俺と彼女の変わらない日常
鼻歌を歌いながら、トントンと軽快なリズムで包丁を振るう二菜を、俺は後ろからぼーっと眺めていた。
これが漫画の世界のカップルなら、後ろから抱きつきにいく場面だろうか?
まぁ、俺たちはそういう関係じゃないし、たとえそういう関係でもしないけど。
ちなみに、俺が二菜を手伝って料理をすることはない。
一度手伝おうとして酷い目にあった経験があり、アレ以来、洗い物以外することを禁止されているのだ。
ちょっとフライパンを焦げ付かせただけなのに、酷い話である。
「なんか……いつも通りだなぁ」
「え、なんですか急に?」
「いや、昨日あんなことがあったのになって」
正直、両家両親が揃ってご挨拶ーなんてやったら、間違いなく何かが変わると思っていた。
しかし結果的に、今までの生活となんら変わらず、朝から二菜は俺の部屋にいるし、今もいつものように、夕飯の準備をしている。
そう、本当にいつも通りなのだ。
「くふふっ、そう簡単に変わったりしませんよ」
「そうなのかもなぁ……」
「それとも、変わったほうがよかったですか?」
二菜が振り返り、真剣な瞳で俺を見てきた。
そう、俺たちは変わろうと思えば、変わることは出来た。
母さんから、そのキッカケは与えられていたのだ。
「二菜は変わりたかったのか?」
「もー、質問を質問で返すー!」
「いや、気になったもんで」
「うーん……そうですねぇ……お義母様みたいに、先輩と同棲ってのも憧れますけど……」
そう、母さんたちのように、だ。
どうも母さんと七菜可さんは本当に色々と乗り気なようで、もし希望するならば今誰も住んでいない俺の実家を開けて、二人で住んでもいい、と勧めてきた。
そう、父さん母さんと同じく、同棲を強く勧めてきたのだ。
おい母よ、なんでそんなキラキラした目をしているんだ。
七菜可さんは七菜可さんで、あんた自分の娘が心配じゃないのか!?
これに二菜のお父さんがぎょっとした顔をしていたのには、ちょっと笑ってしまった。
あと、父さん。
昔を思い出したのか、若干遠い目をしていたのが不憫で、少し気になった。
一体過去に何があったんだよ父さん……!
「まぁ、結果的に断ったんだけどな」
「私は今の生活のまま、先輩に好きになってもらうって決めましたからね!」
「さよか」
「くふふ! 絶対、先輩に好きだ、って言わせて見せます!」
「おう、好きだぞ二菜」
「もー! 全然心がこもってないっ!」
ぷくーっとふくれっつらをするのも、いつも通りだ。
それを見て、本当にいつも通りだなぁとほっとすると同時に、くつくつと笑ってしまう。
「ま、俺も今の生活、無理に変えたいとは思わないかな」
「くふふ! 私と先輩、やっぱり同じ気持ちだったんですね♡」
「お前と一緒に生活なんて考えただけで、精神が擦り切れてボロボロになりそうだ」
「もー! なんでですかー!!」
だって仕方ないじゃないか、俺はまだ悟りが開けていないんだ。
せめて、俺の寺修行が終わるまでは勘弁して欲しい。
「それに、ぶっちゃけ今も大して変わらないからなぁ……」
結局、同じ屋根の下で寝起きするかしないかの差だけなのだ。
それなら俺は、今の変わらない、こいつとの生活を選ぶ。
「くふふっ! まぁ、それもそうですよねー!」
二菜はそういうと嬉しそうに小さく笑い、フライパンを振る作業に戻った。
あー、今日の晩御飯も、もうすぐだなぁ。
ぐー、となる腹を押さえ、俺の意識は今日の晩御飯のメニューへと移っていったのだった。
* * *
「さて! 夏休みも残す所わずかとなったわけですが!」
「そうだなぁ……学校が始まるの……憂鬱だなぁ……」
「もー! テンション上げていきましょうよー!」
「無理……」
お盆が明けてしまうと、夏休みの残り日数がリアルな数字として迫ってくるのだ。
毎年、この時期は憂鬱で憂鬱で憂鬱で……。
「もうマジ無理永眠したい……」
「永眠!? や、やめてくださいよ私たちまだちゅーもしてないのに!」
つまり、ちゅーしたら永眠してもいいということだろうか?
まぁしないんだけど。
いや、しないよ!?
「こほん! それで、夏休みも終わりますが、私たちまだやってない事があると思うんです!」
「やってないこと? ……なんかあったっけ?」
「ありますよぉ! ほら! 大事なイベントがあるでしょう!?」
夏といえばの大事なイベント……なんだ……夏といえば……?
「あっ! わかった!」
「!! わかってもらえましたか先輩!」
「朝顔の観察日記か! なんだよーお前身長だけじゃなく中身も小学生だなー!」
「ちーーがーーいーーまーーすーー! もー! なんでですか誰が小学生ですかー!!」
違ったようだ。
おかしい、夏休みといえばラジオ体操と朝顔の観察日記ではないのだろうか?
ああ懐かしの観察日記、持って帰って一週間後には水をやりすぎて枯れてしまい、「枯れました」で終わった俺の観察日記……。
「夏といえばお祭りじゃないですか! 私たち、どこのお祭りにも行ってないんです!」
「夏祭りかー……そういや、今年は行ってないような……?」
「そうなんです! 恋人との夏のイベントといえばプール! 海! 夏祭り! ですよね!」
「なるほど、なら別に恋人でもない俺たちは行かなくていいんじゃないか?」
はぁ、恋人のイベントならば大丈夫だ。
あんな人混みに行くなんて勘弁して欲しい、俺は出来ればインドアな夏をすごしたいのだ。
エアコン万歳、愛してるよエアコン。
「えー! 行きましょうよぉ夏祭り! これ逃したら来年まで花火見れないんですよぉ!?」
「えー……でもそんな恋人イベントに行って、クラスのみんなに噂されたら恥ずかしいし……」
「またそういう間違った乙女な事言うー!」
行きたくないものは行きたくないんだ、仕方ないだろう。
残りの貴重な休み、俺はバイト以外は引きこもっていたい……!
「先輩お願いします! 行ってくれたら何でも言うこと聞きますから!」
……なんでも、だと?
その言葉に俺は、弾かれるように反応した。
「……今、なんでもって言った?」
「……え、な、何でもとは言ってないです」
ついっと俺から目を逸らしたが、俺は聞いたぞ。
ふふふ、何でも言うことを聞いてくれるのか……なら……!
「え、えっちなお願いは今はダメです!!」
「音琴の誕生日プレゼント選ぶの手伝ってくれ!!」
「え?」
「え?」
「音琴先輩の……誕生日プレゼント」
「……何、えっちなお願いって」
ぼんっ、と音が出るかと思うほど、二菜の顔がかぁーっと一気に赤く染まっていく。
何、俺がそんな事すると思ったの?
「ぷ……くくっ……お前この前、襲ってもいいとか言ってたくせに……くくっ……!」
「あ、あれは、私にも覚悟を決める時間が……っもーっ! そんな事言う先輩、嫌いです!」
「ああそうか! くくく……っ! 俺は好きだぞ、二菜……っダメだ腹痛い!」
「も、もーっ! 音琴先輩のプレゼント選びでお祭り一回、約束ですからね!」
「ああ、わかったわかった!」
これ以上笑っていると後が大変そうなので、笑いを止めよう……としたものの
やはりどうしても止める事が出来ず、この後、二菜の機嫌を取るために大変な想いをしたのだった。
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