あいつの胃袋は宇宙だ……!
「おー、混んでるなー……帰ろうか……」
「まだ来たばっかりですよ!?」
「人多いしマジ無理……」
電車に揺られること、約30分。
俺たちはお祭り会場に到着した……の……だが……。
「こいつらマジどっから集まって来るんだよ……信じらんねぇ」
「と、私たちも思われてると思いますよ?」
「帰りたい……」
「せっかくのお祭りなんですから、テンション上げて行きましょうよー……」
会場についたとたん、早くも俺は疲れ果てていた。
仕方ないよね、人多すぎるんだもんね、仕方ないよね。
あと、二菜を連れているため、周りの目が痛い。
「……はー、仕方ない……とりあえず、なんか食べるか!」
「はいっ! 夏祭りといえばー……やきそばにたこ焼きに……リンゴ飴! くふふ! 楽しみですねー!」
「ええ……お前リンゴ飴とか食べるの……」
「え、なんでですか、美味しくないですか?」
そういいながら、二菜が小走りでりんご飴を買ってくる。
しかもよりにもよって一番デカいサイズを……!
「なぁ、小さい方が食べやすくないか?」
「まーそうなんですけど、これがいいんですよこれが!」
お祭りの醍醐味ですよね、と小さな口を大きく開けてりんご飴を食べ始めるが、やはり大きすぎるのか、相当食べ辛そうにしている。
ぺろぺろと舐めたり、齧ろうとしたり……なんというか……うん。
目の毒だな!
ちらちらとこちらを見てくる他の男の視線も鬱陶しいし……よし。
「はぁ……っ、おっきすぎて、顎が疲れちゃいました……」
「おい二菜、ちょっとそれよこせ」
「? はい、いいですよー……ってあぁーっ!!」
俺は、二菜から受け取ったリンゴ飴に、思いっきり齧りついてやった。
これで段差が出来て、食べやすくなっただろう!
もうあんなふうに四苦八苦することもないし、周りの視線も気にならない。
完璧だな!
「あー、顎痛い……しかも歯茎に飴刺さってるし最悪なんですけど!」
「も、もー! それはこっちの話なんですけどー!!」
「いやぁ、食べづらそうにしてたから、手伝ってやろうかなって」
「それもリンゴ飴の醍醐味なんですよぉ……うう……」
俺に齧りとられた部分を見つめながら、涙目になっている二菜には悪いがこれは仕方のないことなんだ……。
それも全て、お前の食べ方が悪いからだということに納得して欲しい。
いや、そんなこと言わないし言わないけど。
食べ方がエロいとか言ったらハイライトの消えた目で死ねとか言われそうで怖いし。
ていうか、こいつはいつまでしょげてるんだよ。
リンゴ飴の一口くらいで……ったく!
「いつまでもしょげてんなって……ほら、なんか奢ってやるから!」
「……じゃあ、焼きソバ……」
「おお、焼きソバな、じゃあ買いに行くか」
「あとたこ焼きと……」
「たこ焼きな、うん食べような!」
「綿飴と……チョコバナナと……イカ焼きと……カキ氷と……ベビーカステラと……」
「どんだけ食うつもりだよ!?」
こいつ、本当は全然凹んでないだろ!?
お、俺の財布がどんどん軽くなっていく……おのれ天音 二菜!
最近大人しいと思っていたら、まさかこんな形で俺の財布を狙ってくるとは!
「……くふふっ! 私の楽しみを取ったんですから、これくらいしてもらわないとですよねー♪」
「りんご飴一齧りとこれとじゃ、全然釣り合い取れてねーよどんだけ食うつもりだよ」
「やっぱり、お祭りで食べるのって特別感ありますからねー!……あ! 先輩フランクフルト食べたいです!」
「はいはい、仰せのままにお嬢様」
「くふふ! 苦しゅうないぞ~♪」
でも、まぁ。
いつも世話になってるし、このくらいの出費なら許されるよな?
「それに……くふふ! 先輩公認間接ちゅー……♡」
「なんか言ったか?」
「いいえー! なんでもありません! くふふー!」
「変なやつ……」
* * *
その後も、あれやこれやと食べ続けた。
この小さい体のどこに入るんだというくらいに食べ続けた。
そして今も奴はめぼしいものを物色し……ってまだ食うの!?
