一日の終わりは寂しいものです
「お前……こんなもんカバンに入れてたのか……」
「えへ、遊びに行くってことですし、張り切って作りすぎちゃいました!」
「そりゃ、こんだけ詰め込んだら重くもなるだろうよ」
五百里たちと合流し、昼をどうしようか……と相談する俺たちに提供されたもの。
それが、今俺たちの前に鎮座する、3段重ねの重箱……二菜手製の弁当だった。
何が入ってるんだと思っていたが、こんなもんがカバンに入ってたら、そりゃ重くもなるわなぁ。
「いやー、二菜ちゃんマジで半端ないわ……」
「いつも一雪のお弁当作ってたから、出来るのは知ってたけどね」
「二菜ちゃんは一雪なんかには勿体無いわね……うちの子にならない?」
「いえいえー、私は先輩一筋なのでっ♡」
「言ってろ」
からあげを口に放り込みながら、ニヤニヤとする音琴たちを睨みつける。
――うん、味が染みていて、非常に俺好みの味付けだ。
おにぎりも昆布、梅、かつおとバランスのいい取り合わせで文句の付け所がない。
二菜め、また料理の腕を上げたな……?
「それにしても、美味しそうに食べるね」
「ああ、旨い、お前らももっと食え、から揚げがおすすめだぞ」
「なるほど、一雪はこういう味が好きなんだね?」
「よくわかったな?」
「そりゃわかるよ……ねぇ?」
音琴と目線を合わせ、二人で嬉しそうに笑っているのが妙にイラっとくる。
なんだよ、その二人で私たち、わかってますから! って雰囲気。
このリア充どもめ、悉く爆発してしまえ!
「あんた、もう完全に胃袋つかまれてるわねー」
「私のお婆ちゃんが言っていました……男の子を捕まえるなら、まずは胃袋を捕まえるのよ、と」
「二菜ちゃんのお婆ちゃんはいい事言うわね、私も練習しようかしら?」
「香月先輩も喜びますよ、きっと」
二人の美少女が笑いあう姿は、遠目から見る分には非常に尊いものだ。
だが、話している内容が物騒すぎて酷い、なんだ胃袋を捕まえるって。
二菜んとこの婆ちゃん、恐ろしいことを教えるなよ……!
「五百里も……なんていうか、大変だな」
「いいんだよ僕は、六花のそういうところも好きだからね」
「へーへー、ご馳走様でしたっと」
こいつらを見ていると、ほんと胸焼けするわ……!
俺は五百里から目を逸らし、楽しそうに遊びまわる、他のリア充グループを見つめるのだった。
* * *
昼を食べた後は、4人で一緒に行動することになった。
午前中は結局、流れるプールを流れただけだったので、他にも行っていないプールは多いのだ。
波のプールも入っていない、競泳用で泳ぐこともしていなかった。
そして、何よりも……。
「一雪! ここに来て、名物のアレに行かないなんて言わないわよね!?」
「……アレか……出来れば勘弁して欲しいんだが……」
「? アレってなんですか先輩?」
「ああ、二菜ちゃんはここに来るの、初めてなのね?」
「ですね、流石にこんなところまで来るの、お母さんが許してくれなかったので」
なるほど、ならば二菜が知らないのも無理はないだろう。
昨年、五百里と俺が散々連れまわされ、酷い目にあわされた例のアレ。
……五百里に関しては、午前中に十分つれまわされているが……。
「じゃあ、なおのこと一雪、アレに絶対行って貰うわよ!」
ビシッ!と音琴が指をさした方向にあった、アレ。
高低差はおおよそ40メートル、長さ280メートル。
ビルにすると約10階に当たる高さからスクリュー状にうねるチューブの中を滑走し、スピーディに変化する景観を楽しむ事が出来ると話題の、このプールの目玉。
超巨大、ウォータースライダーである。
なおこのスライダーには、23mの高さから60度の傾斜を急降下するシンプルなスライダーも併設されている。
……まぁ、ここに来るんだから、一度はあれに行くことになるとは思っていたけどさぁ。
「先輩先輩! 凄いですねアレ! 早く行きましょうよ!!」
「ああ、そうだな……」
「あれ、なんかテンション低くないですか? ……あー、もしかして……くふふ! 怖いんですね!?」
「ばーか、ちがうよ」
ただ、去年を思い出して、憂鬱になっただけだ。
――今でも夢に見る、去年の惨状。
何度も何度も笑いながらループする音琴、ダウンしている五百里、連れまわされる真っ青な顔の俺……あ、なんか思い出しただけで気持ち悪くなってきたかも。
「二人でいけるから、私と五百里、一雪と二菜ちゃんとに分かれましょ」
「了解しました、音琴先輩!」
俺はちらっ、と、隣にいる二菜を見た。
うわぁ、大きな目をキラッキラに輝かせて、期待に胸を膨らませてる……!
