それって通い妻って言うんですよね?

 やってしまった、と半渇きの髪をくしゃっと握りながら、思わず溜息をついてしまった。

 ここ最近、この二人がうちを訪れる事がなかったので、完全に油断していた。

 そうだよ、こいつらは突然、人の家を訪問するような奴らだったじゃないか。

 警戒するのは、母さんだけでは足りなかった……!


「すいません、先輩……ついつい、Ama○onさんかなと……開けてしまいまして……」

「うん、まぁ……次からは気をつけよう……」

「ほんとすいません……」


 さて、どうするかね。

 この二人に、天音がうちに入り浸っている状態を変に誤解されるとまずい。

 特に音琴にはしっかり丁寧に説明して、口止めをしておかなければ後からどうなるか考えただけで恐ろしい。


「で、あんた達、今どうなってんのこれ!」

「み、見ての通り、みたいな?」

「あんたお昼だけじゃなくて、晩御飯も二菜ちゃんに作ってもらってたの!?」


 ばんばん、と床を叩くのは音琴だ。

 おい、なんでお前そんなに嬉しそうな顔してるんだよ?

 つーかやめろ、下の人が怒鳴り込んできたらどうしてくれる。



「なるほどなるほど、上の部屋がたまたま、たまたま天音さんだったと」

「で、なんか気がついたら一緒に飯食うようになってたってだけで深い意味はないんだ」

「合鍵まで渡しておいて、深い意味がないは通用しないわよ?」

「あっ、なんでそれ知って!」

「今、二菜ちゃんが絶賛自慢中よ」

「あーまーねー!!」

「え、えへへ、だってずっと誰かに自慢したかったんですよぉ……」


 それをバラす必要、全くなかったよな天音!?

 ああ、話がどんどん面倒な方向に流れている気がする……!


「なるほどよくわかったよ、つまりこれは通い妻ってやつだね一雪」

「え、えへへ、通い妻……妻……妻ですって先輩! もう結婚しましょう!!」

「弊社で検討いたしました結果、今回はご提案をお受けできかねるという結果になりました」

「もー! なんでですかー!」


 ぺしぺしと俺の二の腕を叩いてくる天音がたまらなくウザい。

 もうこの中で冷静に話せるのは、俺と五百里だけかよ。


 しかし五百里よ……よりによって通い妻って。

 ちょっと朝起こしてもらって、朝ごはん作ってもらって、お昼のお弁当作ってもらって。

 帰ったら晩御飯を作ってもらって一緒に食べて、洗濯物を一緒にしてるだけだろうが。


 ……あれっ、これってもしかして世間一般では通い妻って言うんじゃない?

 なんか最近、全然気にしてなかったけど、もしかしてこれが通い妻状態か!



「それにしても、まさか一雪が合い鍵を作ってまで毎日家に連れ込んでるとはね」

「言っとくけど、キッカケを作ったのはお前らだからな」


 そうだ、最初にこいつに襲撃されたのは、この二人が俺の家を教えたからだ。

 その結果、天音が常に我が家にいるような状態になったのだ。

 つまり、諸悪の根源はこの二人である、とも言えるだろう。


「とはいえ、まさか毎日晩御飯作ってもらってるなんて思わないだろ?」

「そうね、せいぜい土日に遊びにくる程度だと思ってたわ」

「もー先輩は私がいないと生活もままならないんですよー、くふふー♡」

「お昼だけでこんなに肌艶がよくなるわけないとは、疑問に思ってたのよね……」

「うっせ」


 俺だって、まさか毎日こいつの世話になるとは思わなかったわ。

 正直、今でもなんで毎日こいつうちにいるんだろうって思ってるからな。


「一雪は相当、天音さんに気を許しているんだね」

「は、はぁぁ!? なんで俺が、そうなるんだよ」

「自分で気付いてるかわからないけど、一雪は気に入った相手じゃないとそこまで関わらないからね」

「そうね、それを毎日、しかも食卓も一緒にってなると、相当気を許してるわよ、こいつ」

「え、そうなんですか? 先輩、私のこと好きなんですね!?」


 そうだろうか?

