エアコンの温度を思いっきり下げて入る布団は最高だ

 カーテンの隙間から入る太陽の光で、うとうとと目が覚めた。

 エアコンの温度設定を思いきり下げているので、少々肌寒い。


 だが、それがいい。


 夏場にガンガンにエアコンをきかせた部屋で布団にくるまる幸せ、プライスレス。

 ただし電気代は除く。


 寝ぼけ眼で枕元のスマホを見て、時間確認。なんだ、まだ10時か……。

 よし、まだ寝ていても問題ない、二度寝を楽しむとしよう!

 夏休み、最高!


 瞬間的にそこまで考えた俺は、もう一度布団をしっかりとかぶり、隣にある暖かい『何か』をしっかり抱き寄せ……。

 抱き寄せ?

 俺、抱き寄せるようなもの、持って寝てたっけ?


 ふと疑問に思い、ゆっくりと目を開けると……。


「んう……」


 すぅ、すぅ、と穏やかな呼吸を繰り返しながら眠りにつく、端正な顔。

 俺の胸元に顔を擦り付けるように、腕の中で気持ちよさそうに眠る、天音 二菜がそこにいた。


「……ッ!!!?」


 な、なんでこいつこんなとこで寝てるんだ!?

 昨日の夜、いつも通り帰ったのを見送ったよな?

 思わず叫びそうになった声を、理性を総動員して飲み込んだ俺、偉い。


 ……もう一度、二菜を見る。

 ご丁寧にパジャマに着替えて眠る美少女が、やはり俺の腕の中で気持ちよさそうに眠っていた。

 マジで何やってんだ、こいつ。


 ほっぺたをぷにぷに、とついてやると「ん~……」とむずがった後に

 口元を緩め、幸せそうに緩みきった顔でまた、眠りに付く。

 そんな二菜を見て、思わず俺の頬が緩んでしまうのは、仕方のないことだと思う。

 俺のせいじゃない、あいつが悪い、知らない、すんだこと。



 それよりも、俺はここからどうすればいいんだろう。

 何事もなかったかのように眠りについてしまうのが一番だとは思うのだが

 正直もう、完全に目が覚めて眠れそうにない。

 この状態で二度寝するだけの精神力は、俺にはなかった。


 ……というか、こいつはちょっと無防備すぎるんじゃないか?

 俺のことをなんだと思ってるんだ、ただのヘタレだとでも思ってるのか?

 そう考えると、ちょっとだけイラっとしてきた……。


 お、お、俺だってやる時はやるんだぞ!

 俺だって、健全な男子なんだぞ……!

 や、やってやる……あちこち、触ってやるからな……!


 そう、俺はやると言えばやる男なのだ!


「んー……せんぱぁい……」

「ひゃいっ!?」


 ちょっと悪い事を考えた俺を牽制するかのように、二菜が腕の中でもぞりと動く。

 そうやって動かれただけで、俺は完全に身動きが取れなくなった。

 俺の事をヘタレと笑うならばヘタレと笑うがいい、ちくしょー……。


 というか二菜が逆にくっついてきたせいで、俺の胸のあたりで立派なお山二つが形を変えて……。


「あーー! もう無理! すいません! すいません!!」

「んあ……んー……せんぱい……?」


 もう二菜が起きるからとか言ってる場合じゃなかった。

 腕の中にいた二菜を布団の上に放り出し、速やかに離脱。

 その衝撃で二菜が目を覚ましたようだが、目を合わせることはできない。

 なぜならば、そう。


 ――今の俺は、いわゆるDOGEZA-STYLEだからだ。


「ふああ……んむー……せんぱい……?」


 いつもより、少しとろんとした声が、上から降ってくる。

 まだ覚醒していないからだろうか、いつもより甘さが増したように聞こえる。

 はっきり言って、ちょっとえっちぃ。


「んー……先輩、おはようございます……何してるんですかぁ?」

「土下座」

「ふぇ……ええと……な、なんで土下座を……?」

「俺は自分に負けそうになった……その情けなさから……っ!」

「えぇ……?」


 まさか、あんなにあっさりと理性が負けるとは思わなかった。

 俺はまだまだ修行が足りない……煩悩を退散する修行が必要なようだ。

 夏休みを利用して、寺へと入るべきだろうか?

 このままでは、いつか間違いを起こしてしまいそうで、本当に怖い!



 ……いや、違う。

 その前に俺には言う事があるはずだ。


「二菜」

「はい、なんでしょう」

「お前、なんで俺の隣で寝てたの?」


 そう、そもそも論としてまずそれがおかしい。

 なんでこいつ、俺のベッドで寝てんの?

