その時、藤代 一雪は

「あ! あそこにいらっしゃるの、お義母様ですよ!」

「ほんとだ、父さんもいる……久しぶりに見たなぁ」


 待ち合わせに指定されたホテルまで近づくと、遠目からでもロビーにいる両親の姿が見えた。

その二人の姿に、二菜が露骨に動揺を見せ始める。

うちの母さんとはすでに面識があるのに、何をビビる必要があるんだ?


「ど、どうしましょう先輩、まさか今日お義父様に会うと思っていなかったので、手土産が何もありません!」

「にっこり微笑んどけ」

「せ、先輩の将来の妻として、粗相のない態度を……!」

「誰が将来の妻だ、あと身長5センチ伸ばして出直してこい」

「もー! なんでですかー!!」


 ていうか将来の妻とか嫁とか余計なこと言われるくらいなら、笑顔を見せるだけでいいから!

それだけでお前の評価は鰻上りだよ……見た目はいいんだからな……。


「それと二菜、悪いんだが……今のうちに手を離してもらえるか?」

「えー……なんでですかぁ……」

「流石に両親の前で、彼女でもない女の子と手を繋いでいるのを見られるのはちょっと」

「むー……」


 納得できません、という不愉快オーラが全身から溢れ出ているが、ここは我慢してもらいたい。

ぽんぽん、と頭を撫でてやると、嬉しそうな笑顔を見せた後、すっと気持ちを切り替えて優等生の顔に戻れる二菜は、ちょっとチョロすぎて心配になるぞ……。


そして向こうもそんな俺たちに気がつき、母さんが大げさに手を振ってアピールしてきた。

ウザい、全くもってウザい、年齢を考えろ年齢を。


「父さん、久しぶり。 ……ちょっと老けた?」

「久しぶりにあった父に対する態度がそれかい? 随分元気そうじゃないか」

「お互いにね。 ……母さんも、この前ぶり」

「ま、可愛げのない息子ね! もっと愛のある挨拶はできないの?」


ははは、これ以上愛のある挨拶なんてねぇよ。

この前来たときの恨み、忘れてないからな?


「まぁ、うん、元気そうで何よりだ。生活に困ってることはあるかい?」

「うーん、今のところないかな、充実してるよ」

「そうか……それで、そちらのお嬢さんのことは、いつ紹介してもらえるのかな?」

「あー……ええっと、こいつは……」


 ついに、父さんに二菜について聞かれてしまった。

さて、なんと説明すればよいやら。

端的に言えばただの後輩、となるところだが……母さんからどこまで聞かされている?


「こいつは、俺の後輩で、今日たまたまここに用事あるっていうから一緒に来たんだ」

「は、初めまして! 天音 二菜と申します、先輩には色々とお世話になっております……!」

「ご丁寧にどうも、父の八一|(やいち)と言います、花七さんから話は聞いているよ? いつも、一雪が世話になってるようだね」


じろり、と父さんに非難の眼を向けられる。

ま、まぁそりゃ聞いてるよな…色々世話になってること……。


「いえ、と、とんでもないです……!」

「そうよ八一さん、一雪ったら家のこと、全部二菜ちゃんに任せてるんだから!」

「全く……こんなお嬢さんに任せきりにするなんて……」

「私も好きで、やらせてもらってるんで……えへへ……」

「いつも天音には感謝してるよ、本当に」 


これは本当のことなので、偽る必要はない。

正直、今二菜にいなくなられると、俺の生活は成り立たなくなるだろう。

それくらい、二菜に頼りきりになっている自覚はあるのだ。


……あれっ、俺ってもしかして、とんでもないクズ野郎なんじゃない!?


「本当、わが息子ながらあまりにも何も出来なさ過ぎて哀しいわ」

「二菜さん、何か困った事があったら、すぐ花七さんに言うといい、出来る限り力になろう」

「は、はい! ありがとうございます!」

「一雪は二菜さんにお世話になってるんだから、日々彼女を労わるように、いいね?」

「……常々、出来る限り気を使っているつもりデス……」

「よし。 ……ああそれと、二菜さん、僕のことはお義父さんって呼んでいいからね?」


おい、待てや。


「お義父様……!」

 

 感動に目を潤ませる二菜を、父さんが柔らかい表情を浮かべ、見守っている。

……どうやら、父さんも二菜を気に入ったようだ。

なんだろう、どんどん外堀が埋められてるような気がするのは、俺の気のせいだろうか?



「天音、そろそろ時間じゃないか?」

「あ、そうでした……すいません……」

「そういえば二菜ちゃんも、今日は用事があったのよね?」

「はい、なので私はこのあたりで」


しゅん、と落ち込む二菜には悪いが、正直助かった。

この後色々、根掘り葉掘りと聞かれるだろうが、俺一人ならなんとでもなる。

それにしても、ここまで静かな母さんが不気味だな……もっと二菜に絡んでくるかと思ったんだが……。


「うふふ、その用事って、二菜ちゃんのご両親に会いにって事よね?」

「そうです……あれ? 私、今日のこと花七さんに言いましたっけ?」

「そうね、二菜ちゃんからは何も聞いてはいないわね」

「??」



きょとんとした表情を浮かべる二菜と、明らかに何かを企んでいます、と言わんばかりの母さんのいやらしい笑顔が、俺の不安を助長する。

ああ、なんだか物凄く嫌な予感がする……こういう時の母さん、ほんとロクなことしないんだよなぁ……!


