俺に挑んだことを後悔するがいい……!

「先輩は、どうやったら私を抱きしめながら頭を撫でてくれるんですか?」

「え、しないけどそんなこと……」


 あれから、天音が頭を撫でることを要求するようになった。

 どうしてそこまで頭を撫でてほしいのか、よく分からないが何か琴線に触れるものがあったのだろう。


「なんでですか! してくださいよぉ!」

「むしろなんでしてもらえると思ったの?」

「愛する女の子を優しく抱きしめて撫で撫でするのって、男の子の夢かなって思いまして」

「お前の知識は明らかに偏ってる、もしくはおかしい」


 それか、最近春って何処行ったんだってレベルで暑くなってきたから、暑さでやられちゃったのかな?

 あー、そろそろエアコン入れてやらないとだめかなぁ、でも電気代がなぁ。


「わかりました……ではこうしましょう、先輩勝負です!」

「え、普通に嫌なんだけど」

「もう! そこは乗ってきてくださいよお話にならないじゃないですか!!」


 バンバン、と布団を叩く天音。

 おいやめろ、埃がたつだろ、埃が。


「はいはい勝負ね勝負、それでお前が勝ったら頭なでろってか?」

「もちろんです、ついでに後ろからハグも要求します!」

「えっ、それはちょっと欲張りすぎじゃない?」


 頭撫でるだけでもレベル高いなって思うのに、それもやらせるの?

 大丈夫? 俺死なない?


「ちなみに俺が勝ったらどうするんだ?」

「そうですねー……じゃあ、お風呂一緒に入ってあげます♡」

「え、いらないんだけど……」

「真顔でいらないって言われて本気で傷つきました、謝罪と賠償を要求します」

「お前はもうちょっと自分の体を大事にしろ、っと!」

「あいたー! デコピン酷いですっ!! ……くふふ、でも、そうやって気遣ってくれる先輩好きー♡」


 デコピンをくれてやったデコをさすりながら、相変わらず好き好き言ってくる。

 うーん、こいつは本当に何を考えているんだろう、わからん。

 どこまで信用してもいいんだか……。


「まぁ、先輩が勝った時のことは考えておいてください、まだ時間ありますしね」

「時間があるって、何を勝負の対象にするつもりだ?」

「くふふ、あるじゃないですかおあつらえ向きにも! 中間テストが!」



 そう、思い出したくないので忘れていたが、もうすぐ中間テストの時期なのである。

 GWやら天音の誕生日ですっかり記憶のかなたにすっ飛んでいたが、もう来週かぁ……。


「それは合計点数で競おうってことか?」

「そうですそうです、科目数って多分2年生も同じですよね?」

「うちは8科目だったか、お前んとこは?」

「こちらも8科目ですね、合計点数がよかったほうの勝ちでどうですか?」


 ふむ……これほど分かりやすい勝負もないだろう。

 単純な点数勝負、これが普通の生徒相手ならば問題なく乗るところである。

 しかし相手は天音 二菜。

 そう、天音 二菜なのである。

 つまりこの勝負……


「絶対お前の方が有利じゃねーか!」

「え、そうですか?」

「五百里から聞いてるんだぞ……お前、今年の新入生代表だったそうだな!」

「まぁ、一応、そういうことになってますね」


 確かその年の代表は、入試テストの成績・中学の内申点などで決まる、と聞いた事がある。

 そうなると、必然的に天音は相当成績がいい、ということになるわけで……。


「普段アホそうにしか見えないからって、勝ち確定の勝負を挑もうなんてズルいぞ」

「あ、アホそうじゃないもんっ!」

「中間テストを勝負対象にするなら、ハンデが必要だと考えられる」

「ちなみに、先輩って成績どれくらいなんですか?」

「上から数えて20位以内に入るか入れないかってくらいだな」

「ならちょうどいい勝負になりますね!」


 ならねぇよ、なる気がしねぇよ。


「でも、そこまで来ると多分そんなに大きな差じゃない、僅差の勝負になると思うんですよね」

「前回の1位と何点差があったかなぁ……全然覚えてないけど、結構あったぞ確か」


 1年最後の期末は、確か五百里と音琴が仲良く同点トップだったはずだ。

 それでも、俺とあいつらでは結構な点差だった気がする。

 合計で30点以上は離れてたんじゃなかったかな……?


「多分、先輩はケアレスミスを潰していけばもっと上に行けると思うんですよね」

「そんなもんか……? いや、そう言われると……なんかそんな気も……」


 たしかに、1科目ごとに限って言えば、あいつらと自分にそんなに差はないんだよなぁ。

 小さなミスが積み重なって、気がつくと結構な差になってる、ってだけで。

 見直しさえしっかりやれば、俺でも勝てるんだろうか?


 なんとなく、これなら勝負になる気がしてきたから困る。

 こいつ、絶対詐欺師の才能あるな。

 うーん、のせられたようでしゃくだがいいだろう、この勝負乗ってやる!

 先輩の偉大さを思い知れ、天音 二菜!


「さぁ、勝負をしましょう!!」

「あとでほえ面かくなよ?」

「くふふー、さぁそれはどっちでしょうねー!」


 * * *



 結論から言おう。

 俺は……あの悪魔に……天音に、負けた……。


 だってあいつ、8教科全部満点とか取ってくるんだもんよ。

 なんだよ全部満点って、天才か。

 あ! あいつ今年の新入生代表になるくらい頭いいんじゃないか!

