閑話・天音 二菜の華麗なる一日(後)

 今日は午前授業のうちに移動教室がある。

 時々、自販機に珈琲を買いに来ている先輩を見かける事があるので、もしかしたら今日は会えるかもしれない! ……と思っていたのに、会えなかった。

 残念。


 代わりに、あの気持ち悪い先輩が気持ち悪い笑顔で手を振っていた。

 うわぁ、ほんとに鳥肌がたつから勘弁してくださいお願いします……。

 はぁ、今日はツイてないなぁ、早く先輩に癒されたい。


 それと、下駄箱に入っていたお手紙も、早くなんとかしないと。

 一通一通読んでいきますが、特に今日は呼び出しのようなものはないようです。

 ああ、よかった! これで呼び出しなんてあったら、先輩との時間が削られちゃいます!

 申し訳ありませんが、このお手紙はぽいしちゃいましょう。

 私には先輩がいますからね、許してくださいね!



 そんなこんなで、とうとうお昼です!

 つらい午前中を耐え切った私のご褒美、先輩とのお昼の時間です!


「それでは、私は出てきますね」

「また後でねー二菜ちゃん」

「彼氏もいいけど、たまには私たちともお昼食べようね!」

「はい、またそのうち、よろしくお願いします」


 先輩の分のお弁当箱と、お茶のポットを持って準備万端!

 いざ2年生の教室へ!!


 * * *



「藤代くんなら、職員室に呼ばれて今出てるよ?」


 なんと……まさかの呼び出しでした。

 はぁ、先にLINEを飛ばすべきでした……まさかこんなところで待ちぼうけなんて。

 こういう時ってだいたい、いい事あんまりないんですよねぇ……。


「やぁ天音さん、お昼は食べないの?」


 ほら来た。

 ええと、なんて人でしたっけこの人……うーん、分かりません。

 正直、先輩以外興味ないんですよね、私……。


 はぁ、と溜息をつきつつ、先輩が来るまで無視を決め込もうとしたのですが何を思ったのかこの人、私の手を取って、教室に連れて行こうとしているじゃありませんか!


「ほら、そんなトコ立ってないで、一緒にお昼を食べよう!」

「ちょ、ちょっと離して下さい……!」

「天音さんは恥かしがり屋さんだね、でも大丈夫、みんな受け入れてくれるよ」


 ちょ、ちょっとなんなんですかこの人! しゃれになってないんですけど!

 気持ち悪い人から危ない人にクラスアップです! た、助けて先輩~~!


「……お前ら何してんの」

「あっ、せ、先輩助けてくださいー!」

「って言ってるんだけど……なぁ、手ぇ離してやってくんない?」

「すまないが邪魔をしないでくれないか、僕たちはこれから、一緒にお昼を食べる約束をしてるんだ」

「って言ってるけど……そうなの、天音?」


 そんなわけないじゃないですかー!

 ちょっとは空気読んでくださいよ先輩!!

 私はぶんぶんと首を振り、そんなことないないと意思表示します。

 正直ちょっと涙目です、早く助けてほしいです。


「はぁ……悪いな、ええっと……イケ…イケメンくん?」

「イケツラだ!」

「ああそうそう、イケメンくん、悪いんだけどこいつ、俺に用があるって来てるんだよ」

「そんな事信じられるものか、なぜ天音さんがお前のような奴に」

「そんなん俺が一番知りたいよ……っと」

「……ったぁ!」


 先輩がイケメン先輩?の手首を握ったかと思うと、あっという間に手が離れました!

 えっ、何したんですか、今、凄いあっさり離れたんですけど! 魔法使いですか!