「―――藤代さん、すみません、お待たせいたしました」

「いえいえ、待っていませんよ。 僕たちも息子と話をしていましたからね」


 そんな風に不安を感じている時だった。

父さんに話しかける、男性と女性の二人組みが現れたのは。

一体誰だろう? 仕事関係の知り合いだろうか?

それにしてもあの女の人、二菜に似てるような……。


「ありがとうございます、少し娘とのお時間を頂いても?」

「ええ、もちろんです」

「すいません……二菜! ああ、私たちの二菜!」

「え、お、お父さん? お母さん!? なんで!?」


へ? お父さん? ……誰の?

あっ! 二菜に似てる女性って……も、もしかして!?


「なぁ、父さん……あの人って……」

「そうか、一雪は初めてお会いするんだね? 二菜さんのご両親に」

「ご両親!」


え、待って! なんでここで二菜の両親が出てくるの?

ていうか、なんで父さんはすでにご両親とお知り合いになられてるの!?


「一雪が二菜さんに非常にお世話になっていると花七さんに聞いていたからね、先にご挨拶をしておいたんだ」

「それから、親の間では交流があったのよねー!」

「息子が大事な一人娘の二菜さんに世話になっているんだ、挨拶は当然だろう?」

「俺の知らない間にそんな交友関係作ってたの!?」


あっ! じゃ、じゃあ今日を指定してきたのも、藤代・天音両家で示し合わせたのか!?

しまった! そんな関係が生まれてるなんて、思いもしなかった……!!



「ああ、二菜! 私たちの可愛い二菜! 元気にしていたかい!?」

「う、うん、元気にしてたよ!」

「久しぶりね二菜、身長……は全然伸びてないわね……」

「も、もー! これでもちょっとは伸びたよぉお母さん!!」

「でも、春から比べて綺麗になったわね……ふふ、これも恋の力かしら?」

「お、お母さん……!」


 ほ、本当に二菜の両親なんだな……。

普段の二菜以上に、表情がくるくると変わって可愛らしい。

そうか、二菜って両親の前だと、あんなに年相応な表情を見せるんだな……。


いつもとは違う表情を見せる二菜に思わず見蕩れていると、二菜の父親がこちらへと近づいてきた。

近づいてきたんだが……あれっ、なんか凄い圧力を感じるんですけど!?


「初めまして、君が藤代 一雪くんだね? 噂は娘からよくよく……! 聞いているよ……」

「ふふっ、二菜から毎日のように話を聞かされていたから、初めて会った気がしないわね」

「……私が二菜の父の、天音 優二だ」

「母の、七菜可といいます。 ……よろしくね、一雪くん?」

「ど、どうも初めまして、藤代 一雪デス……」


え、なんで俺、今二菜の両親に挨拶されてんの?

今日、そんな予定全くなかったんだけど! 心の準備とか全然出来てないんだけど!!!?


思わず二菜に目線をやるが、ふるふると首を振り

「私じゃない、私なにもしてません!」と目で訴えてきている……。

どうやら二菜も、このような予定はなかったようだ。

恐らく、両家の両親がすでに知り合いである、なんて事には思い至っていないだろう。



「ふふふっ、もう二人は目で会話できるほど、仲を深めているのね?」

「ぐぐぐ……二菜ぁ……私たちの可愛い二菜をよくも……!」


ヤバイよ、二菜のお父さん、目がちょっと血走ってるよ。

あと、二菜のお母さん、ものすっごい美人で凄い。

二菜に身長と色気を足して、少し成長をさせたらこうなるのかなっていう……二菜も将来、こんな風になるんだろうか……。


「……先輩、お母さんを見る目がいやらしいです」

「!? そ、そんなことあるわけないだろ、は、ははは!」

「もー! 先輩には私がいるんですから、お母さんに見蕩れないでください!」

「み、見蕩れてないよ!?」


 そんな風に言い合う俺たちを、二菜のお母さんがにこにこと見つめているのに気付き、思わず顔が赤くなるのが分かった。

なんだろう、数年もしたら二菜もこうなるのかなぁ、って人に見られると、なんか凄い恥ずかしいぞ……!

横からじとーっとした目が俺を見ている気がしたが、そちらは無視をしよう、うん。


「よかったわぁ、二菜が好きな人がいるからどうしてもこっちに残りたい、って言い出した時はどうなるかと思ったけど」

「お、お母さん!?」

「七菜可!? わ、私はそんな話、一言も聞いていないぞ!?」

「そりゃそうですよ、そんな事言ったら、二菜を残していかなかったでしょう?」

「ぐ、ぐぬぬ……当然だ……!」


好きな人がいるから残りたい? ……一体、なんの話だろう。

二菜が顔を真っ赤にしているが、そんなに聞かれると困る話なのか?

なにやらこいつには、まだ隠された秘密があるようだ……。


「天音さん、そろそろ移動しましょうか」

「ぐぐぐ……そ、そうですな、話はゆっくりそちらで……」


なんだ、なんの話をゆっくりするつもりだ。



「一雪、二菜さん、いい時間だからお昼にしよう」


にこやかな笑顔の父さんの態度から、物凄く、いやな予感がする。

今日集まった面子を見渡し、零れ出る溜息を我慢することはできなかった……。

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