織姫と彦星は怠慢が過ぎる

「テストお疲れ様でした先輩! 早速遊びに行きましょう!!」


 ズバーン! とドアを開け、いきなり教室に飛び込んできた影に、クラスの空気が固まったのを感じた。

 もちろん、飛び込んできたのは今日も元気いっぱいな天音 二菜である。

 どこからあのパワーが生まれてくるんだ、あいつは……。


 はぁ、と溜息を付いている俺を、宮藤さんが気の毒なものを見るような目で見てくる。

 五百里にいたっては、肩を震わせて笑って……くそっ、あとで覚えておけよ、あいつ!

 もはや俺の癒しは、宮藤さんしかいないよ……。


「宮藤さん、もしもの時は、俺と全部を捨てて駆け落ちしてくれる……?」

「う、うーん……藤代くんはいい人だと思うけど……天音さん怖いからパスかな」

「そっかー」


 フられてしまった。

 これが失恋の痛みというやつか……!

 ふふ、胸が痛い。


「やあ天音さん、1年生もテストお疲れ様!」

「はぁ、どうも」

「そうだ! 僕たちもこれから、テスト終わりの打ち上げに行くんだけど一緒にどう? 天音さんなら大歓迎さ!」

「そうですか、楽しんできてください」

「はは、恥かしがってるのかな? 大丈夫、みんな気のいい奴だからすぐに打ち解けられるよ?」

「……はぁ」

「みんなも、天音さんは1年生だけど参加してもいいよな!?」

「そもそも私は、参加するなんて一言も言っていませんが」


 俺がそんな失恋に胸を痛めているとき、向こうは向こうでイケメンくんが天音をなんとか連れ出そうと頑張っていたが、相変わらず天音は塩対応である。

 しかも、無表情。天音を見慣れている俺でも怖い。

 そしてそれにもめげないイケメンくんの精神はオリハルコンかなにかで出来ているに違いない。


「ほら、そろそろ天音さんの所行ってあげたほうがいいよ?」

「あー、そうする……じゃあな宮藤さん、いや三月……愛してるよ」

「も、もー! そういうのいいから! ほら早く!」


 うむ、顔を真っ赤にした宮藤さんはやはり可愛いな。

 正直、宮藤さんはもっとモテてもおかしくないと思うんだが……あ、やべっ天音がこっちめっちゃ睨んでる……睨んでるんだよな? あれ。


「行くか天音」

「先輩遅いです!」

「俺にも準備があるんだよ……てか、こっち来るなっていつも言ってるだろ」

「くふふ、一刻も早く先輩に会いたいと思った私を止めることは不可能です!」

「よし、ちょっと止まる努力をしようか」


 なんだお前、暴走した蒸気機関車かなんかかよ。

 そんなに加速してどうするつもりだ、デロリアンを1985年にタイムスリップさせるつもりか?

 最終的に谷底に真っ逆さまな運命なんだから、ちょっとは速度を緩める努力した方がいいぞ、天音。


「さぁ先輩、これから何処に行きましょうか!」

「え、もちろんこのまま寄り道せず直帰ですが……?」

「もう! なんでですかー!!」

「ちょ、ちょっと待て!」

「? どうしたんだ、イケメンくん」

「イ、ケ、ツ、ラ、だ!」


 うーん、なんか毎回忘れちゃうんだよなぁ。

 イケツラ……イケツラ……なんかもうイケメンでよくないか? イケメンだし。


「天音さんは今日、僕たちと遊びに行くんだ、君は遠慮してもらおうか」

「らしいぞ天音、俺は帰るから楽しんでくるといい」

「行きませんよ!? 何私を放って帰ろうとしてるんですかー! 遊びにいきましょうよぉー!!」

「離せ天音! 俺はもう帰って寝たいんだ……!」


 テスト勉強頑張りすぎて、もう限界なんです!

 ふかふかのお布団が、俺の帰りを心待ちにしているんです……!


「ほら、彼もこう言っている事だし、僕たちと行こう天音さん」

「申し訳ありませんが、今日は一雪先輩と約束があるので」

「え、約束なんて……」

「(ボソッ)私のスカートの中」

「そ、そうだったな、今日は天音と約束があったんだ、悪いイケメンくん」

「イケツラだと何度……!」


 俺は今、天音に生殺与奪権を握られているんだ。

 すまない……俺は君に、援護射撃してやることはできないんだ……っ!