「ほら行くぞ、天音」

「あ、は、はいっ」

「ま、待ってくれ天音さん!」

「待たねぇ」


 そう言い残してさっさと歩いていく先輩の背中を追いかけます。

 はぁ、どうしよう、先輩がかっこよすぎて辛い……。


「さっき、何したんですか?」

「手首の経絡秘孔を付いた……奴の命はあと10秒」

「ええっ!」

「なんてな、手首の痛くなるツボをぎゅっとしてやっただけだよ、今度お前にも教えてやるな」

「はぁ……なんか変な事、知ってるんですねぇ」

「ま、覚えておくとちょっとだけ便利なちょっとした知識だな」


 一体、先輩はいつ使うんでしょう、そんな知識。

 先輩は時々謎です、ミステリアスです。

 でもそんなミステリアスなところも大好きです♡


「それと、今後はうちのクラスまで来るの辞めた方がいいんじゃないの?」

「そうですねー……今度からは先にLINE飛ばします」

「自分のクラスの友達と食べるって選択は……」

「え、先輩が優先に決まってるじゃないですか」

「……たまには、クラスメイトを優先するべきだと思うぞ、俺は」


 先輩はクラスでの孤立を心配してくれてるんでしょうけど、正直それよりも、先輩と一緒にいたい私の気持ちにも、気付いて欲しいですよねぇ……。


「愛する彼女♡ の私とお昼食べたくないんですかー?」

「いや、いつも言ってるけどお前彼女じゃないし」

「なら、本当に彼女にしてしまいましょう! 先輩愛してます、お付き合いしましょ♡」

「せっかくのご要望ですが、ご要望に沿うことができませんこと、深くお詫び申し上げます」

「もー! なんでですかー!!」


 毎日毎日こうやって好意を全開にしているのに、先輩は相変わらずつれません。

 うーん、一体私の何が悪いのかなぁ?

 合鍵ももらえたし、普通ならこれもう付き合ってますよね? って流れですよね?

 ふむむ……こればっかりは本当に分かりません。

 今度、音琴先輩に詳しく聞いて見なければ!

 きっと私のまだ知らない先輩がいるはずです!


 その後は、いつもの秘密の場所で美味しくお昼を頂きました。

 流石にあれ以降、先輩を膝枕する機会がありません。

 残念です、これもなんとかしなければ……。



 午後の授業を終えれば、あとは帰宅するだけです。

 今日は先輩はバイトはない日なのですが、ちょっとお店に顔を出さないといけない

 というので、先に帰宅することになりました。

 お昼に嫌な事がありましたし、早く帰りましょう……と思ったらいましたよ、校門に……。

 はぁ、ちょっと遠回りですが仕方ありません……裏門から出ますか。


 まったく、私には先輩がいるんですから、いい加減にして欲しいですまったく!!


 * * *



 帰宅前に今日の晩御飯の食材を少し買って帰ります。

 先輩のバイトがない日は一緒にお買い物して、新婚気分を味わうところですが……

 うう、寂しいです……先輩、早く帰ってこないかなぁ。


 と、寂しがっている暇はないんですけどね。

 一旦帰って着替えたらすぐ先輩のおうちに行って、晩御飯の準備です!

 あと、洗濯物を取り込みます。

 数日前から、隠すように私の洗濯物も一緒に干してること、先輩は気付いているでしょうか?

 くふふー、これはもう同棲って言ってもいいですよね! いいですよね!!

 花七お義母様にも報告しておかねばー!


 と、洗濯物を畳んでいると、あるものが目に入りました。


「あ……先輩のシャツだ……」


 わぁ、先輩のシャツおっきいなぁ……

 ちょっとドキドキしてきました。 羽織るくらいならしてもいいですよね?


「えへへ、これも役得、役得……」


 いそいそと袖を通してみると、やっぱり先輩はおっきいです!

 私が小さいだけ? そ、そんなことはありません……今年はなんと0.3cmも伸びていたんです!

 成長期がきています! 155cmの大台を突破するのも夢ではありません! あとたったの4.8センチ!!


 それはそうと。


「先輩のシャツ……先輩のシャツ……はぁ……いい匂いだなぁ……」


 くんくん、と思わず先輩のシャツを匂いでしまいました。

 私、先輩の匂い大好きなんですよねー……あー、一度、ぎゅーってして欲しいなぁ。

 ぎゅーってして、先輩のおっきな手で頭なでなでして欲しいなぁ。

 頭なでなでしてもらいながら、耳元で『二菜は可愛いね』って優しく囁いて……くふ、くふふふふー!!


「お前、俺のシャツで何してんの……!?」

「せ、先輩!?」


 えっ、い、いつの間に帰ってきたんですか!

 まさか、この私が先輩の帰宅に気付かないなんて……なんてことでしょう!

『おかえりなさいあなた♡』ごっこをやりそびれてしまいました……。

 いえ、そんな事を言ってる場合ではないです、今は言い訳を……!


「せ、先輩、これ、これは違うくて……」

「すいません、渡したばかりなのですが、合鍵返してもらえますか……?」

「な、なんでですか~~!!」



 教訓。

 先輩より先に帰った時は、周囲に気をつけましょう……。

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