俺は放課後も解放されない

 昼休憩が終わったあとも、俺に平穏は訪れなかった。

教室に帰ると、好奇心を隠そうともしない、クラスメイトの視線。

俺を射殺さんばかりに睨みつける、イケメンくんの視線。

顔を赤くして、ちらちらとこちらを見てくる宮藤さんの視線……。


違うんだ宮藤さん、俺とあいつはそんなふしだらな関係ではないんだ!

お願いだから勘違いしないで! 汚いものを見る目で見ないで……!!


 * * *



 そんな辛い午後の授業を乗り切った放課後。

あの校門さえ潜ってしまえば、俺は自由だ、全てのしがらみから解放される

の、だが…………。


「先輩、一緒に帰りましょう!」


校門で待ち構えているのは、もちろん天音二菜である。

多分これが一番速いと思われるタイミングで教室を出たのになぜ俺より先にお前がいる!?

なんかチートでも使ってるのか天音……!


「先輩、今日はこの後って時間ありますか? ありますよね?」

「なんだ、ついに俺をイルカの絵販売所に連れ込むのか?」

「行きませんよ、なんですかそれ……」


ぷくーっとほっぺたを膨らませる天音を見ていると、またほっぺたを左右から挟みたくなる。

いや、これはどうぞやってくださいという天音のフリ、か。


周囲には帰宅する生徒がいるなかで、この態度。

これはまた昼間のようにほっぺたをむぎゅっとさせて、アピールする狙いだな?

だまされないぞ天音、俺は成長する男なのだ!


「そうか、なら帰るか俺はこう見えて忙しいんだ」


そう言って歩き出すと、天音も何も言わずすっと横に並び、歩き出す。


「先輩、見てくださいこのチラシを」

「なんだよ……うちの近くのスーパーのチラシか、それ?」

「そうなんです、で、ここのところ……」


いくつか天音が指をさすところには、お一人様何点かぎり! 

と書かれた商品がいくつかあった。

これまで買おうとも思わなかった商品なので分からないがこう書くということは、

おそらくお安いのだろう。


「そうか、頑張って買いに行ってくれ、お疲れ」

「先輩も、私と一緒に買い物に行くんです! お醤油買って欲しいんです!!」

「……そんなに醤油買ってどうするの……」


えっ、醤油ってそんなに使うもんなの?

俺パック刺身についてる醤油くらいしか使ったことないから、わかんないんだけど。


「調味料は置いておかないと、いざって時困りますよ?」

「ふーん、そんなもんなのかね……料理しないから全然わかんないわ」

「ついでに、可愛い後輩と放課後デートしましょうよー先輩ー!」


そういいながら、天音が腕を絡ませてくる。

ちょっとやめてください、二の腕が幸せすぎて死んでしまいます!


「ああもう、腕を掴むな! くっつくな!! ……わかった、わかったから普通に歩け!」

「ありがとうございます! 私、先輩のそういうところも大好きです!!」

「はいはい、ほら、さっさと買って帰るぞ天音」

「くふふ、照れなくてもいいのに! もう~先輩ったら~!」


こいつと歩いていたら、心臓がいくつあっても足りない気がする。


それにしても、こいつと歩いてると、本当に目立つな……。

今も、こいつに気付いた生徒がちらちらと天音を見ているのがわかる。

は? 『なんであんな可愛い子があんな男と歩いてるんだ?』だと?

ほっとけ、俺が一番わからんわ。


そんな注目されている天音をチラリと見ると、いつものニコニコ笑顔だ。

今日、イケメンくん相手にあんなブリザード吹かせていたのと同一人物とは思えないほどのニコニコっぷりだ。


「なあ天音、お前ほんと楽しそうに見えるんだけどさぁ」

「はい、実際楽しいですよ! 先輩と一緒に歩いてるだけで、私は胸がドキドキして仕方ないんです!」

「そ、そうか……」


あまりにストレートな好意の感情に、思わず俺が恥ずかしくなる。

その笑顔を見た近くを歩いていた男子が、天音に見とれているじゃないか。

かわいそうに……。


「前から聞きたかったんだけど、なんで俺なんだ?」

「なんで、と言われましても……好きになったから、としか」

「ほら、見た目だけなら、昼間のイケメンくんの方がいいだろ?」

「ええ……私、ああいう自信過剰な人、ほんと苦手なんで止めて欲しいんですけど」


それまでニコニコだった天音の表情が、極端に苦々しいものになる。

あ、これほんとに嫌がってる顔だというのがよくわかる顔である。

イケメンくん、すまない……っ!


「まぁ、なんでって言われても本当に困るんですけど、私は先輩が大好きなんです!」

「……さよか」

「くふふ、今はまだぶあつーい先輩の心の壁も、絶対に取り払って見せますからね!」

「そうして取り払った後に残るのが浄水器とか羽毛布団なんだな」

「もー! なんでそういうこと言うんですかー!!」



正直、天音の事はまだ全く信用できてないけど。

こいつといるこういう時間は悪くないな、と思った。



「まぁでも、このままだと周囲が私たちを勝手に恋人扱いして、なし崩しになりますよね♪」

「お前ほんとそういうところだからな」

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