どうしてお前達がそこにいる

 天音 二菜という少女が僕の親友、藤代 一雪の前に現れて、もうすぐ3ヶ月。

あれからというもの、常に一雪の周りには天音さんが出没するようになり、昔のように六花と三人で遊ぶ機会がめっきり減ってしまった。


一雪はあれで結構、人を寄せ付けず選り好みするタイプなので、そんな一雪が天音さんを遠ざけず、心を許している……ように見えるのは親友として嬉しいやら、寂しいやら、少し複雑な心境である。


それでも、あんな風に一雪に付き合ってくれる子が現れたのは素直に嬉しい。

このまま、変に拗らせないで二人がくっつけばいいんだけど……。


「そういえば最近、一雪の部屋行ってないわね」

「最後に行ったのは春休みだからねぇ」

「昼はともかく、どうせ夜はロクな物食べてないでしょうし、たまにはなんか持って行ってやる?」

「いいね、ついでに部屋の掃除チェックもしてあげようか」

「ふふ、私たちが行かないとあいつの部屋、絶対ぐちゃぐちゃよね」


くすくす、と笑う僕の恋人の横顔に、思わず見とれてしまう。

六花は口は悪いけど、実はとても優しい人だと、僕たちは知っている。

これで一雪のことも、かなり気にかけているんだよね。


「さて、それじゃあ何買って行こうか」

「ふふふ、サラダの盛り合わせとか買っていってやりましょう!」

「それは一雪、嫌がるだろうね」

「ちょっとは野菜も食べないと、体に悪いわよ」


なるほど、一雪はほっとくと野菜食べないからなぁ。


「とはいえ、最近のあいつ、凄い体調よさそうなんだけどね」

「去年の年末あたり、特に酷い顔色だったもんねぇ……」

「甲斐甲斐しく毎日お弁当作ってくる二菜ちゃんには、ほんと感謝しかないわー」

「ははは、一雪には、天音さんに愛想尽かされないようにして欲しいね」

「全くよ! 今捨てられたらあいつ死ぬわよ、物理的な意味で」


おっと、六花の天音さんへの評価、結構高いな。

ほんと、もうとっとと付き合えばいいのに。


さてさて。

一雪、君はいつまで、我慢しきれるのかな?


 * * *



学校が終わり、家に帰り。

夕飯前に風呂に入るかーといういつも通りの夕方。

特に何か変わったことがあったわけではない、本当に平凡な一日だ。

強いて言うなら、Ama○onから荷物が届くってくらいかな?


「先輩、お風呂わきましたから、先に入ってもいいですよー?」

「おー、そうだなぁ……」

「くふふ、その前にわ、た、し♡ にします?」

「風呂入って来るわ」

「もー♡ 照れなくてもいいんですよー?」


こういうときの天音は、下手に構うといつまでも話しが終わらないので、さっとスルーするに限る。

天音との生活を続けるうちに手に入れた、重要なスキルだ。


「くふふ、私が先輩のお背中、流してあげますよー? せ、先輩がして欲しいなら、前のほうだって……♡」

「大変恐縮ではございますが、この度はご提案をお受けいたしかねます」

「もー! なんでですかー!!」


そんな事、俺が許すわけないだろうが。

まぁ、天音もわかってて言ってるんだろうけど。

わかってるよな? 俺が『じゃあ頼むわ』って言ったら、本気にしないよな!?


ダメだ、これ以上考えてはいけない気がする。

そんな事よりも。


「あ、すまん天音、頼みがあるんだけど」

「はーい、なんでしょう? やっぱりお背中……」

「俺が風呂に入ってる間に、Ama○onから荷物来るかもしれないから、もし来たら受け取り頼むわ」

「了解です、サインで大丈夫ですか?」

「一応、シャチハタは玄関に置いとくから」

「わかりましたー!」



 ……俺たちのこの生活には、暗黙の了解として『基本的に誰かが来たら俺が出る』というルールが出来上がっていた。

突然、誰が襲って来るかわからないからだ。

母さんとか。

母さんとか。

あと母さんとか。


それと、天音が入り浸っている、というのが誰かにバレるのも嫌だった。

俺が対応すれば、そうそうバレる事はないだろうとの考えもあったのだ。



だが、この日。

一度だけ、ルールを破った。

破って、しまった。



「はぁ……風呂はいい……一日の疲れが洗いながされるようだ……」


これで、足伸ばして入れる湯船があればなぁ。

たまには風呂入るだけで実家帰ってみるか?

あれ、でもガスって通ってるんだろうか?長期の留守だと止めるのだろうか?

ガスの元栓ひねったら、ガスって出るのか? わからん。


それよりも温泉だな温泉、温泉行きたい!

涼しくなったら、日帰りで温泉行くか。


天音……には世話になってるし、連れて行ってやるか。

うん、そうだな、うん、これは仕方ない。

別にデートとか、そういうんじゃない、これは日ごろの礼みたいなもんだ。


そんな風に考えていた時だった、インターホンが鳴ったのは。


「お、Ama○onから荷物届いたかな?」


 ……なぜ人は、セールの文字を見ると、特に必要のない物でも買ってしまうのだろうか?

ふふ、俺は年に一度、このセールのためだけにAma○onプレ会員になっているといっても過言ではない。

さて、早く出て開封の儀式をしないと、玄関にあっても邪魔だろう。

さっさと出て荷物を片付けてやらなければ……。


「先輩、すみませんちょっといいですか……」

「どうした、天音? なんか問題あったか?」

「いえ、その……はい、やらかしたかもしれません……」

「? 待ってろ、すぐ出るから」


やらかした?

なんだ、荷物でも落として壊したんだろうか。

その程度ならそこまで落ち込むことはないんだけどな、どうせ大したものはいってないし……。


そう思い、髪も半分濡れた状態で風呂場を出た俺を待っていたのは……


「や、やぁ、一雪」

「あんたたち、そういう仲だったのね」


俺と天音を見ながら困惑を隠しきれない、俺の親友と。

にやぁ、と口元には明け方の三日月のような、意地の悪そうな笑みを浮かべた、俺の親友の彼女が、立っていた……。

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