あれ……この写真?

 二菜の開けた扉の先は、至って普通の部屋だった。

 よかった、なんか変な仏壇がどどーんとあったりしなくて……!

 あと、ちょっと心配だったんだよなぁ、俺の写真がベタ貼りされてる……とか。

 よくあるじゃない? 漫画とかで。

 よかった……至極普通の部屋で、本当によかった!!


「なんか、間取り同じはずなのに全然違う部屋に見えるな」

「そうですか? そんなに変わらないと思いますけど」

「なんだろな、なんて言うか……『女の子の部屋』って感じ?」

「もー、なんですかそれ……ほら、あがってください!」

「お、おお……お邪魔しまーす……」


 うわぁ、女の子の部屋入るの、初めてだよ俺。

 やばい、めっちゃ緊張する……なんかいい匂いするし!

 え、ほんとにうちと同じ建物なんだよね? ここから先異世界とかじゃないよね!?


「えっと……邪魔するんだったら帰ってください?」

「はいよー」

「って! 何ほんとに帰ろうとしてるんですか!」

「いやぁ、それ言われたら帰ろうとするのはお約束かなって」


 なんかもう、これ言われたらこう返す! って脊髄反射みたいなものだよね仕方ないよね。


「そのお約束、分かる人あんまりいないと思いますよ……あ、お茶でいいですか?」

「悪い、助かる……っはー! 生き返る!」

「あ、エアコンつけといてもらえますか? リモコンはそこなんで……その間に私はシャワー浴びてきますね」

「おう……おう? え、シャワー?」

「はい、シャワーです」


 え、シャワー浴びるの?

 前も同じようなシチュエーションあったけど、ちょっと危機感なさ過ぎない?

 男を連れ込んでシャワー浴びるのって、勘違いされても仕方ないと思うの。

 音琴は変な知識を教える前に、そういう社会常識を教えてやってくれよ、マジで。


「もー汗が気持ち悪くて……あ! 先輩も汗、気持ち悪いですよね? 一緒に入りますか?」

「はははは入るわけないだろ!?」

「くふふー! 先輩ならいつでも入ってきていいですからね♡」

「とっとと入ってこい!」

「はーい、それではまた後でー♪」


 くすくす、と笑いながら浴場へと消えていく二菜を憮然と見送る……が……最近あいつ、俺のことちょっと舐めてるよね!?

 俺の事を信用してくれてる、と思えば悪い気はしないんだけど、あそこまであからさまな態度をとられると、健全な男子高校生としては思うところがあるわけで。

 ……なんかもう、本気で風呂場に乗り込んでやろうか……!



 そんな風に悪い事を考えていると、シャワーの音と共に、二菜の鼻歌が聞こえてきた。

 ……呑気なモンだよ、まったく……。



 二菜のことを意識の端に追いやりもう一度部屋を見回すと、やっぱり間取りは一緒なのに、随分と自分の部屋とは違うように感じる。

 キッチンなんてそんなに差が出るようなもんでもないのに、どうしてこう『女の子感』が出るんだろうな?


 そう考えながら部屋の中をキョロキョロと見ていると、一つの写真立てが目に入った。

 手にとって見ると……これは、二菜とその両親だろうか? 3人で撮影された写真だ。

 今よりも少し幼く見えるし、最近のものではなさそうに見える……いつごろ撮った写真だろうな、これ……。


「あいつちっこいから、その辺の判断が付きづらいんだよなぁ……ん?」


 二菜が聞いたらさぞ怒るだろうなと思いながらその写真を見ていると……なんとなく、どこかで見た事があるような既視感に襲われた。

 うーん……何かをどっかで見たことがあるような気がするんだけど……何を見たことあるんだろう?

 二菜の両親か? 実はうちの親と知り合いだった? いや、それはない。

 それなら、二菜と俺がもっと前に知り合っていないのは、おかしな話だ。

 なんだ、何がこんなに見覚えがあるんだ……?


