俺たちの日常はこうして続いていく

 酷い目にあった。


 ただただ、酷い目にあった。


 父さん母さんと久しぶりに会うだけのつもりが、どうしてあんなことになったのか……。


「疲れましたね、先輩……」

「ああ、疲れた……」

「私、先輩を紹介したかったんですけど、これは予想外でした……」

「ほんとにな……」


 俺たちは今、帰りの電車の中にいた。

 両親たちは今現在、親睦を深めるなどという理由で、飲み会に突入している頃だろう。

 うちの父さんも、あれでかなり飲める方なので、今頃楽しんでいるのではないだろうか?


 しかしまさか、俺たちに黙って交友関係を深めているとは……。



 結局の所。

 今回の顔合わせは、特に俺たち二人の関係をとやかくいうものではなかった。


 藤代家側からは、いつもお世話になっていて申し訳ないという話と。

 天音家側からは、娘の一人暮らしで不安だったが、安心したという話と。


 大まかに言えば、この2点に集約されるわけで。

 まぁ、今後ともよろしく、程度の話で終わったので、よかったとも言える。



「それにしても、二菜のとこのお父さん、もっと怒り狂うと思ってたぞ」


 どう見ても二菜を溺愛しているあの父親から見れば、俺は悪い虫なわけで。

 溺愛する可愛い娘の一人暮らしに紛れ込んだ俺という存在がいるのに、どこに安心できたのか、本当に不思議だ。


「うちのお父さんは……その、お母さんに逆らえない人なので……」

「あー、なんとなくわかるわ……コントロールされてる感が出てたし」

「どうも、お母さんに惚れた弱みってやつらしいです」

「なるほどなぁ」


 いや、二菜のお母さん……七菜可さん、本当に美人だったからな。

 そりゃ尻に敷かれるのも分かるというもんである。


「あー! 先輩、またお母さんのこと考えてましたね!?」

「よくわかったな……」

「ふんだ! 先輩のえっち! お母さんにデレデレしちゃって!」

「いや、お前も将来、あんな美人さんになるのかな、と思ってな」

「えっ……いや、その……く、くふふー! そうですよ、私は将来美人さん確定ですから、手を出すなら今のうちですよ!」

「まぁ、七菜可さんみたいになるには、身長と落ち着きが足りてないけどな」

「もー! なんでですかー!!」


 そうそう、そうやってすぐむくれる所も七菜可さんとは違うところだよな。

 どっちかっていうと、こういうすぐ感情的になるところは、父親似な気がするよ、二菜は。



「私としては、お義父様お義母様の馴れ初め話の方がビックリしました」

「ああ……俺もはじめて聞いたけど、あれはすごかったな……」


 俺も初めて聞かされた、両親の馴れ初め。

 なんと我が両親は学生時代、同棲していたというのだ。


 というのも、両親は4歳差の幼馴染で、小さい頃から交流があったらしい。

 そしてずっと父を好きだった母が、大学入学を機に地元を離れた父の部屋へ押しかけ女房同然に居座り、そこから高校へ通っていたというのだ。


 そんな話を一言も聞いていなかった父は勿論動揺し、年頃の娘さんと共同生活なんて無理だ、せめて別に部屋を借りるようにと何度も交渉したようだが、母に聞き入れられることはなく。

 結局その生活の中、紆余曲折あったものの母に絆された父は、母の高校卒業と同時に結婚、俺を授かったという。


「なんていうか……小説にありそうな恋愛ですよね……憧れます……」

「俺は両親の馴れ初め話聞かされて、ドン引きしたぞ」


 なんだよ何押しかけて居座ってるんだよ。

 いくら幼馴染でも、いきなりそんなことされたら引くし、なんなら怖いってなるだろ!?

 何企んでるんだよって疑心暗鬼になるわ。


「私は、お義母様の気持ち分かります……好きな人に振り向いてもらうなら、なんだってしますよ」


 一体どこにそんなに共感したのか、若干二菜の目が潤んでいる気がする。

 え、そんなに感動する話だったの、あれ!?


「素敵なお話でしたし、私もっと聞きたかったです!」

「それは適当にLINEででも聞いてくれ、俺は絶対聞きたくない」

「もー! なんでですかー!!」


 両親の馴れ初め話聞かされるとか、ただの拷問ですし?



「なんにしても、これからも先輩のおうちに通ってもいいって許しも出て、よかったです」

「そうだなぁ……」

「くふふ、お義父様にも、くれぐれもよろしくって頼まれましたからね!」


 俺はお前の父親には何度も何度も何度も念押しされたけどな。

 学生らしい! 節度ある! 節度のある付き合いを!! って……。

 言われなくても何もしませんよ、ええ。

 これまでもこれからも、何もする気はありませんよ。


 そんな風に考えていると、俺の手に、二菜がそっと触れてきた。


「どうしたんだ?」

「いえ、なんでもないです……」

「そうか……まぁ、そうだな」


 俺の手に触れていた二菜の手を、こちらから握り返してやると、一瞬、驚いた顔をした二菜が嬉しそうな表情になり、俺の肩に寄りかかってきた。


 まぁ、このくらいなら、節度のある付き合いに入るよな?

 遠くで怒り狂う二菜の父親が見えた気がするが、気のせいだろう。


「先輩、明日からも、よろしくお願いしますね?」

「ああ、こちらこそ」

「くふふ! 次にお義父様お義母様にお会いする時は、結婚報告ですね!」

「あまりにも気が早い!」


 ……俺は父さんのように絆されないように気をつけねば……!


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