閑話・俺の名前は往面隼人 その2

 祭りの喧騒を聴きながら、俺は悩んでいた。


 ……この夏、一度も天音さんに会えなかった……。

 何故なら、彼女が一度も学園に来てくれなかったからだ。

 夏休み前、バスケ部の大会や、練習試合のスケジュールだってちゃんと伝えておいたのに……。


 それもこれも、全てはあの地味な男のせいだ。

 未だに名前がわからない・覚える気にもならないあの男……。

 いつも嫌がる天音さんを無理矢理連れて行ってしまう、あいつのせいで……!


「くそっ」

「荒れてんなぁ、往面」


 ……荒れてるなだと?

 当たり前だろう!

 本来の予定なら、今日は天音さんとこの祭りに来ているはずだったんだ。

 なのに何故、俺はお前たちと来ている……!


「……もう1ヶ月以上、彼女に会えてないんだ、当然だろう?」

「あー、一年の天音な! あの子、ほんと綺麗だよな!」


 当然だ。

 彼女は俺が出会った中で、生まれて初めて自分に相応しいと思えた女性だぞ?

 だが、将来的に俺のものになる彼女が褒められるのは、気持ちのいいものだな。


「てかあの子って、なんだっけ…往面のクラスの奴と付き合ってるって噂なかったっけ?」

「あー、あるある! なんかべったりって聞いたなー!」

「後輩からは、どっちかっていうと天音さんの方がベタ惚れらしい、って聞いたけど」

「マジかよー! 隼人負けてんじゃん!」


 ……またあの男の話か……!

 くそっ、もしかしてもう学園中にこの噂が蔓延しているのか?

 というか、こいつらも何故そんな噂を簡単に信じるんだ。

 彼女に最も相応しい男は俺しかいないだろう……!!


「噂は噂だろう? 天音さんは彼とはなんの関係もないよ」

「そうなのか?」

「むしろ、いつもいつも俺と天音さんの邪魔をしてくる、困った奴だ」

「あー……なるほどなー! あの天音が追っかけてるっておかしいと思ったんだよなー!」


 そうだ、その通りだ。

 彼女が、あのような地味な男を追いかけているなど、ありえない!


 ……まぁ、それでもあの男も、文化祭の頃には気がつくだろう。

 自分がどれだけ、天音さんに相応しくないかを……!



 そんな風に考えていた時だった。

 ふと視線を向けた先に、彼女を見つけたのは。


「天音さん……!」

「えっマジ!? うわっ、浴衣だよ浴衣! やべぇめっちゃ似合ってる! 可愛い!」


 ……流石の俺も、見惚れてしまった。


 欲しい。


 彼女が、欲しい。


 俺の思考を支配したのは、ただその一言だけだった。


「いや……でも天音さん、なんか地味な奴といるな」

「あー! もしかしてあれが噂のやつか!」

「…………っ!」


 何故だ。

 何故、またお前がそこにいる……!

 本来、そこは俺の立ち位置だ、お前のような地味な男のいていい場所じゃないんだよ……っ!


「すまん二人とも、手を貸してくれ」

「んっ?」

「なんだよ、改まって」

「俺は今から、天音さんに声をかける……んだが、そうするとあいつにいつも邪魔をされるんだ」


 忌々しくも、俺の天音さんに話しかけるあいつを睨みつける。


「つまり、引き離せってこと?」

「そういうことだ、理解が早くて助かる」

「……なぁ往面……あれはちょっと……諦めたほうがいいんじゃないか?」

「ははは、何言ってんだよ……悪いけど、頼むぞ?」

「まぁ、いいけど……」


 そうして俺は、彼女へと近づいていく。

 愛しの俺の天音さんへ。



「――――天音さん? まさか、こんなところで会えるなんて、奇遇だね!」

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