釣り合い・不釣り合い

「さて! そろそろ行こうか。早く行かないと荷物置く場所もなくなっちゃうからね」

「そうね! 早く泳ぎに行きましょ、五百里! 一雪と二菜ちゃんも!」

「はい! ……行きましょ、先輩!」


 そう言ってこちらに手を出して、手をつなげアピールをしてくるが、無視。

 代わりに二菜が持っていた荷物を持って……なんか重いなこのかばん!?


「おい天音、なんだこれ重いぞ」

「くふふ、後のお楽しみです……あと二菜です先輩!」

「五百里たちがいるから、ここでのお前は天音だ」

「むーっ! むーっ!!」


 ぽすぽすと二の腕を叩いてくるが、相変わらず痛くはない。

 これはあれだな、ただじゃれついてるだけなんだな、うん。

 よく婆ちゃん家の柴犬の犬志郎がしてきた悪戯を思い出し、ちょっと暖かい気持ちになった。

 なったが、それはそれ、これはこれである。


「学園関係のところでは名前で呼ばない、そういう約束だっただろ?」

「そうですけど! 香月先輩たちの前ならいいじゃないですかー……」

「そういうところから、なし崩し的に名前呼びを浸透させようとしてるから、ダメ」


 ジロリと睨んでやると、露骨に目線を外された。

 しかもへったくそな口笛付きである。ていうか全然吹けてないし。

 ただあひる口になっているだけとか、なんだよお前可愛いの申し子かよ。


 というか……もしかしてこいつ、俺が気付いていないとでも思っていたのか?


「お前、手近なところから名前呼びに慣れさせて、夏休みが開けたらそれを定着させようとか考えてたろ」

「な、なんのことやら! 先輩の言うことは難しくてよく分からないデスネー」


 ――そう、二菜の計画はこうだ。

 夏の間に学校へ行く事がなくなれば、基本的に天音と呼ぶ機会はぐっと減るだろう。

 そうすると、今度は逆に名前呼びに慣れてしまい、うっかり学校でも二菜と呼んでしまう可能性が高い。

 ここまでくると後は簡単、そのままなし崩し的に名前呼びを定着させてしまえ!


 このように、二菜は考えていたのである。

 七夕のあのときからこの計画が動いていたと考えると、恐ろしいことだ……。

 ま、これは隙を見せてしまった俺が悪いってところもあるんだけどさ。


「今日のお前は天音だ後輩。忘れるなよ後輩」

「むーっ! 先輩のおばか! むっつりすけべー!」

「おい! 最後のは謂れもない誹謗中傷だろ!」

「音琴先輩に『この前、寝てたら先輩におっぱい揉まれそうになった』ってチクってやるんだから!」

「し、してねーし! デタラメを言うなよな!」

「……添い寝してたとき」

「!!?」

「むしろなんで触らなかったんですかー!」


 うわーん、と泣きながら音琴のところに二菜が走っていく。子供か、あいつは。

 いや、見た目は完全に子供なんだけど……ちっこいし。

 先ほど、つい見蕩れてしまった美少女と同一人物とは思えない子供っぽさだ。


 ……ま、そういうところも、あいつの魅力なのかもしれないけどな。



 それにしても。


 二菜が小走りで前の二人に追いつき、音琴と楽しそうに話している。

 そしてそれをニコニコと五百里が見ているのを、少し離れた位置から見ている俺というこの構図。


 こうやって俺たちの集団を外から見ていると、やっぱりあそこだけ世界が違うなぁ……と、思い知らされる。


 美少女二人と一緒にいる五百里を、周囲の男性陣が羨望の眼差しで見つめているのがわかる。

 俺が二菜と一緒にいた時とはえらい違いだ。


 俺の時は

『なんでお前みたいなモブがそんな美少女と!』

 だの

『弱みを握って脅しているに違いない』

 だの

『自分の立場を理解できないカス』

 といった声が、あちこちから聞こえてきたというのに……!