「あ……」
そんな時、突然、二菜の足が止まった。
「ん? なんかまた食いたいもの見つけたのか?」
「いえ、そうじゃないんですけど……」
先程まで機嫌よく歩いていた二菜が突然止まったんだから、何かがあったのだろう。
そう思い目線の先をたどってみると、簪を売っている屋台が目に入った。
へぇ、ああいうのも屋台ってあるんだな。
「簪がどうかしたのか? 気になるのでもあったか?」
「そういうわけじゃないんですけど、ちょっと見てもいいですか?」
「おお、いいぞ」
そう言って二菜が手に取ったのは、月とうさぎが揺れる簪だった。
月を見上げる構図になっていて、なかなかオシャレだ。
「気に入ったのか?」
「いえ……ただ、先輩に貰ったキーケースもうさぎさんだったな、と思って」
「そっか」
そういいながらもじっと簪を見つめる二菜の目の中に、可愛いな、欲しいな、という感情が見えた気がした。
お値段的にはうん、こんなもんか。
「すいません、これください」
「先輩?」
これも、今後ともよろしくって言う必要経費だ。
べ、別に二菜を喜ばせようとしたわけじゃないんだからねっ!
「はい、ありがとねー……ほら彼氏さん、彼女さんにつけてあげなよ!」
「か、彼女! えへへ、彼女……♡」
「べ、別に彼女ってわけじゃないです!」
「まぁまぁまぁ! 初々しいカップルだこと! ほほほ!」
くそっ、どうしてこの年代の女の人は、男女をみると何でもカップル扱いしてくるんだ!
思わずくしゃりと前髪を握り、溜息をついてしまう。
すると、何かを期待するような二菜と目が合い……。
「……先輩、つけてもらっても、いいですか?」
「あ、ああ……でも、何処につけたらいいとか全然わかんないぞ俺」
「今挿してるのの、下の所に入れてもらえれば大丈夫です」
「わ、わかった」
震えそうになる手を押さえつけ、二菜の髪にそっと簪を挿してやると、シャラン、と月が揺れた。
うん、思ったとおり、やっぱり似合ってる。
「どうですか、先輩?」
「うん、似合ってる、可愛いよ」
「えっ!? かわ……っ! あ、ありがとうございます……」
「えっ! あ、お、おう」
しまった、何言ってんだ俺……可愛いとか!
見る見る耳まで真っ赤になる二菜を見ていると、こっちまで恥ずかしくなってくる。
ああ、顔が熱い……!
「――――ねぇ彼氏さん、イチャつくのはいいけど、お店の前はやめてくんないかな……?」
「「!!?」」
そうだった! 俺たち、まだ簪の出店の前にいるんだった!
「す、すいませ……っ! い、行こうぜ二菜」
「は、はいっ」
俺は二菜の手を取り、逃げるようにその場を立ち去った。
嬉しそうにはにかむ二菜の顔を見ることは、できなかった。
* * *
「夏祭りといえばカキ氷ですよねー!」
「氷削ってるだけのクセにこの値段は納得いかない……」
「先輩は情緒が足りないと思います!」
あの後。
なんとなく気恥ずかしい空気が流れつつも、二人でお祭りを楽しんだ。
射的、輪投げ、金魚すくい……意外と二菜が金魚すくいが上手かったのは、ここだけの話だ。
「金魚、持って帰らなくてよかったのか?」
「持って帰っても、上手く育てられないですからねぇ……」
「ああ、わかる……難しいよな、金魚って」
「飼うための水槽とかもなんにもありませんし、可哀想ですからね」
それなぁ……。
俺も子供の頃、喜んで持って帰った金魚が、翌日には浮いてたのを見て、泣きそうになったものだ。
「そろそろ花火が上がる時間ですね」
「じゃあ、移動するか」
「はいっ……あ、そういえば先輩、知ってますか?」
「知らん」
「もーっ! まだ何も言ってないじゃないですかー!!」
だって知ってますか? って言われたって、なんの事か分からないんだから
知らない、って応えるしかないよなぁ……?
「花火を見ながらち、ちゅーをすると! 愛が長続きするらしいんです……!」
「へぇ」
「なので先輩! 私と花火をみながらちゅーをしましょう!」
「We are very sorry that we cannot accept your request.」
「もー! なんで英語なんですかー!!」
「ほら、馬鹿なこと言ってないで行くぞ」
「むーっ!」
むくれる二菜を宥めて、花火の見えるスポットを探そう。
そう考えて移動しようとした、その時だった。
「――――天音さん! まさか、こんなところで会えるなんて、奇遇だね!」
俺たちの前に、イケメンくんとバスケ部の愉快な仲間たちが現れたのは……。
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