バイト先でも愛を囁くのはやめてくれ

 実は俺は、週3日だけアルバイトをしている。


商店街から少し外れたあたりにある、自家焙煎の珈琲を

ジャズを聴きながら楽しめる、知る人ぞ知るとてもお洒落な喫茶店だ。

寡黙で渋いイケメンおじさまな店長の隠れファンは多く、店長目当てに来店するお客様も多いと聞く。


実は俺も、小遣い欲しさにはじめたバイトだがこれが意外と楽しく、

1年の春から始めてすでにまるっと1年、今でも通い続ける事が出来ている。


そして今、俺が接客しているお客様も御多分に漏れず店長狙い……

なんてことはなく。


じーーーー………


店長ではなく、俺に注がれる視線。


おわかりいただけただろうか?

あ、リプレイはいらない? では、もう一度ご覧頂こう。

店長ではなく、やたら俺をガン見してくるお客様の視線。


……おわかりいただけただろうか?


そう、言わずと知れた、天音二菜である。


バイトをしている事は教えていたものの、どこで働いているかは絶対に教えたくない!

もし後をつけるようなことをしたらわかってるな! と強く言っていたのだが、この度、音琴六花さんを連れ添って来店されました。


畜生音琴……お前マジで覚えてろよ……!


「はぁ……ヤバいですウェイター姿の先輩めっちゃかっこいい……」

「二菜ちゃんは見た目凄い可愛いのに、男の趣味は悪いわね」

「いえいえ、それが六花先輩……意外と先輩ってたくましくて……くふふ……」

「何、一雪もう手ぇ出してんの? 責任取りなさいよね!」

「神に誓って何もしておりません……」


本当に何もしてないんです信じてください……!


「はっ! しゃ、写真! ウェイターの先輩の写真を撮らないと!」

「店内での撮影はご遠慮ください」


というか、その写真、何に使うつもりだよ。

証明写真でも求められてんのか?

飲める洗剤販売員さん達に俺の人相を広めるつもりじゃないだろうな?


はぁ、とため息をつきながら、カウンターへと戻っていく。

他にもお客様がいるし、洗い物もある、天音と音琴に構ってばかりいられないのだ。


「それにしてもここ、いいお店ですね」

「でしょ? 私もよく、五百里と一緒に来るのよ」

「いいなぁ、六花先輩……私もこんなオシャレな喫茶店でデートしたいです……」

「一雪と一緒に行けばいいじゃない」

「ううう……先輩、全然相手にしてくれないんですよぉ~!!」

「ちょっと店員さん! 可愛い後輩の事、もっと構ってあげなさいよ!」


……あいつら……俺の憩いの仕事場でなんて態度を……!

ここは、ジャズを聴きながら珈琲を楽しむお店なんだ。

あの寡黙な店長でも、あの騒がしさは流石に怒るんじゃないか……?


「藤代君」

「あ、て、店長……すいません……俺の知り合いが煩くして……」

「いや、構わないよ。 それより、泣いてる可愛い後輩を慰めてあげなさい」

「店長……」


そういうと、店長は俺に天音と六花用のケーキと、俺には珈琲を追加で渡してくれた。

さすが店長……かっこいいぜ……このさりげない気遣いが、店長の魅力なんだろうな。


「ほらほら一雪、店長さんも言ってるんだからこっち来なさいよ!」

「先輩ー……私、寂しいですー!」


この場合、その気遣いは全く不要なところを除けば、であるが……。

こちらに向けてビッ、とサムズアップするその立ち姿は本当にかっこいいし、俺も将来はこんな大人になりたい! と本気で思うほど憧れる男なのに……店長……!