 バカ! 俺のバカ……っ!


「くふふー、先輩もなかなか惜しかったですねー♡」

「全然惜しくねぇよ……ちくしょぉ……!」


 今回、俺としても過去にないほどの高得点をマークしていた。

 満点は一つもないにしても、それでも合計760点は超えているのだから、相当頑張っているといえる。

 今回の順位結果も、初めて10位以内に食い込んでいたから、かなり健闘しているはずだ。

 ただただ、相手が悪かっただけなのだ。

 相手が悪魔だった、というだけなのだ……。


「ははは……なぜ……なぜ俺は、なんか勝てるみたいな妙な自信を持ってしまったんだろうなぁ」

「くふふ、さぁ先輩! 約束は覚えていますね!?」

「屈辱すぎる……!」

「後ろからハグしてー、頭を撫でながらー、耳元で『二菜、満点凄いね、よく頑張ったね♡』ですよ?」

「あれっ、なんか増えてない?」


 なんか聞いた事のないセリフが増えてる気がするんだけど?

 え、3つも許されてたっけ?


「いわゆる満点賞ってやつですね」

「聞いてないぞそんなの」

「まぁまぁ、これくらいいいじゃないですか先輩」

「よくねぇ」


 と言っても、天音はもう俺の話を全く聞いていない。

 さぁさぁ、と背中を見せて期待に目を輝かせる天音の整った横顔が、今日ばかりは恨めしい。

 というか天音は恥かしくないのかよ、俺なんかに抱きつかれて。

 俺は恥かしい。死ぬほど恥かしい。


 ええいくそっ、男は度胸!


「……行くぞ、天音」

「どんと来いです!」


 そういうと、俺は、後ろから天音を抱きしめる体勢に入る。

 うわ、やっぱちっこい! 柔らかい! 強くしすぎると骨折れるんじゃないか!?


「くふ、くふふふふふ! 次は頭を撫で撫でしながらー……」

「はいはい。 えー、二菜、満点凄いね、偉いぞ! よーしよしよし!」


 と、ガシガシと頭を撫でてやる。

 せめてもの反抗だ!


「ち、違います! これは私の思ってたのと全然違います! もっと優しく!」

「ちっ、ワガママな奴だなお前ってやつは!」

「いえいえ、今ので満足する女の子なんていませんよ」


 天音がはやく、はやく、と俺を急かしてくる。

 うあー……ダメだ、恥かしすぎて死にそうだ!

 というか、なんでお前はそんな普通なんだよ、こんな状況なのに!

 くぅ、すげー悔しくなってきた! なんかもう、どうしてもこいつにもダメージを与えてやりたい……!



 ……その時の俺は、ありえない状況にテンパって、頭がおかしくなっていたのだろう。

 出来るだけ優しく、天音の髪をすくように頭を撫でてやる。


「んっ……ふふ、そうそう、いいですよー気持ちいですよーその撫で方……」

「二菜」

「んんっ!?」


 天音の耳元で囁くように……できるだけ優しい声色で……。


「よく頑張ったな、偉いぞ二菜」

「ふぁ……」

「そんな頑張り屋な二菜が、俺は大好きだぞ……」

「えっ、好き!?」

「ああ、愛してるぞ二菜」


 これだけ言ってやれば天音も満足だろう。

 なんならちょっとは恥かしがって、俺の気持ちを少しでも理解すればいい!

 そう軽く思っての行動だったのだが……。


「くふ」

「くふ?」

「くふふふふふふふふふふふふふふ!!」


 な、なんだ、天音が壊れた!?

 やっぱりこいつも、ありえないシチュエーションで変なテンションになってたんだ!

 どうしよう、俺はこれからどうすればいいんだ!?


「『そんな頑張り屋な二菜が、俺は大好きだぞ』くふふふふふ!」

「えっ!? な、なんで俺の声が!?」

「録音! させていただきましたー!!」

「なっ……!?」


 録音だと!?

 お前、それはやっちゃいけないやつだろうが……!


「はぁ……ついに先輩から愛してる♡ って言われちゃいました!」

「いやいやいや、それただのそういう役ってだけだから」

「それでもこれは、私と先輩の貴重な愛のメモリー♡ ですよー!」


 嬉しそうにスマホを両手に持ちながら、くるくると回り続ける天音。

 ヤバイ、テンションが高すぎてついていけない!


「これ、私と先輩の結婚式のとき、絶対流しましょうね!」

「なぜ俺とお前が結婚することになっているのか、それがわからない」

「もうっ、先輩ったら~! ほらほら、もう一回二菜♡ って呼んでもいいんですよ?」

「二度と呼ばない」

「もー、なんでですかーせんぱーい♡ ほらほらー♡」


 うわぁ、うぜぇ、このテンションの上がり方はうぜぇ!

 俺は天音の頭をガッ! と掴み、ぐりぐりと前後に揺らしながら――


「いいか天音、俺の前で絶対! さっきの録音データ流すなよ! いいな!?」

「あ、あわわ、な、なんでですかぁぁぁぁぁぁぁ」

「流したらそのデータ……何があっても消してやるからな……!」

「わかりました、わかりましたからやめてくださいぃぃぃぃ……!」


 頭をフラフラさせ、目を回す天音を尻目に見ながら、俺は二度と、こいつとは勝負事はしない!

 そう、深く心に刻み付けるのだった……。

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