 知ってるわ、俺が一番そう思ってるわ! と、声を大にして言えればどれだけ気持ちいいだろう。



「先輩! 何やってるんですか遅いですよ!」


 ――などとつらつらと考えている俺を、二菜の声が現実に引き戻した。

 目の前にはこちらを振り返り、俺が追いついてくるのを待っている三人がいる。

 つーか美男美女が三人もそろって、俺みたいなのを待ってどうすんだよ、全く……。


「ほら先輩、早く行かないと遊ぶ時間なくなりますよ?」


 そう言うや否や、こちらまで走ってきたかと思うと、二菜が俺の腕に絡み付いてきた。

 しかもなんだこのパワー……! お前、こんな力強くなかっただろ!?

 あと、水着でくっついてくるなとさっきも言ったと思うんですけど!


「お、おい天音、引っ張るなって!」

「こーでもしないと、先輩はなかなか追いついて来ませんからね!」

「わかった、わかったから! ちゃんと歩くから腕を離せ!」

「くふふー、いやでーす♡」


 腕をなんとか解こうと軽く振ってはみたものの、二菜は絶対に離さない、としがみつくのをやめない。

 お前はコアラかなんかかよ!

 お前のせいで周囲の視線がさらに鋭くなったどころか、怨嗟の声が聞こえてきてるぞ。

 俺がこの後、さっくり刺されたらどうしてくれる!


「もし俺が今日死んだら、死因は間違いなくお前だな」

「くふふ! 私にくっつかれて、ドキドキしてですねわかります!」

「そうだな、違う意味でドキドキはしてるかな」


 殺意の篭った視線に怯えてるって意味でな!


「くふふ! もー! 先輩ったらほんと、私の事好きなんですからー♪」

「え、今の会話のどこをどう切り取ったらそういう感想になるの?」

「わかりました! 先輩、私と結婚を前提にしてお付き合いしてください!」

「せっかくお誘いいただきましたが、お気持ちだけ頂戴いたします」

「もー! なんでですかー! ……というより、先輩は私の何が不満なんですか!?」

「うーん……お前のそういうところかなぁ」

「どういうところですか!?」


 そういうところだよ!

 はぁ、と溜息を零して、五百里たちの待つ、パラソルの方へと歩みを進める。


 おい五百里、その生暖かいものを見る目をやめろ。

 音琴は黙って写真を撮るな、その写真どうするもりだ、なんに使うつもりだ!?

 あとで転送掛けといてもらわないとじゃないぞ二菜、ちょっとは危機感を持て!


「おい天音、そろそろ腕を離してくれ、暑い。あと恥ずかしい」

「いやです、絶対離しません! あと私はまったく恥ずかしくありません!」


 さらに腕に力を込め、絶対に離れる気はない、という意思表示をしてくる。

 胸が当たっているのもおかまいなしで力を込めてくるので、二菜の体温が腕に直接伝わり、心臓の鼓動が早まって仕方ない。


「はぁ……どうすれば離してくれる?」

「そうですねー……では! 名前で呼んでくれたら離してもいいですよ?」

「お前はほんと、どんだけ……わかった、わかったから離してくれ二菜!」

「くふふー♡ 最初からそれでよいのです!」


 ようやく腕を離してくれたはいいが、今度は手を繋いで引っ張られていく。

 どうあがいても、こいつは俺を離さないつもりのようだ……。


「一雪、二人だけの世界に入り込むのもいいけど、僕たちを忘れないでほしいな?」

「ほんとよねー! はー、あっついわー、これは太陽以外のせいであっついわー!」

「う、うるせー……」


 お前らだって散々イチャついてたくせに、俺の事をとやかくいうのはどうなんだ。

 これまでも、俺がどれだけみせつけられてきたか……っ!

 あ、ヤバイ涙が出そうになってきた。


「ほんともう、あんたたちとっとと付き合っちゃえばいいのに」

「ですよね! ですよね! 音琴先輩もそう思いますよね!!」

「もう実質、君たちは付き合ってるといってもいいと思うけど」

「くふふー♡ ですって先輩! 私たち、お付き合いしてるようなものですって!」

「慎重に選考をさせて頂きました結果、誠に残念ではございますが、今回もお付き合いを見合わせていただくことになりました」

「もーー!! なぁんでですかぁーー!!」



 いつもの二菜の叫びに、三人で思わず笑ってしまった。

 相変わらず周囲の目線は鋭く冷たかったが、先ほどとは違い、不思議と心はとても温かい気がした。


 さぁ、せっかくだから遊びに行こうか?

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