しかしこれも店長指示だ、仕方がないので天音と音琴の席へと向かう。


「お待たせいたしました、お嬢様方」

「うむ、そこに座りたまえよ」

「これでも俺、バイト中なのわかっているね君たち?」

「はぁ……髪をきっちり整えてる先輩、ほんとにかっこいいよぉ……」

「天音は俺の話、ちょっとは聞こうな?」

「いつもちゃんと整えて学校行きましょうよ……いや、ダメです、こんなかっこいい先輩、人に見せちゃダメです」

「愛されてるわね一雪」

「俺にはこれも、何かを企んでるようにしかみえねぇよ」


というかなんだこの机、カオスすぎるだろ。

天音はもとより、六花だって美少女って言える容姿をしてる豪華な卓なのにどっちも残念臭が凄すぎて困るわ……。


「で、一雪はこんな可愛い子の何が不満なのよ」

「そうですそうです、私の何が不満なんですか!」

「この機会を逃すと、こんなチャンスは一生ないのよ?」

「私、尽くす女だと思うんです! 超お得だと思いますよ!?」

「何、お前ら酔ってんの?」


どこからどう見ても絡み酒である。

珈琲酔いとか初めて聞いたわ。


「酔っ払いはもう帰ってもらわないと困るのですが」

「ふふふ、私は酔ってるよ……二菜ちゃんの可愛さにね……」

「すいません、六花先輩……私は先輩でしか酔えないんです……」

「聞いてる? ねぇ俺の言ってること、聞いてる? 聞いてない??」


人のこと呼びつけておいて二人の世界に入るの、やめてくんない?


「ほら、見なさいよこのラブレター! またもらったのよこの子!」

「なるほど、相手はどんなやつなんだ? イケメンか?」

「ま、私の五百里には全然及ばないかなー」

「俺は今まで、あいつほどかっこいい男を見た事がないぞ」

「わ、私は……香月先輩より、先輩のほうがかっこいいと思います……♡」

「天音は目がおかしいから参考にならん」

「なんでですか!?さらっと酷いこと言いますね!?」

「確かに、二菜ちゃんの目はおかしいわね」

「六花先輩まで!」


うわーん、と泣き真似をするが、言われて当然だ。

俺が五百里よりかっこいい? 明らかに美意識がおかしいと言わざるを得ない。

それともそうやっておだてておだてて絆された俺に、マンション投資詐欺でも持ちかけるつもりか?

一回ひっかかって、玄関口で3時間近く粘られた末警察を呼んだ俺に隙はない。

こすい、やることがこすっからいぞ天音……っ!


「まぁ、それはそれとして。天音的に相手はどうなんだ?」

「全く興味ありません」

「話してみたら、すごく気があうかもしれないじゃないか」

「絶対ありえませんと断言できますね」


かわいそうに……告白する前から全く縁がないじゃないか……。


「そもそも、これだけ私が先輩好き好き言ってるのに、告白しようってどういうことなんですか!」

「そんな事を俺に言われても困る」

「ちなみに私は、五百里と付き合いだしてから告白回数激減しました!」

「ほう、天音のほうはそこんとこどうなんだ?」

「……春から比べると、微増してます……」


なんと、微増とな。

さすが1年生のアイドル、半端ないな……変態なのに。

やはり外から見ると、天音の態度が不自然に見えるんだな。

そうでなければこの露骨な態度をみて、告白しようなんて思わないだろう。


「もうこれ、先輩が行って『俺の二菜に色目使うな!』くらい言ってきてくださいよ」

「なぜ、俺がそんな事を?」


なんだ俺の二菜って。

聞いてて俺が恥ずかしいわ。


「一雪も二菜ちゃんが大事ならそれくらいやりなさいよね!」

「俺、別にこいつの彼氏とかじゃないんだけど」

「酷い……あの日、先輩の部屋で服を脱がされてたくさん触られたのに!」

「一雪あんた……」

「お前が風邪引いてたから、上着脱がしたくらいなのを誇張するのはやめろ」

「てへっ♡」


もうだめだ、これ以上こいつらと話してると頭がおかしくなりそうだ……!


「さて、そろそろ帰らないと暗くなるぞ天音、さっさと帰れ帰れ」

「あ、もうこんな時間ですか……。そうですねえ……今日は買い物して帰らないといけませんし……」

「私も五百里に会いたくなってきたから帰ろーっと」

「またのご来店はお待ちしておりませんので、さっさとお帰りください」

「はいはい、またね明日ね一雪」

「先輩、また後で会いましょうねー♡」



……これからも、たびたびあいつらが来店しそうで嫌だなぁ

そう、本気で思ってしまうのは、仕方のないことですよね……?

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