これは、行きたくないとか言い出せないよなぁ。
「くふふ! 先輩、楽しみですね!」
「そうだなぁ、楽しみだなぁ……」
「大丈夫です、私がついていますから、何も怖くありませんよ!」
「ありがと……」
二菜がいい笑顔とサムズアップで、俺を安心させようとしてくれているのがありがたい。
俺は、生まれてこの方、これほど安心感のないサムズアップははじめてみたよ……。
「それじゃーいくわよー!」
「おー!!」
「「おー……」」
テンションをこれ以上なく上げていく女子とは逆に、テンションが下がっていく男子二人。
そんな俺の腕を取り、ぐいぐいと引っ張っていこうとする二菜。
願わくば。
俺たちだけでも、1周で終わりますように。
そう、願わずに、いられなかった。
「先輩、楽しみですね!」
「お前はほんと、いつ見ても楽しそうにしてるよなぁ」
「楽しいですよ、私は今、毎日が本当に楽しいです! それも全部、先輩のおかげですね!」
「なんで俺?」
俺、なんかやったか?
いっつもメシ食わせてもらってる、くらいしか思いつかないんだが……。
「先輩の事を好きになったから、毎日が楽しくて、キラキラ輝いてるんです!」
「……さよか」
「はい! なので先輩、私とお付き合いしてください♡」
「せっかくのお誘いにも関わらず心苦しい限りではございますが、今回はお気持ちだけ頂戴いたします」
「もー! なんでですかぁー!!」
ふん、と不機嫌そうに鼻をならし、二菜から目線を逸らす。
……この角度なら、俺の顔が少し赤らんでいるのもわかるまい。
いつの間にか、まるで灼熱地獄のようだった暑さも和らぎ、涼しげな風が吹き出してきている。
気温の変化と共に、今日というこの時間の終わりが見えたことに、少しだけ。
……少しだけ、寂しさを感じた。
なおこの後、しっかりスライダーをループさせられ、俺と五百里はダウンした。
女の子二人はピンピンしていたので、俺たちが情けないだけである。哀しい。
二菜に背中からがっしりとホールドされ、何度も滑ったあの感触は、嫌でも夢に見そうだな……と思いました。
* * *
「あー……疲れたなぁ……」
「でも、楽しかったですね、先輩!」
ぐー……っと背伸びをし、体のコリをほぐすように動かす。
久しぶりに運動したので、体が物凄くダルいが、嫌なダルさではない。
「それにしても、先輩って意外と泳ぐの上手いですよね」
「なんだ意外って、俺が泳げないとでも思ったか」
「いえ、まさか香月先輩より泳ぐの速いとは思わなかったので……」
「ふん……」
そう、俺が唯一、五百里よりも上だ、五百里にも負けない、と胸を張って言えること。
それが、水泳なのだ。
「小学生の時、近所に住んでる年上のお姉ちゃんに教えてもらったんだよな……速く泳ぐ方法」
「…………」
「おかげで、今でも五百里と対等以上に遊べるんだから、ありがたいよ」
「その人、先輩の初恋の人ですね?」
「はぁ?」
何を言っているんだ、こいつは。
俺の初恋の人? そんなんじゃない、あの人は俺の先生、ただそれだけだ。
それに……。
「あの人は、その時もう年上の彼氏がいたんだ、俺が好きになるわけないだろ?」
「ふーん、ふーん。まぁ、先輩がそういうならいいですけど?」
「なんだよ……つーか初恋くらい、誰だってあるもんだろ?」
「言っておきますけど! 私の初恋は、先輩ですからね!」
「さよか」
「むっ! 信用してませんね!?」
「あーはいはい、そうだね、信用してるよ」
「もー! 全然信用してないっ!」
ぷくっと頬を膨らませ、少し前を歩き出す二菜を見て、思わずぷっ、と噴出してしまう。
そういやこいつ、初めて会ったときに一目ぼれしただのなんだのと言ってたなぁ。
あの設定に、さらに初恋の相手が自分だった、まで加わったわけだが。
これからこの設定、どこまで膨らんでいくんだろうな?
前を歩く、ひょこひょこ揺れる二菜の頭を見ながら、これからの生活に思いを馳せるのだった。
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