インドア勢に夏のプールは辛すぎる

「暑い……」


 7月下旬。

 ジリジリと地面が焦げ付くような音が聞こえるんじゃないか? 

 と思うほどの暑さは、基本的にインドア派である俺には辛い、本当に辛い。


 近くを通り過ぎていく、楽しそうにはしゃいでいる、恐らく同じくらいの年齢の若者たち。

 どう見ても、俺は場違いである。

 帰りたい。



「なんて考えてるかもしれないけど、全然場違いじゃないからね?」

「いやー、場違いだろ……どうあがいても俺はあんなエンジョイ勢にはなれないわ……」


 だって、ウェーイとか言ってそうじゃない?

 青春真っ盛りで人生を楽しんでます! って空気が、もう自分とは全然違って辛い。

 五百里はエンジョイしてるリア充だから、違和感ないんだけどなぁ。


「それにしてもあいつら、ちょっと遅すぎないか?」

「女の子の準備には時間がかかるものさ、こうやって待つ時間も楽しいと思わない?」

「全く思わねー」

「まだ天音さんがどんな水着で来るか知らないんだろう? それを想像するだけで楽しくない?」

「どうせあいつは、どんな水着でも似合うからなぁ」

「おっと、そんなナチュラルに惚気られても困るな……」


 惚気てねぇよ、お前も恋愛脳だったか五百里……。

 女子更衣室の出口をぼんやりと眺めながら、思わず溜息をつきそうになる。

 さっきから何人も出て来るが、肝心の待ち人は全く出てこない。

 女子の着替えとは、なぜこんなにも時間がかかるのか。


「いつも思うんだけど、準備が出来るまで更衣室とか、あっちの自販機あたりで待ってちゃダメなのか?」


 着替え終わったらLINEで連絡くれればいいだけだからな。

 こんなクソ暑い中で待っている必要なんてないわけである。

 よし、そうと決まれば早速更衣室へ帰ろう、もしくはコーヒーでも飲んでいよう。

暑いからな!



「まぁ待ちなよ、アレを見てもまだそう言えるかな?」

「あれ?」

「見ててごらん、女の子だけで更衣室を出て来るとね……」


 くいっ、と五百里が顎で示した辺りを見ていると、先程のウェーイ勢が、早速ナンパに勤しんでいた。

 おお、すげぇな……ナンパってあんな風にするんだ!


「僕らが見ていないところで、あんな連中に六花が声かけられるなんて、考えただけでもいらっとする、そう思うよね一雪も!」

「いや思うよね、って言われましても」


 というか、こいつもこいつでナチュラルに惚気るよなぁ。

 どんだけ音琴のこと、好きなんだよってなるわ。

 まぁ、そんな五百里だから、俺も素直に音琴を諦められたわけだけど。


「六花も天音さんも知らない男に声かけられても気分悪いだろ? だから僕たちは、どんなに暑くてもここで待っているわけさ」

「なるほど……お前気配りの達人かよ」


 ていうか、なんだこいつイケメンか?

 イケメンだったわ。

 こういう気配りが、五百里がモテる要因の一つなんだろうなと思わされる。


「とはいえそれは、お前がイケメンだから出来る防衛方法だな」

「いや、誰でも出来ると思うけど……」

「俺が盾になろうとしても、エンジョイ勢のあのエネルギーには勝てそうにないからなー……」


 盾になろうとしたら弾き飛ばされるのがオチな気がする。


「枯れてるねぇ……おっと、ようやく僕たちの待ち人が来たようだよ」

「ようやくか……どんだけ待たせるつもりだよ、まったく」


 溜息を一つ零し、彼女たちの元へと向かう。

 すでにウェーイ勢の目が二菜たちに向いているので、早足で。

 べ、別に急いでいるわけではないからな!


「ごめーん五百里、一雪! 待たせたわねー!」

「いいや、全然待ってないよ。六花、水着よく似合ってる、可愛いね」

「へへっ、そう? ありがと!」


 そうやって笑う音琴の水着は、シンプルな黒いビキニだった。

 中身は割りとちゃらんぽらんなところのある音琴だが、ぱっと見は涼しげでクールに見えるので、黒いビキニが物凄く似合っている。

 自分のことがよく分かっている、完璧な選択といえるだろう。

 やるな、音琴……!


