私たち、もう結婚するしかないですよね?
「そろそろ出る時間だぞー」
「はーい、ちょっと待ってくださいねー……ガスの元栓ヨシ!」
「そんじゃ行くか……行って来ます、っと」
「はーい、私も行って来ます!」
週末。
今日は、俺と二菜、それぞれの両親が帰ってくるため珍しく別行動になる休日だ。
……あれっ、こいつと知り合ってから、別行動になるのってバイト以外だと初めてなんじゃ!?
いつも気がついたら隣にいるから、最近なんにも思ってなかったけど……。
「? どうかしましたか先輩?」
「……いや、なんでもない。 それより今日のお前の服、可愛いな」
「え! ほんとですか!?」
二菜がその場でくるんと回り、ニヤニヤと嬉しそうな顔を見せてくれる。
オフショルダーのトップスに合わせた膝下のスカートという少し大人っぽいガーリーな組み合わせが、意外と二菜に似合っていて、正直に言って、可愛い。
「お前、そういう大人っぽい組み合わせ似合うよなぁ……ちっこいのに」
「ちっこいは余計なんです! これでも私、日々成長してるんですから!」
むんっ、と胸を張ってドヤ顔をしているところ非常に悪いんだが……。
春先から見て、逆に俺との差は開いている気がして仕方ないんだよな。
むしろお前、ちょっと縮みました? みたいな。
……可哀想に、こいつの摂取した栄養は、一切身長にはいかないんだな……。
「……なんですか、そのお前縮んだ? って言いたげな表情」
「よくお分かりで」
「最近、先輩の表情を見てるとなんとなくわかるようになってきたんですよねー」
「何その特殊能力、ビックリするくらい使い道ないな!」
「ちなみに、春先から胸のサイズはちょっと大きくなりましたよ?」
「聞いてないよ!?」
「くふふ! いえ、聞きたいかなーと思いまして!」
使い道ない上にあんまり精度高くないとか、ほんっとに使えないな!?
しかし……一体どこまで成長するつもりだ天音 二菜……っ!
その栄養、ほんと少しは身長にまわせばいいのに。
「これはもう、以心伝心! 私たち、結婚するしかないと思いませんか?」
「思わないです」
「くふふ! 思いますよね思いますよね! というわけで……先輩! 私を藤代 二菜にしてくださいっ♡」
「大変申し訳ございません、せっかくお頼り下さいましたのに、お引き受けすることができません」
「もー! なんでですかー!!」
ついに付き合ってから結婚にクラスアップしたぞこいつ……なんなの結婚詐欺でも考えてるの?
俺、まだバイトしかしてないから結婚資金とか全然溜まってませんよ?
……というか、俺たちってほんとにまだ会って半年未満なんですよね?
本当はもっと前から知り合いってことないですよね!?
俺の知らない過去が後から出てきそうで、今から怖い……。
「で、以心伝心な私たちなら、先輩もわかるはずなんですよねー私の考えが!」
「またぶっ飛んだAMANE理論が来たな……分かるわけないだろ?」
「くふふ、さぁ! 今の私は、先輩に何を求めているでしょうか!」
人の話を聞く気がありませんかありませんね?
仕方なくじーっと二菜を見つめるが、何を考えているのか、さっぱり分からない。
分かったことと言えば、相変わらず綺麗な瞳だな、ってくらいだ。
ふと、ぱちり、と瞬きをした二菜と目が合った。
自然と、ぷっくりと潤んだ唇に目が吸い寄せられ、先日の夜の光景が――――
「っそ、そんなことより時間大丈夫なのか?」
思わず、目を逸らしてしまった。
ちょっと今の逸らし方は不自然だったか……?
ダメだ、俺、今こいつのことめちゃくちゃ意識してるのが自分でもわかる。
落ち着け、こういうときこそクールに徹しろ……!