 どうしてもしっくり来ない記憶に頭を悩ませていると、さらに頭が痛くなる声が聞こえてくる。


「もー! 待ってたのに、なんで先輩入ってきてくれなかったんですか!」


 はぁ、こいつはほんと……!


「入るわけないだろ、ばーか!」

「先輩のへたれさん!」

「ヘタレで結構!」

「なんで手ぇ出してこないんですかー……ずっと待ってるのに!」

「俺はお前のその言動で、本当に頭が痛いよ……」


 手に持っていた写真立をその場に置き、二菜へデコピンを食らわせてやる。

「あいたー!」と大げさに痛がっているが、自業自得だ!

 ……二菜に気をとられたせいで、その時感じた既視感の事を、頭の外に追いやってしまったが……まぁ、思い出せないということはきっと、どうでもいい事なんだろう。

 うん。


 * * *



「あ、そういえばお盆の予定ってどうなりましたか?」


 昼食時。

 素麺をすすっていた俺の手がぴたりと止まった。

 盆休み……なんかあったっけ? と考えること数十秒。

 そうだ、盆休み! あいつらが帰ってくるって言ってたじゃないか!


「そういや言うの忘れてたな……次の土曜日に帰ってくるみたいだわ、うちの親」

「あ! 私のとこと一緒ですね、こっちも土曜日にって言ってました!」


 ふむ、これは好都合だ、まさかうちと二菜の両親が、同じ日に帰ってくるとは。


 なぜか二菜の両親が会いたいなんて言っていたから、断るちょうどいい口実が出来たわけだ。

 ……いやまぁ、二菜の両親的には、娘についた悪い蟲を確認したいって気持ちはわかるんですけどね?

 こちらとしてはやはり、彼女でもない女の子の両親に会うのは気まずいというか、なんというか。

 三人に囲まれて、「幸せになるためには~」なんて話されたら、怖いしね。

 仲良くなっておいてから、誘い込むように勧誘するのは常套手口だぜ!


 そして二菜の両親が帰ってくるということは逆に、二菜を連れて俺が親に会いに行くことも不可能になった、ということだ。

 これは素晴らしい。

 父さん、母さん、そして二菜の両親、最高の日程作成、グッジョブ!


「あーあ、一緒の日だったら、先輩を紹介できませんね……」

「俺は紹介されなくてほっとしてるよ……」

「あ! 夜に先輩のお義父さんお義母さんとうちの家族で合流すれば!」

「いい事考えた! みたいな顔してるけど、絶対嫌だからな!?」

「えー」

「えーじゃありません!」


 全く、なんて恐ろしいことを言い出すんだ。

 うちの母さんが聞いたら、喜んでセッティングするぞそれ。

 あの人がそんな面白い事をしないわけがない……!


「こっちは土曜日は朝から出るから、その日は飯いらないな」

「了解しました、帰りは日曜日ですか?」

「うーん、土曜日の夜には帰ると思うけど……」

「わかりました、時間があれば、先輩のおうち行きますね」

「了解、それまでにエアコン直ってればいいけどなぁ……」

「それですねぇ」


 二人してはぁ、と溜息を付く。

 早く直ってもらわないと本当に困る……。


「あ、うちの合鍵持っておきますか? 私がいなくても入れるように」

「いやいやいや、それはちょっと」

「えー、私だって先輩の家の鍵持ってるんですから、いいと思うんですけどー」

「それとこれとは話は別っていうか……なぁ?」


 流石に、女の子の部屋の合鍵を預かるのは躊躇われるって!

 お前もいやじゃないのかよ、自分がいない間に男に上がりこまれるのって!


「私たちは将来は夫婦になるんですから、いいと思いますよ?」

「え、誰と誰が?」

「私と、先輩?」

「申し訳ございません、今回はご縁がなかったようで……」

「もー! なんでですかー!!」


 全く、こいつはほんと、どこまで本気なんだか。

「お父さんとお母さんに先輩、紹介したかったなぁ」などと恐ろしいことをいつまでもぶつぶつと呟く二菜に対して、思わず溜息を零すしかなかった。


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