「先輩、何デレーっと音琴先輩見てるんですか」

「……見てませんが、何か」

「その割には、音琴先輩から視線がはずれませんね?」

「気のせいだろ、俺に人の彼女を視姦する趣味はない」

「その割りに、視線は音琴先輩に固定されているようですが」

「ははは、気のせい気のせい」


 気のせいではない、俺の視線は、あえて音琴と五百里の方に固定されている。

 そして俺の斜め下あたりに、二菜がいることも、もちろん分かっている。

 分かっていて、俺はそっちを見ていない。

 見たら、いろいろと「まずい」気がして仕方ないからだ。


「そうですか……わかりました! えいっ♡」


 ふよん。


 その瞬間。

 俺の腕に、物凄く柔らかい感触が生まれた。



「うえっ!?」

「くふふー、先輩! 私の水着も見てください! さぁさぁ♡」

「わ、わかったから離れろくださいお願いします……!」


 いつもと違って薄い水着越しだから、もうすっごいんですよマジで!

 二菜の立派なお山がむにむにと形を変えてですね。

 お前、これは絶対やっちゃいけないやつだろ……卑怯だろ……!


「離れたら、私の水着見てくれますか?」

「見る! 見るから離れろ!」

「くふふ! はい、では先輩、感想どうぞ!」


 嬉しそうに俺の腕から離れ、俺に全身が見える位置まで下がっていく。

 見なきゃダメ? これ、ほんとに見なきゃダメ?


「何やってんのよ一雪、早く二菜ちゃん褒めてあげなさいよ!」


 うるさい音琴……わかってるよ!

 覚悟を決めて、二菜を見る……と、思わず、息を呑んだ。



 二菜の水着は、音琴と対になるような白のビキニだった。

 下はショートパンツになっており、いつもは軽く流している髪を、二つ結びに纏めている。

 雪のように白い肌が太陽の光を受けて、さらに輝いているようにも見え、小学生と見紛うほど小柄なくせに、出るところは出たスタイルと、まだ少し幼さの残る表情の作り出すアンバランスさが、周囲の男たちをも魅了していた。


 ……もちろん、俺も含めて、だ。


 ただただ、あー、こいつやっぱすげー可愛いんだな……というありきたりな感想しか、思い浮かばなかった。


「ぼーっとしてどうしました先輩? あ! もしかして見蕩れちゃいましたか?」

「バーカ、今更見慣れたお前に見蕩れるもんかよ」

「むー! ちょっとは見蕩れてくださいよ!」

「せめてあと5センチ、身長が伸びたら見蕩れるかもな」

「もー! なんでですかー!!」


 ぷくっとほっぺたを膨らませる幼い仕草もまた、ギャップになるんだから恐れ入る。

 そんな二菜を見ていられず、思わず目線を逸らせてしまったのだが、それも二菜は気に入らなかったらしい。


 ……言えるわけないだろ、とっくにお前に見蕩れてました、なんて。


「まぁいいです。それで……どうですか先輩、水着、似合ってますか?」

「ん? ああ、まぁ、そうだな、周りの連中もお前のことチラチラ見てるし、似合ってるんじゃないか?」

「そんなのはどうでもいいです、私は、先輩に、似合ってるか? って聞いてるんです!」

「それは……」


 二菜が瞳をキラキラに輝かせながら、俺の言葉を待っている。

 はぁ、と溜息を零しながら俺は……。


「……似合ってると思うぞ」


 そう、一言伝えるだけで、精一杯だった。



「どう思う、六花」

「ヘタレね、もっと気の利いた言い方ないのかしら?」

「どこが似合ってるとか、どこが可愛いとか、綺麗だねとか、あるのにね?」

「……ま、それでも二菜ちゃんは嬉しそうだからいいんじゃない?」

「うん? ……はは、そうだね!」


「くふ、くふふふふ! 似合ってますか! くふふふふふふ!」



 ああ、暑い。

 そして、周囲の視線が痛い。

 この先の事を考えるだけで、溜息がこぼれそうになる。


 まだ、長い一日は始まったばかりだというのに……。

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