「あっ、そうでしたね! えーっと……私は大丈夫です、先輩は?」
「俺ももうちょい余裕あるけど、早めに行っときたいな」
「じゃーそろそろ行きましょうか……あ! 先輩、答えあわせです! 私のして欲しいこととは、一体なんだったでしょうか!」
そういいながら、すっと右手を俺の前に差し出してくるのを見て、それもう答え言ってんじゃないか、って返すのは無粋ってものだろうか。
差し出された手を取ってやると、よくできました、といわんばかりの満面の笑みを返してきた二菜に、思わず見蕩れてしまったのは、仕方のないことだと思いたい……。
* * *
「電車が来るまであと5分ってとこか、いいタイミングだったな」
「これも私の巧みな歩行速度調整技術のなせる技ですね!」
「はいはい、凄い凄い」
電子パネルの時刻表を見ながら、二菜を適当にあしらう。
横でむくれている空気が伝わってくるが、無視だ無視。
俺たちがそれぞれの両親と待ち合わせていたのは、偶然にも同じ、最寄駅から数駅先の、県内ではもっとも大きい中央駅だった。
まぁ、このあたりで交通のアクセスもよく、宿泊場所が集まっている場所となると、中央以外に選択肢は早々ないのだが……。
「これで、向こうに着いてみて、双方の家族が揃ってたら笑いますよね」
「全く笑えんよ、その冗談」
試しに想像してみるが、やっぱり笑えない。
どういう目で見ても娘さんにつく悪い蟲な俺が、どんな顔して二菜の両親に会えばいいというのか。
「……まー、流石にお互い面識も交流もないだろうし、そんなことにはならんだろ」
「ですよねー……私もお義母様とはよくLINEしてますけど、お義父様とはお会いしてませんし」
「ちょっと待って、うちの母さんと何してんの!?」
連絡先交換したとこまでは聞いてたけど、なんか友達みたいになってる!
一体、俺の知らないところでどんなやり取りがあるんだ……聞くのも怖い。
「くふふ、先輩と結婚しても私、お義母様と仲良くできるので安心してくださいね!」
「それのどこに安心できる要素があったんですかね!?」
「ほら、夫婦間の不仲の理由の一つに、嫁姑問題ってよくあるじゃないですか?」
「俺とお前、まだそんな関係じゃないよね?」
「『まだ』! くふふ! そうですね、『まだ』ですよねーくふふー!」
「うっぜぇ……!」
「もー、先輩照れちゃって可愛すぎますよー!」
はいはい、可愛い可愛い。
バシバシと俺の二の腕を叩き、興奮し始めた二菜は変に構うと余計にエスカレートする。
これまでの付き合いで、痛感したんだよね俺……。
落ち着くまで放置するのが、こいつと付き合っていく上で必要なスキルなのだと、最近ようやく気がついたのだ。
「ほら、そろそろいいだろ? 電車来るぞ」
「…ふぅ、落ち着きました……って、なんか凄い人ですね……」
「いくら夏休みって言っても……これはキツいな……」
入ってきた電車に、思わず絶句する。
その車両は満員も満員、乗車率150%はありそうな車両だったのだ。
これ、二菜が乗ったら死ぬんじゃないか……?
「おい二菜、お前最後に乗れ。 で、その後は絶対扉の前から動くなよ」
「へ、な、なんでですか?」
「こっち側の扉は、ここから先もう開くこと絶対ないからだよ」
そう、この駅では右の扉が開くのだが、この先は終点まで、左の扉しか開かないのだ。
その為、どんなに人が多くても右の扉付近にいれば、流れに押されずにすみ、もみくちゃにされない、という利点がある。
「あー……了解しました」
「とりあえず最後に乗るようにすれば、あとは俺がなんとかしてやるから」
「わかりました、先輩の言うとおりにします」
……それに、あんな人混みに乗せて、二菜が痴漢にでもあったら嫌だからな。
そうして、中央駅に着くまでの短い時間。
わずか15分ほどの、俺にとっての、最大の試練の時間が始まった……。
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