夏休みの予定を立てましょう

「あー、終わったなー一学期!」

「終わりましたねー一学期!」

「明日からは夏休みだ! 休みの間はたっぷり寝るぞー!」

「えっ?」

「えっ」


 夕食後。

 終業式が終わり1学期の終了と共に夏休みに入った喜びを噛み締め、夏休みの目標を声に出したところ、天音がぱちくりと瞬きを繰り返し、不思議なものを見る目で見てきた。


「……なんだよ、その反応」

「だ、だって夏休みは、私と先輩の仲を深めるデートイベントをたくさん起こそうと……」

「俺の許可なく勝手に予定立てようとするの、やめてくれない!?」

「だって、先輩は正直に言っても絶対嫌がるじゃないですかー!」

「俺のことがよく分かってるな天音、さすがだ」

「二菜です」

「……さすが二菜は俺のこと、よくわかってるな」

「くふふ! はい、もちろんです!」


 今はもう7月も中旬。

 外はセミが鳴き喚き、灼熱の太陽が地面を照らし、世はまさに焦熱地獄の如し状況である。

 なぜこんなクソ暑い中、わざわざ外にでなければならないのか! 溶けるわ!!

 エアコンの効いた部屋から、俺は絶対に出たくないね。

 海? プール? お祭り? そんなリア充の展示会に行く気はさらさらない!


 そうそう、これも大事な事なんで言っておかないと。


「明日からはしばらく、朝来なくていいから」

「えっ!? な、なんでですかー!?」

「そりゃ、明日から学校ないんだから、朝起きるわけないだろ?」


 朝起きる必要がない=二菜が来る必要もない、当然のロジックである。

 それに、二菜が来たとしても俺は起きたくない。

 なら最初から来ないように言うのは当然だろう?


「や、やですやです! 朝の先輩との触れ合いがなくなるなんて私、耐えられません!」

「とは言っても、俺絶対寝てるぞ? 来てもやることないぞ?」

「いいんです、それでも! 先輩が寝ててもいいですから、来てもいいですよね?」

「うーん……まぁ、変な事をしないなら……」

「くふふ、了解です! 変な事はしません!!」


 というか、朝のふれあいってなんだ。

 そんなことした覚えないぞ?


「それと、夏といえばやっぱり、プールとお祭りだと思うんです!」

「そうだなぁ、俺は行かないけど」

「まずは明日にでも、一緒に水着を買いに行きたいと思うんですけど、いいですよね?」

「そうだなぁ、俺は行かないけど」

「で、プール自体は7月の来週の中あたりで大丈夫ですよね?」

「そうだなぁ……なんで俺も一緒なのが前提なの?」


 適当に流そうとしてたけど、こいつの言い方は全部一緒に行く前提だ。

 水着を一緒に買いに行く? 何を言っているんだ俺は行きたくない。

 女の子向けの服を一緒に見るのも辛いものがあるのに、水着だと?

 俺を殺すつもりか天音 二菜!

 もしくは俺の財布が目当てか天音 二菜!


「俺は行かないから、友達誘って行けよ」

「えー、先輩の意見を聞いて、先輩の好きな水着買いたいんですけど!」

「やだよ、水着売り場なんて男のいない、この世とは思えない厳しい環境だろ?」


 そんな中で二菜と二人で水着選びだと?

 俺たち付き合ってます! と大声で叫んでいるようなものじゃないか。

 ありえない、想像するだけでも恐ろしい……!


 無理無理、と断る俺に、二菜がそっと近づき、耳元で……

「先輩の希望なら……ちょっとえっちな水着を着てもいいですよ?」

 と、そう、囁いてきた。


「ばーか、そんなもんいらねぇよ」

「あいたっ! もー! またデコピンー!!」

「つか、俺がエロい水着がいいって言ったらどうするんだよ、ほんとに着るのか?」

「せ、先輩が着て欲しいって言うなら……頑張って着ますよ……?」


 ったく、そんなに顔を赤くしながら言うことじゃないだろ。

 それに、二菜がそんな格好してるのを学園の連中に見られたら、大問題になって夏休み明けに俺の席なくなってるわ。


 というかこれまでの話、なんてプレイだよ、どのお店でなんてプランでそれらは選べますか?

