしては思いを伝える方がいいのかもしれない。
だが、何度も言うがそれは本当に好きだと思えた人にする場合に限ると言うことを忘れてはならない。
徹はやりすぎた結果、中学時代は微妙な感じになったらしいからな。
今の俺の状況だってそれを考慮していない偽りの告白だから、少々気にかかっていると言うのが本音だ。
そんなことを考えていると、委員長、いや早崎さんが口を開いた。
「ごめんなさい。あなたの気持ちには答えられません」
まっすぐとこちらを見て、はっきりとそう伝えられた。早崎さんの声は震えていた。
接点も特にないただのクラスメイドでしかない俺のために色々なことを考えてくれたんだ。彼女も実質初めての告白だったのだから、そうなるのも当然なんだ。
俺みたいに遊び感覚で告白に対応していないのだ。
そこで俺は完全に自覚してしまった、自分の中にあった罪悪感に。
そう思った途端、俺の思考は冷えていく。さ
ああ、この感情は後悔だ。俺は後悔している。
やはり安易に告白なんてすべきではなかった。偽りの恋愛感情に対して、こんな純粋な思いを伝えられたら……。もう自分が情けなくて仕方がない。
大馬鹿野郎だ。本来、謝るべきなのは俺なんだ。早崎さんが謝る事なんて何もない。伝えよう本当のことを……。
いや本当にそれでいいのか。それを伝えたところで結局は俺の自己満足に過ぎないのではないのか。
罪悪感を捨てたいがために本当のことを伝え、彼女を傷つける。それは良いことなのか。
いや違う。
この罪悪感を背負っていくことが俺の本来の贖罪だ。
「そうか、ごめんね。迷惑だったよね。ちゃんと気持ちを伝えてくれてありがとう」
嘘と本音の感謝を俺は吐く。
「全然迷惑じゃないです。こちらこそ、私を好きになってくれてありがとう」
そう言って彼女は無理やり笑顔をつくり、背を向けて去っていった。
俺はそれをただただ見送った。
「俺も帰るか」
独り言なんてめったにしない俺だが、その時はなんとなく声に出したい気分だった。
昇降口まで行くと、すでに告白を済ませた様子の徹が待っていた。
「よお」
「うん」
「どうだったよ」
「フラれた」
「そうか」
徹はいつものように饒舌に何かを語るというこはしなかった。
「俺もいつも通りフラれたぜ。あんたは無理って言われた」
ちょっと面白かったので普通に笑ってしまった。その光景は容易に想像できてしまう。
「ちゃんと屋上に来てくれたんだ。意外だな」
「まぁな」
どこか含みがあるような言い方だった。気にならないから別にいいけれど。
「俺の方は、早崎さんはちゃんと真剣に考えてくれた。だからこその罪悪感をいっぱい感じたよ。俺はもう安易に告白はしない。ちゃんと好きになってからする」
「そうかぁ、そうだようなぁ。ごめんな。俺もノリでやりすぎた」
徹は俺に頭を下げてきた。そんなことしなくていいのにな。
「告白するってことの重要さは学んだつもりだよ。実際、最終的にやるって決めたのも俺だし、お前が謝る必要はない」
「そっか、なら、良かったのか?」
「うーん、微妙なところだな」
「そうだな」
顔を見合わせてどちらも苦笑いをする。
「お前も、もっと考えてから告白するようにしろ。ちゃんと受け止めて考えてくれる人もいるんだから」
「分かった」
いつものように気の抜けた返事ではなく、しっかりとした返事だった。
中学時代よりはその悪癖もましになったようだし、これまでにも色々と思うところがあったのだろう。多分、今回の俺との告白タッグでも色々と思うところがあったのではないだろうか。
「じゃあ、帰るか」
「おう」
帰り道、俺たちは恋愛談義をしながら歩いた。
「俺さ、早崎さんのこと好きになったかもしれない。大分チョロいのかもしれないわ俺」
「まじかよ」
「不思議な感じの人だったけど、良い子だった」
「そうかぁ、良かったなー。告白されたほうは嫌でもお前のこと気にするようになると思うから、これからも可能性は全然あるぜ」
「そういうもんか」
「そういうもんだろ」
そんな感じで適当に会話は進んでいく。
「お、自販機あるな」
徹は自販機を指さした。
「あるな」
急に何を言い出すのだろうか。
「今日のお詫びとしておごってやるよ。感謝しろ」
そういうことか。
「じゃあ、俺もお前に感謝のおごりをしてやろう」
俺たちは互いに同じブラックコーヒーを選択し、同じものおごり合うというおかしなことをした。特に何の意味もないが、多分、俺たちにとっては大切なことだ。
「俺たちは今日で一歩大人になった」
「そうだな。成長した」
「乾杯だ」
缶を開けて、二人で一気に飲み干す。
「「苦い」」
どうやら、俺たちはまだまだ子供のようだ。果たしてこんな俺達が大人になれる日は来るのだろうか。
それはまだ誰にも分からない。
モテない男たちの闘い 三宮 尚次郎 @sanomiyanao
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