 自分では分からないが、俺はそんな偏屈な性格ではないはずだ。

 現に五百里や音琴は去年、ちょくちょく俺の部屋に遊びに来ていたし。

 ……他のクラスの連中は、誰も来た事ないけど……。


「そうよ、なんでこいつに友達が全然いないかって、この性格のせいなんだから」

「一雪は友達作るのへたくそだからねぇ……」

「お前らは人の事を何だと思ってるんだ」


 人をぼっちキャラみたいに言うのはやめろ。

 俺にだって友達の一人や二人くらいいるわ!

 ……宮藤さんは、友達に含めてもいいですよね……?


「それはそうと、天音がうちに入り浸ってることだが」

「わかってるよ、あんまり他人に知られたくないってことだろ?」

「よくおわかりで、さすがは五百里だ」

「それくらいはわかるさ」


 苦い笑いを浮かべながら、俺の気持ちを察してくれる五百里は流石付き合いが長いだけあってデキる男だ。

 こいつがこういうなら、広まることはないだろう、と、安心できる。


「えー、これ広めちゃえば、もう二菜ちゃんに言い寄る男いなくなると思うよ?」

「ナイスです六花先輩、じゃんじゃん広めましょう!」

「お前はなんでそうなんだ……」


 訂正。

 お前の彼女がいる限り全然安心できないわ。

 おい、音琴を止めろ、お前の彼女だろそいつ。


「大丈夫だよ、六花は人が本当に嫌がることは絶対しないから」

「ほんとかー? ほんとに信用してもいいのかー?」

「とりあえず匿名で昇降口の掲示板あたりに……」

「私が先輩の部屋に入るくらいの写真なら提供しても……」

「大丈夫なんだな?」

「多分ね」


 不安しかない。


 * * *



「それじゃあ、僕たちはそろそろ帰るよ」

「いつまでも二人の愛の巣にお邪魔するのも悪いからねー」

「言い方が酷いぞ音琴」

「また、いつでもきてくださいね!」

「そして天音、ここは俺の部屋だ」


 気がついたら、天音の荷物が増えてるとか辞めろよ。

 まさか今も、あちこちに隠してるとかないだろうな?



「天音さん、悪いんだけどこれからも一雪のこと、よろしくお願いします」

「はい、お任せください、先輩は私が責任を持って! お世話させていただきます!」

「ふふ、一雪は幸せものだね?」

「そうよ、こんな可愛い子にお世話してもらえる喜びをかみ締めなさい」


 こいつらの中で、俺はどんだけダメなやつだと思われているんだ。

 天音がいなくても、なんとかやっていけるっつーの。


「天音さんがいなくなったら、多分死ぬからね一雪」

「なんとかなると思ってる顔してるけど、絶対死ぬからねあんた」

「春先酷い顔してましたから、多分死にますよね先輩」


 あれっ、俺って天音にまでそんな風に思われてたの!?

 ていうか満場一致でこいつ死にそうって、そんなことないよね?

 明日、宮藤さんにも聞いてみよう……死なないよね?


「それじゃあ、また明日ね一雪」

「おう」

「六花先輩、例の件、よろしくお願いしますね!」

「任せて!」


 なんの件だよ。



「……バレちゃいましたね、先輩」

「ま、バレたのがあいつらだったのはまだよかったな」


 正直なところ、バレたのがあいつらであればどうとでもなる。

 少なくとも五百里に隠さなくてもいい、というだけでも少し気が楽になった気がする。

 これがイケメンくんとかにバレてたらどうなっていたか……想像するだけで恐ろしい。


「あーあ! もうちょっと先輩と私だけの秘密にしておきたかったなー!」

「秘密ってのは、いつか人にバレるもんだ」

「じゃあこの調子で、学園中に私たちの関係をバラしちゃいましょう!」

「何だよ、俺たちの関係って」

「実は私たち、愛し合う関係なんです♡ って!」

「俺とお前はそんな関係じゃないだろ」

「くふふ……もー照れちゃって! 先輩好き! 大好きです! 付き合ってください!!」

「大変恐縮ではございますが、この度はご提案をお受けいたしかねます」

「もー! ほんとなんなんですかぁー!!」


 俺とお前の関係は……関係は、ほんとなんだろうな?

 通い妻? 天音は、そう思っているのか?

 じゃあ、俺から見た天音は?



 俺の表情から何かを感じ取ったのか、きょとんとした表情を浮かべた天音に、なんでもないと返すのだった。

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