 そして後からスーツのよく似合う強面のお兄さんが出てきて、追加料金取られるんだな、怖い。

 それに、なによりも……。


「俺はお前のそんな格好、俺以外の他の連中に見せたくないからやめろ」

「……ん? 今なんて言いました?」


 え? 俺今、なんか変な事言ったか?

 特に変な事を言った覚えはないんだが……。


「くふふ……くふふー! そうですよね! じゃあ、私がそんな水着選ばないように監視しないとですよね!」

「え、そんな水着、お前が選ばなければいいだけなんじゃないの?」

「私、どれがえっちな水着かわかりませんし、先輩にしっかり見てもらわないと不安だなー!」


 ……これ、もう俺が一緒に買いに行くのは避けられない流れなの?

 どうあっても逃がさないという、二菜の強い意志を感じた俺は、がっくりと項垂れるのであった……。


 * * *



「そういえば、夏休みの間、先輩のお義父様とお義母様はこちらに帰ってこられるのですか?」

「帰ってくるって行ってたけど、いつごろかは決まってないみたいだ、お前のとこは?」

「うちも似たようなものですね、帰ってくるらしいですけど……」


 まぁ、どちらの両親も仕事の都合で離れているんだ、なかなか帰宅は難しいだろう。

 ただ帰ってくるとしたら、お盆あたりだろうか?

 だとすると、お互い同じような時期に離れるのかもしれない。

 まぁ、それはいいとして……。


「うちの母さん、お前のこと連れて帰って来いって言いそうなんだよなぁ……」

「うちのお父さんとお母さんも、一度先輩に会ってみたいって言ってましたよ」

「え?」

「え?」


 誰が俺に一度会ってみたいって?

 はは、俺の気のせいかな、二菜の両親が会いたいって言ってるって聞こえたぞ?


「お母さんに何度か先輩のこと話してたんですけど、一度会ってみたいわーって言ってました」

「なんで話しちゃったの!? ていうかなんて話したの!?」

「えーっと……下の部屋に住んでる先輩で……私の大好きな人です……って……きゃー♡」

「待って」

「あ、いつも先輩のお部屋でご飯食べてるのも知ってますよ」

「なんでそれも話しちゃったの!?」


 半分同棲みたいな状態になってるの言っちゃったの!?

 あれっ、俺やばくない? 二菜のお父さんになんて言えばいいの?

 娘さんをください? 違う! 娘さんには色々とお世話になってますよへへへ……。

 俺、何言ってるの!?


「もし時間が合えば、私と一緒に会いに来てほしいって言ってました」

「おう……」


 なんてことだ……。

 もはや逃げることは叶わぬ状況というか、もう完全に囲まれてない? これ。

 どうしよう、行ったら個室に囲われて「この洗剤、飲めるのよ!」って話されたり

 鏡に書いた油性マジックをこれなら消せるのよ! されたりしないだろうな?


「なので、時間があえば先輩にも来てほしかったんですけど」

「ま、まぁ、時間が合えばな……はは……」

「はい! お義父様とお義母様と、帰ってくる時期がずれるといいですね!」


 頼む父さん、母さん……二菜の両親と時期を被らせて帰ってきてくれ……!

 俺は、基本的に神に祈ることはしない。

 神頼みなんてしても何の意味もないし、自分に出来る以上の事が出来るはずもないと思っているからだ。


 だが今、俺は初めて神に祈ろう。


 お願いします神様、無事に夏休みを乗り切れますように……と……!


「くふふ、お父さんとお母さんに先輩を紹介するの、楽しみだなぁ♡」

「俺は全然楽しみじゃない……」

「もー! なんでですかー♡ くふふー♡」


 しかし今年の夏は、波乱の夏になる。

 これはもう、避けられない未来であるとしか思えなかった……。

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