なし崩し的にお泊りしましょう

 あれから数時間。

特にやることもなく、暇だった俺は何をするでもなくぼーっとしていた。

なんとなく、天音が起きてしまいそうで、テレビをつけるのも憚られる。

こんな事なら学校へ行けばよかったか……いやでもなぁ……。


などなどと考えていると、天音が起き出してきた。

朝に比べると、随分マシになったようだが、それでもまだ少し顔が赤い。


「すいません先輩、ご迷惑おかけしました……」

「もういいのか? まだ寝ててもいいんだぞ?」

「はい。大分よくなりましたので、そろそろ起きてもいいかな、と」

「そうか、じゃあそろそろ帰って風呂入ってこい、汗かいてたし気持ち悪いだろ?」


もう朝ほどフラフラしているわけでもないし、帰宅できるだろう。

なんなら上の階までくらいなら、俺が送ってやってもいいしな。


「そのことなんですけど……ほんとすいません、シャワー借りれないですか?」

「なんですって?」

「出来れば、何か着るものも貸していただけると、非常に助かるのですが……」



こいつは

何を

言っているんだ。



え、男の部屋で寝るのも正直どうかと思うのに、その上でシャワーまで借りるの?

しかも俺の着るものを貸してくれ……ですって?


 た、確かに服を脱がせるわけにはいかなかったので、シャツはそのままで布団に突っ込んだ。

そうとう汗をかいていたから、気持ち悪いというのも理解できる。

だからといって! だからといって俺の部屋でシャワーって天音さん!!



「そ、そういうのは自分の部屋帰ってからのほうがいいんじゃないかなって、先輩思うな!」

「私もそう思うんですけど……このまま一人で、部屋にいるのって不安だなって」

「まぁ、一人暮らし始めたてで不安になるのはわかるけど」


正直、俺も最初は不安だったんだよなぁ。

天音なんて女の子が始めての一人暮らし、しかも風邪までひいたってなったら

不安になるのも当然なのかもしれない。ここは優しくしてやるべきだろうか?


「それに……」

「それに?」

「今のちょっとデレてる先輩なら、もっと押した方がいいかなって」

「お前もうほんとは元気なんだろそうなんだろ!?」


ちょっと不安なんだな、かわいそうだなって甘い対応したらこれだ!

くそっ、ちょっと絆されかけた俺が物凄くバカみたいじゃないか!

気を強く持て藤代一雪! 俺は絶対にこいつには絆されないぞ……!!


「でも、不安なのは本当なんですよ……」

「はぁ……わかった、じゃあ使えよシャワー、タオルとシャツは用意しておくから」

「! あ、ありがとうござます……!」

「いいよ、さっさと入って、さっさともう一回寝ろ」

「わかりました……すいません、ワガママばっかり言って」

「ほんとだよ」


はぁ、とため息を一つこぼす。

今日の俺は、本当に天音に振り回されっぱなしだ。


「お礼といってはなんですけど……覗いてもいいですよ?」

「覗かねーからとっとと入れ!」

「くふふ……わかってます、そんな先輩も私、大好きです♡」


 * * *



 俺の部屋で、俺以外の人がシャワーを浴びている。

しかもそれは、あの下級生のアイドル的存在、天音二菜だ。

いくらあいつが何やら思惑があって俺に近づいているといっても、俺も年頃の高校生。

緊張しないはずがない……というかもうほんと辛い。


「天音、バスタオルと着替え、ドアの前に置くからな」

「あ、すいませんありがとうございますー」


ちらっと目を向けると、摺りガラスごしに天音のシルエットが見えて……


「……くふふ、先輩も一緒に入りますか?」

「い、いえとんでもございません! ごゆっくりー!!」


何あいつ、恥ずかしくないの!?

それとも最近の子って、あれくらい普通なの?

わからない、俺、女の子と付き合ったことなんて一回もないからわからないよ!

助けて五百里マン!!


俺は今、ここにいない親友に、届かない助けを求めるのだった……。



「先輩、ありがとうございました、お風呂いただきました」


 俺のダボダボのシャツを着た天音が、風呂場から出てきた。

どうして俺と同じシャンプーを使ったのに、こんなにいい匂いがするんでしょうね?

女の子ってどうなっているんでしょう、意味がわかりません。


「体調ももう大分よさそうだな、もうちょっとしたら帰れよ」

「あーっ、なんだかまた頭がくらくらしてきました……倒れるかも……先輩看病してください……」

「はいはいまた今度な、ほらプリンでも食え」

「ありがとうございます! へへ……今日は先輩が優しいなぁ……ずっと風邪引いてたい……」

「その時はタクシーに押し込んででも病院連れてってやるからな」

「辛い……」


こっちが辛いわ。

毎日お前を看病とか俺の精神が持つ気がしねぇよ。


「もうそろそろいい時間だけど、夕食どうする? なんか出前でも取るか?」

「もう大分動けるようになりましたし、何か作りますよ?」

「そうか、なら部屋に帰れるな、帰ってもいいぞお疲れ」

「デレたと思った先輩がまた塩対応に戻ってる!?」


そもそも、俺は一度としてデレた覚えはない。

熱で頭が朦朧として幻覚でも見たんじゃないか?


「まぁ、夕食作るなら、簡単なものでいいから」

「わかりました、簡単に……うどんでも作りましょうか?」

「ああ、それでいいよ……作るの、俺も手伝うから」

「はーい、よろしくお願いします」


天音が上機嫌でキッチンへと向かうのを眺める。

まったく、それだけ元気なら、もう家に帰れるんじゃないのか?


「とりあえずお湯だけ沸かしてる間、座ってろよ……なんだ?」


そう思っていたのだが、振り返った天音の目は、とても弱弱しく見えて…


「……先輩、すみません……今日、泊まってもいいですか?」

「俺は帰ったほうがいいと思うけど?」

「えへへ……やっぱり、私、不安で……。床でもいいので……お願いします」


はぁ、そんな風に言われたら断れないだろ。


「今日だけ、明日からは絶対に家に帰る、ベッドで寝る、それを約束できるか?」

「! ありがとうございます……!」

「はぁ、布団一組出さないとなぁ」

「あの、先輩が私と一緒にベッドで寝れば」

「絶対寝ないからな!」

「ちなみに、下着は今洗濯中ですよ?」

「そんな情報、知りたくなかった……!!」


もう俺はこれ以上、いらないことを聞きたくない!

そういい残し、俺は布団を出すために寝室へと帰ったのだった。

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