 しかもパジャマで。

 ここ凄く大事。


「なぜといわれても……私、先輩の事、めちゃくちゃ好きなんです」

「どこまで本気か知らんけどな」

「で、そんな大好きな先輩が気持ちよさそうに寝てるじゃないですか」

「朝だからな」

「そうしたら、隣で寝るしかないじゃないですか?」

「よし、わからん」


 まったくわからん。


「何も考えないで俺の隣で寝てたのはわかったけど、お前そういうのやめたほうがいいぞ」

「と、言われましても……好きな男子の隣で寝たいと思うのは、恋する女の子なら当然ですよ?」

「その当然な常識は、この部屋の中では捨ててくれると非常に助かる」

「えー、なんでですかー?」


 こいつは……。

 今回、俺だから何もなかったが、俺が我慢の出来ない男子だったらどうなっていたか。

 俺が、これ幸いと手を出すような男だったらどうするというんだ。

 二菜には、そういう想像力を少しは働かせて欲しい。

 手を出されそうになったら怖いお兄さんが突入してくるとでもいうのだろうか?

 それとも、冗談だったのに手を出された、と学園で泣かれて俺の学園生活が終了するのだろうか?

 どちらにしても、恐ろしい話である。


「仮に、俺が無防備なお前を見て襲ってたらどうするつもりだったんだよ」

「……くふふ、襲ってくれてもよかったんですよ?」

「何言ってるの!?」

「ええと……既成事実?」

「絶対何もしねぇ! 絶対にだ!!」


 ていうか怖い! やっぱりこの子怖いよ!!

 何既成事実って! 普通の女子高生はそんなこと言わないよ!?

 そのうち、寝込み襲ってきたりしないだろうな!

 あれっ、2学期始まるまで、合鍵は預かるべき?


「くふふー、そ・れ・にー……先輩は、私の気持ちも聞かないでそういうこと、絶対しないって信用してますから!」

「俺だって、いつ享楽的な気分になるかわかんないだろ?」

「いいえ、先輩は絶対、しません。これは自信持って言えますよ?」


 嘘は……言っていないな。

 二菜の目は、本気で俺を信用している、と言葉にせずとも言っているのがわかった。


(一体、俺の何を知ってそこまで信用してるんだか……)


 はぁ、と溜息をつきながら、前髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。

 こいつには、何を言ってもダメなのだ。


 ――二菜はなぜか、俺を本気で信用している。

 だからこれからも、何度でもやるだろう。

 一度、痛い目を見る経験がないと、こいつは何も変わらないのだ。


 それにこのままだと、本当に俺も間違いを犯しそうで怖い、本当に怖い。

 二菜のお父さんお母さんに、本気で挨拶することになってしまう。

 嫁入り前の娘さんにそんな事をするのは、流石にご両親に申し訳なさ過ぎる……!


 そう考えた俺は、二菜の肩を押し、ベッドに押し倒してやった。

 ぽかんとしていた二菜の顔が、押し倒されたのだと理解したとたん、どんどん赤く染まっていく。

 よし、これで俺が男だ、と少しでも意識してくれれば、多少は危機感も持つだろう。

 駄目押しに少しビビらせてやれば……。


「いいか、俺だって男なんだ、いつ押し倒されてもおかしくないってわかれよ」

「せんぱい……」


 二菜に吐息が届くんじゃないか、というところまで顔を寄せて囁いてやる。

 すると、視線をうろうろとさせ、挙句きゅっ、と目を閉じて……少し顔を上げてきた。

 全く、こいつは何を期待してるんだか……。

 こっちもちょっと緊張していたのに、今のでふっと肩の力が抜けたのを感じた。


「ばーか、何もしねーよ」

「あいたーっ!?」


 そのまま、ぺしっとデコピンを食らわせてやり、ベッドから降りる。

 ベッドに残されたのは、こちらを恨めしそうな目で見る二菜のみ。


「酷いです先輩! 今のは間違いなく、ちゅーの流れでしたよね!?」

「今の流れで、なんでそうなると思うのかがわからん」

「えっ、ついに我慢できなくなって、溢れる劣情を私に叩きつけるシーンかと……」

「ははは、思わず草生えるくらいないわ」

「もー! なんでですかー!!」

「バカ言ってないでそろそろ起きろ、朝……って時間じゃないな、昼にしようぜ」

「むー! ほんともう! ほんともう!!」



 ぼすぼす、と布団を叩く二菜を置いて、俺はキッチンへと向かった。

 はぁ、顔が熱い。


 今日も暑い一日になりそうだ……。

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