「それでは、失礼します。……行きましょう、先輩♡」

「あっ、こら手を掴むな! わ、悪い、じゃあな!」

「ま、待て! 待ってくれ天音さん! どうしてそいつなんだ!?」


 廊下に、むなしくイケメンくんの叫びが木霊する。

 イケメンくん……頑張れ……俺は君の恋を応援……はしないけど、その頑張りは評価するぞ……。


 * * * 



「そういえば知ってますか先輩、今日は七夕だって」

「そうだな、七夕だな……もうこの歳になると喜んでなんかしよう! ってほどのイベントではないけど」

「小さい頃って、学校とか保育園で笹に短冊かけましたよね」

「あったあった、あれ、いつごろやらなくなったんだかなぁ」


 あの後。

 帰りたがる俺を天音が無理やりに引っ張り、二人でいつものように繁華街へ出ることになった。

 この時期になるとどこも期末テストをやるのか、街は同じようにテストが終わり、浮かれた学生で溢れており……はぁ、帰りたい。

 帰って、アイドルを躍らせてシャンシャンしたい。


「最近、大きな商業施設とかだとイベント化してるとこもありますよね」

「あー、そういやこの辺でもやってた気がするなぁ、七夕イベント」

「どこもお客さん集めようと、必死なんですね」

「夢のないこと言うなぁ、お前……」


 女の子って、こういうイベントって好きなもんじゃないの?

 なんか俺の持ってる女の子! っていうイメージを悉く外してくるなこいつは。


「まぁ、それはそれとして、短冊書く機会があったら書いちゃうんですけどね!」

「なんならちょっと書いていくか? 時間はあるし」

「いいですね! では、怠惰な織姫彦星にお願いしましょうか!」

「うわぁ、一気に願いが叶う気がしなくなったぞ……」

「そもそも、いくら恋人が好きだからって、仕事をサボっちゃいけませんよね」

「めっちゃ現実的な視点でだめだった」


 そんな話をしていると、少し開けた広場になっている場所に設置された大きな笹と、短冊を書くための長机が設置されているのが見えてきた。

 俺たちと同じくらいの年齢だろうか? ポニーテールにした彼女と一緒に、一組のカップルが短冊を書いているようなので、俺たちの番はあの後ということになる。


 彼氏になんて書いたのかを聞かれた彼女さんが、「絶対見せないっす!」と顔を真っ赤にしているのが初々しい。

 まだ付き合いたての二人なんだろうか?

 関係を推察すると、同じ部活の先輩後輩から付き合いだしたって感じかな? 二人とも、同じような大きなカバンを持っているし。


「なんか、いいですねあの二人」

「な、初々しい感じするよな」

「二人とも、好きあってるんだなーって見ててわかりますよね」

「だなぁ、なんかもう、見ててリア充爆発しろって感想しか出てこないわ」

「くふふ、先輩には私がいるじゃないですかー♡」

「あの二人と俺たちを一緒にしたら、あの二人が可哀想だ」

「もー! またそういうこと言うー!!」

「ほら、空いたから俺たちも書こうぜ」


 そんな事をいっているうちに、前に書いていたカップルは、すでに笹のところへと移動していた。

 ……俺たち二人も、外から見たらあんなふうに見えているんだろうか?


「さて、先輩はなんて書きますか?」

「そうだなぁ……無病息災とか?」

「なんて夢のない……!」


 ほっとけ。

 病気もせず、災害にもあわない、これ以上ない望みだろうが。

 ちなみに、お前も災害に含まれるからな、天音ぇ……!


「じゃあ天音はなんて書くんだよ」

「私はもう、決まってるんですよねー」


 そういいながらさらさら、と書いて俺に見せてきたのは……。


『先輩に二菜♡って名前で呼んで欲しい!』


「えぇー……願い事がこれって、お前」

「だって先輩、いつまでたっても私の事、名前で呼んでくれないじゃないですか」

「いや、だって……なぁ?」


 1年生のアイドルである天音を名前呼びは流石に難易度高いっていうか。

 これ以上外堀埋められたら、本当にもう覚悟しなくちゃならなくなるっていうか。

 うちの天音を辱めたんだから飲める洗剤買ってもらおうかとか怖いし?

 周りの生徒の反応も怖いし……?


「宮藤先輩の事は、今日名前で呼んでたのに……」

「聞こえてたの!?」


 あれだけ必死にイケメンくんが話しかけてたのに!

 イケメンくんの話、何一つ聞いてないってことだよね!?


「宮藤先輩がいいなら、私も名前で呼んでください!」


 真剣な目で、天音が俺を見てくる。

 これは冗談じゃなく、本気の目だ。

 適当にはぐらかして逃げることは、許されないだろう。


「学校では今まで通り天音って呼んで、それ以外のところ……家、とかなら名前で呼ぶ、それでいいなら呼んでやるよ……二菜」

「! ……くふふー! はい、とりあえずそれでいいです!」

「学校では絶対呼ばないからな?」

「はいっ! もうここまで来たら私たち、付き合ったほうがいいですよね! 付き合ってください!」

「せっかくのお誘いにも関わらず大変恐縮ではございますが、今回はお気持ちだけ頂戴いたします」

「もー! なーんでですかぁー!!」


 また一歩、天音……いや、二菜に詰め寄られた気がしたが、嬉しそうな二菜の笑顔を見ていると、なんとなく、これでよかったのかもなぁ……という気分になった。


 ていうか……ヤバイよなぁこれ……。

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