100点満点だと98点だな

「……遅い……。」


 夏祭り当日。

 俺は今、自宅で二菜がやってくるのを、そわそわしながら待っていた。


 昼過ぎに準備をしてくる、と言い残し部屋へと帰ってはや2時間。

 未だに準備が終わらない、というのはどういうことだ。


 ……いや、女性の準備に時間がかかる、というのはわかる。

 二菜のことだから、まず間違いなく浴衣を着てくるだろう、それなら時間がかかるだろう。

 そしてこのようなシチュエーションで、あいつが浴衣を着てこないはずがない。

 あいつはそういう奴だ。


(まぁ、待たされるのは嫌だけど、楽しみではあるんだよなぁ)


 あいつの見た目が極上の美少女なところは、認めよう。

 そんな二菜が気合を入れて浴衣を着てくるんだ、可愛いに決まっている。


 と、ここまで考えて気がついた。


 ……待て待て、これではまるで、俺が二菜が来るのを待ちかねているようではないか!

 違う違う、俺はお祭りなんて行きたくない!

 あいつの浴衣なんて、全然楽しみになんてしてないんだからねっ……!


 俺はおもむろに結跏趺坐を組み、精神の統一をはじめた。

 今こそ精神を落ち着け、悟りを開く時だ……!

 何物にも揺れない心を、俺は手に入れるんだ!



 そう考えていた時に。


 玄関の開錠音が部屋に響いた。


 開いたはずの悟りが、あっさりと崩れた音が聞こえる。

 この部屋の鍵を持っているのなんて、俺以外では二菜だけだ。


 ヤバイ、なんか緊張してきた。

 すぐ後ろに二菜がいるのがわかるが、振り返る事が出来ない。

 落ち着け藤代 一雪! 今こそ般若心経を唱えて心を落ち着け――――


「――先輩、お待たせしました♡」

「ひえっ……」


 耳元で、二菜の甘さの残る声が響く。

 だから、耳はやめろとあれほど……!


 ……いつもの勢いで思わず振り返った俺は、息を呑んだ。



 予想はしていた。

 二菜が本気で着飾ってきたら、とんでもないだろうな、とは常々思っていた。

 だが、今日の二菜は、その予想を遥かに超えていた。


 黒を基調とした生地に、牡丹の花が散った、主張しすぎないモダンな雰囲気の浴衣。

 結い上げた髪を簪でまとめているのか、二菜の動きと共に銀鎖につながれた手毬がゆらりと揺れる。


 薄く化粧はしているものの、どこか幼さの残る二菜に、大人っぽい雰囲気の浴衣。

 このギャップは、狙って出したものだろうか?

 桜色に色づいた頬ではにかむ二菜に、思わず見蕩れ――――


「どうですか先輩! 可愛いですか可愛いですよね!」


 そうになったところで、その言動で我に返った。

 ああ、もったいねぇ……!

 黙ってれば超がつく美少女なのに、喋って動くとこれとか、本気で勿体ねぇ……!



「はぁ……」

「な、なんなんですかその溜息!?」

「いや……お前ってなんていうか……99点の女って感じだよな……」

「な、なんですかそれー!?」


 あと1点! あと1点足りないのがもどかしい!

 ……ん、待てよ? 1点?


「悪い、計算間違えてたわ」

「――くふふっ! そうですよね! やっぱり先輩から見たら私って、100点満点……」

「身長も5センチ足りてないから、98点の女だな」

「もー! なんでですかー!!」

「七菜可さんの娘なのに……どうして……どうしてあそこまで成長しないんですか……」

「むーっ! むーっ!!」


 ぽかぽかと涙目で叩いてくるが、やはり痛くもかゆくもない。

 でも、まぁ。


「浴衣、似合ってるな、俺は可愛いと思うぞ」

「ふえっ……」

「いや、違うな……今日はちょっと大人っぽい感じだから、綺麗のほうがいいか?」

「あう……そ、そうですか……アリガトウゴザイマス……」

「正直、ここまで綺麗になって出てくるとは思わなかったからビックリした」

「う……うーー……!」


 ぽっと頬を染め、恥じらいを見せた二菜が、髪を弄りながら威嚇してくるが

 どう見ても子猫が精一杯威嚇しているようにしか見えず、思わず笑ってしまった。


「な、なんで笑うんですか……」

「いや、可愛いかどうか自分で聞いといて、可愛いって言われたら照れるってどうなんだってな」

「も、もーっ! 先輩のそういうところです!」

「どういうところだよ」


 口調は怒っているが、満更ではないという感情が隠し切れていないのが、また笑える。


「ほら、そろそろ出ないと花火、間に合わなくなるんじゃないか?」

「あっ! ほんとですね、なんか気がついたらいい時間に……」

「じゃ、行くか」

「はいっ!」


 部屋を出た俺の隣に、小走りで二菜が並びかける。

 そっと俺の手を取ってくるのを握り返してやると、嬉しそうな笑顔で指を絡めるように握りなおしてきた。


「……くふふ! 最近の先輩、私と手を繋ぐのに躊躇がなくなってきましたね!」

「ん、なんだ? 手ぇ離すか?」

「い、いえいえいえ! そのままでいいです!!」


 はぁ、と大きな溜息を零し、二菜の手をこちらからも握り返してやる。


「今日は人の多いところに行くから、子供の迷子対策だな」

「もー! 誰が子供ですかー!!」

「お前、気がついたらなんかいなくなってそうだし……」


 実際、こいつは一度目を離したらいなくなったことがあるからな。

 流石に祭り会場でいなくなったら、探し出すのは困難だろう。

 というかもう、探すのを諦めて、帰る自信がある。


「……じゃあ、今日は手を離さないでくださいね?」

「おー、お前も勝手にどっか行くんじゃないぞ」

「くふふっ! はいっ!」


 二菜が機嫌よさそうに返事をしながら、俺の腕にぴったりとくっついて来た。

 そこまで許した覚えはないんだがなぁ……と思いつつも、嬉しそうな顔をしている二菜を見ると文句を言う気も失せる。


 にこにこと笑う彼女を連れ、俺たちは祭りの会場へ歩き出した。

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