やっぱり怪しい……
俺、藤代 一雪の朝は遅い。
いつもギリギリまで惰眠を貪り、遅刻ギリギリに家を出て、登校する。
あくまでギリギリであって、遅刻はしないのが俺の数少ない自慢だ。
自慢なはずだった。
そんな俺が最近では、早めに起きて早めに準備をし、
余裕を持った登校をするようになってしまった……。
それも全て、もちろん。
「せんぱーい、おはようございまーす……あなたの♡ 二菜が起こしに来ましたよ~」
……そう、天音 二菜の仕業である。
おいやめろ、耳に息を吹きかけるのはやめろ!
背筋がぞわぞわってするんだよそれ!!
朝は早めに起こされ、朝ごはんをゆったりと食べ、早めに登校する。
昼はパンとコーヒー、もしくは食堂で日替わり定食を食べる日常だったのが、
いつの間にやら天音お手製の弁当になり、温かいお茶を飲みながらのんびり食べる。
夜も天音が作った栄養バランスを考えられた料理を食べ、天音が宿題をしている横で、手持ち無沙汰なので自分も宿題をして、寝る。
これが本当に俺の生活か!? と、思わざるを得ない生活である。
最近、インスタントのラーメンとか食べてないなぁ……。
あ、ヤバいラーメンが食べたくなってきた。ラーメン食べてぇ。
久しぶりに、「ラーメン屋」のラーメン食べてぇ。
ま、そんなわけで、おかげさまで最近では、肌艶がよくなり、目の下のクマが薄くなり、多少マシな顔になった、と音琴からも褒められるほどである。
つーか今まで、どんだけ酷いツラしてたんだよ、俺。
「正直、今の生活を続けていたらそのうち死ぬんじゃないかと思ってたよ」
「そんなに」
「これも全部、天音さんのおかげだね」
「否定はしないが、釈然としないものがあるな……」
いや、天音が現れてから俺の生活環境が劇的に改善されたんだから天音のおかげだ、ってのを否定する気はないんだけどね?
なんというか……なんだろうな、この天音への依存っぷり。
――――もし、今天音が俺の前から消えたら、俺はどうなるんだろう。
そう考えたときに、思わずぞっとした。
天音が……俺の前からいなくなる?
俺の足元が崩れ、どこまでも落ちていきそうな感覚がする。
も、もしかして天音はそれが目的なのか!?
自分に依存させるだけ依存させ、いざというときに掌を返し、俺に金品を要求!
くっ、そういうことか天音……お前の考えは読めたぞ!
「また変な事考えてるわよ、こいつ」
「いつも通りだねぇ……」
「変な屁理屈こねくり回すのやめて、さっさと二菜ちゃんの気持ちに応えてあげればいいのに」
「まぁ、一雪も変に頑固なところがあるからね」
「今更、二菜ちゃんに好きって言うのが照れくさいのかしらね」
「ふふ、可愛いところもあるだろう、一雪にも?」
「男がやると気持ち悪いだけね」
「六花が僕の親友に対して、あまりにも辛辣すぎる」
何やら目の前でバカップルが勝手なことを言っているが、お前らにはわかるまい。
天音 二菜という少女といると、俺がどれだけの不安に襲われるか……!
この前なんて俺がいない間に、俺のシャツ着て匂いかいでたんだぞあいつ!
一人にすると、何をやっているやらわかったもんじゃないんだぞ!
――――ぺこん
天音 二菜
私の愛する先輩へ♡
――――ぺこん
天音 二菜
帰宅の準備が終わりましたから、帰りましょう!
――――ぺこん
一雪
りょ
――――ぺこん
天音 二菜
愛が足りない……!
――――ぺこん
一雪
はいはい
「天音から連絡きたわ、悪い、今日は帰るな」
「気をつけて帰りなよ」
「ああ、お前らもな、また明日」
はー、ラーメン食いたい……。
「なんでアレで、まだ付き合ってないのかしらね?」
「付き合ってないって思ってるの、もう一雪だけだよ」
「外堀、見事に埋められてるわねぇ……」
* * *
五百里たちと別れ、天音と待ち合わせた校門前まで行くと、俺を待っているであろう天音の周りに何人かの生徒がおり、こちらを見ながらひそひそと話をしていた。
中には俺を見ながらクスクスと笑っている女子生徒もおり……な、なんか死ぬほど気まずい!
そしてこちらを睨んでいる男子生徒もおり!
おいおいおい、お前らあまり強い目線を向けるなよ……。
弱く見えるぞ?
俺が。
ああ、胃が痛い……。
「あっ、先輩!」
俺の姿を見つけたことで、ぱっと花でも散りそうな笑顔を見せながら、天音が嬉しそうに、小走りでこちらに駆けてくる。
……なぜだろう、天音から物凄い勢いで振られる尻尾が見える気がするのは……。
あー、なんか昔ばあちゃんの家にいた、柴犬の犬志郎を思い出すなぁ。
あいつも俺を見ると、大喜びで走って出迎えてくれたんだよな。
そんで頭を撫でてやると大喜びで飛びついてきて……はぁ、懐かしい。
そんな風に、過去に想いを馳せてしまったのが悪かったのだろう。
ついつい俺の手も、天音に伸びてしまい。
手触りのいい、天音のさらさらの髪を優しく撫でて……。
「せ、先輩が……あ、あわ……あわわ……」
「んっ……んっ!? あっ、わ、悪い天音!」
しまった、思わずやっちまった!
しかもこんな衆人環視の前で頭をなでるなんて、クリティカルなやらかしすぎる!
おい天音、お前何顔真っ赤にしてフリーズしてるんだよ、動け、早く動けなぜ動かん天音!
「見た今の! 蕩けるような笑顔から自然に天音さんの頭を……!」
「天音さんも真っ赤になっちゃって……目が潤んでるわ……」
「「きゃー!!」」
「くそっ死ね死ね死ね死ね死ね…………」
「天音さんに触れるとか万死に値する……っ!」
ぐえ、これは酷い。
しかもやらかした場所も時間も何もかもが悪い!
天音は……まだ帰ってこない、こりゃダメだ。
再起動を待ってたらどうなるかわからんぞ、俺が。
仕方ないと天音の手を取り、ここからの離脱を最優先とする。
正直これもどうかと思うが、いつまでもここで見世物になるよりマシだろう。
そう思っていると、天音が再起動したのか無意識なのかわからないが、
握り方を指を絡める形に変えてきて……おい待て、今それはまずいぞ天音!
「まぁ! 今の見ましたか!? 天音さんから積極的に指を絡めに行かれましたわよ!?」
「ええ、たしかに見ましたわ! 濃厚なLOVEの気配を感じましたわ!!」
「愛ですわ! 愛ですわ!!」
「「「きゃー!!」」」
君らどこのお嬢様キャラですか?
お前もお前で、なんでそんな勘違いされるような事するんだよ!
と、天音を見ると耳まで真っ赤にして、俯いていた。
あー……うん、これは何言っても今耳に入らないやつですね、わかります。
俺は足早に、その場を逃げるしか出来なかった。
後ろから、イケメンくんが凄い形相で睨んでいた?
ははっ、やめてくれ、マジで怖いから。
明日から学校行きたくない。
* * *
そのまま、今日は買い物もせずにまっすぐ家へと帰宅。
本当は天音も自分の部屋に放り込みたかったが、鍵が出せないのでは仕方がない。
「あ、あれっ、ここはどこ……えっ、先輩のおうち?」
「ようやく戻ってきたか……おい、大丈夫か天音?」
「はい、大丈夫です……あれ、何があったんでしたっけ」
本当にわかりません、という顔できょとんとする天音。
演技か? それとも本当にわからないのか……?
素直にお前の頭を撫でたら固まったから、無理矢理連れて帰ってきた、と言っていい場面だろうか。
下手したらまた撫でろ、と言われるんじゃなかろうか?
また天音の頭を撫でる? 確かにさらさらの髪はさわり心地もよかったし、最高だった。
だからと言ってもう一回撫でたいかと聞かれたら撫でたいです。
だからこそ、ここは……。
「いや、急にお前が動かなくなったからびっくりして連れて帰ってきたんだよ、大丈夫かお前?」
よし、これでいい。
後で天音が調子に乗るリスクとリターンを考えると、リスクの方が大きすぎる!
「そうでしたか……私はてっきり、先輩に頭撫でられて、幸せすぎて止まったのかと」
「覚えてるんじゃねぇか!」
「くふふ、そりゃ覚えてますよ! 私の心の先輩メモリーにばっちり保存しました!」
「最悪だ……俺はなんで、あんなことをしてしまったんだ……!」
「くふふー、先輩、もう一回頭撫で撫でしてくれてもいいんですよー♡」
そういいながら、頭をこちらに差し出してくる。
さらさらとした髪が、俺の目の前で揺れる。
それを見た俺は……思わず……。
「せっかくご依頼を頂いておきながら誠に遺憾でございますが、ご遠慮させて頂きます」
「もー! なんでですかー!!」
「何でも何も、お前の頭撫でる理由ないし?」
「そこはほら! いつも二菜のおかげで助かってるよ、ありがとう、って♡」
「いつもありがとうな天音、チューペット半分食べるか?」
「もー! 食べます! 食べますけど!!」
冷凍庫から取り出したチューペットを半分に割り、天音に渡す。
これで10本100円で買えるんだから、本当に神の食べ物だよな、チューペット……。
むすーっとした表情の天音に苦笑で返事を返しながら、俺もチューペットをかじりだしたのだった。
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