藤代一雪の優雅な土曜日

 唐突だが、俺こと藤代一雪は現在、一人暮らしである。


と言っても、両親がすでにこの世にいない……なんてことはなく、父親の単身赴任に母親がついていってしまったため、俺が一人こちらに残ることになっただけなのだが。

その為、現在俺は一人では広すぎて持て余す実家を離れ、1LDKの部屋で悠々自適な生活をしているわけで。



 土曜日ともなれば、昼過ぎまで寝るのは当たり前。

なんならベッドの中で一日ゲームをして終わることもある。

素晴らしきかな一人暮らし、欠点は炊事洗濯を、誰もしてくれないことである。


そして今日は土曜日、朝方までゲームをしていたため、今日は一日寝る予定なのだ。

心の底から思う、ああ素晴らしきかな一人暮らし。

これでもうちょっと自由になる金があれば言うことないぞ一人暮らし。

一月の生活費を増やしてくれてもいいんだぞ母さんよ!


そして今日も布団の中で過ごそうと思っていたときに、ヤツがやってきたのだった……。



 俺の平穏を揺るがす、ドアチャイムの音が鳴り響く。

あれ、俺今日am○zon先生で何か買い物したっけ? それとも、宗教の勧誘だろうか。

電気代は……引き落としだし問題ないはず……いったいなんだ……?


はーい、とインターホンに出ると……そこには……。


「あ! おはようございます先輩! 遊びに来ちゃいました!!」


そう、もうお分かりの通り天音である。

えっ、なんでうちの家知ってるの!? 誰から聞いたの!!?

ただただ怖いんですけど勘弁してくださいよ!


俺から天音に家を教えた事実はない。

……よし、ここはしらばっくれてしまうか。

ここは違う人の部屋だ、と言い切ればさすがのあいつも諦めるだろう。

そう思い、少し高い声を意識し……。


「あの、どちら様でしょうか……部屋を間違えられてませんか……?」

「いえいえ! 間違いなくここが先輩の部屋ですから! 香月先輩に聞きましたし!」


おのれ五百里……何してるんだよお前!

よりによってこいつに俺の家を教えるとかなんの嫌がらせだ。

あることない事お前の彼女に言いふらしてやるからな!


「はぁ……それで、何しに来たんだよ」

「え、昨日言ったじゃないですか! 明日ご飯作りに行きますって!」


え、それ本気で言ってたの? 怖いんだけど。


「え、あれ本気だったの!?」

「本気じゃないと思ってたんですか!?」

「普通本気に取らないでしょ! 家も教えてないし!」

「まぁ、とりあえず開けてくださいよぉー私といちゃいちゃしましょうよぉー」


ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン


「ああもうわかった! わかったからチャイムを連打するな!!」

「やったっ! 先輩、大好きです! お付き合いしてください!」

「土曜の朝からこんな嫌がらせする彼女はいりません!」

「もー! なんでですかー!」


チャイム連打する彼女ってなんだよ病んでるのかよ。

ちょっと自分、そういう彼女はご遠慮願いたいのですが。

できれば俺は、もっとお淑やかな幼馴染みたいな彼女が欲しいんですけど!


「それではそれでは……おじゃましまーす!」

「邪魔するなら帰ってくれ」

「……えへへ……先輩のおうち……えへへ……」


こいつ……お約束のボケに無反応とか……!

ここが関西だったら大変なことになってるんだぞ!


「……なんだか意外と奇麗に片付いてますね、もっとぐちゃぐちゃになってるかと思ってました」

「洗濯物がそのへんにほってあったりとかか?」

「ええ、そういうお約束ってあるじゃないですか」


どんなお約束だ。

流石の俺も、そんな汚部屋には住みたくない。

というかお前のその知識は、いったいどこから来ているんだ?

なんか変な本を参考にしてるんじゃないだろうな?


「ええ、この先輩と後輩のラブコメ小説などを参考に……」

「小説を参考にするのは絶対におかしい」


よりによってなんでラブコメ小説を参考にしちゃったの!?

もっと女子高生らしく、そう言う雑誌とかあるんじゃないの!

いや、俺はそういうの読んだことないから知らないけど……。


「ちぇーっ、先輩のお部屋を片付けて、好感度アップのつもりだったのになー」

「そういうのって、何も言わないほうが好感度あがらないかな?」

「足の踏み場のない部屋を片付けようとしたら女の子が足を取られてこけて、抱きとめられるシーンとかお約束ですよ?」

「そんなお約束はこの部屋にはないので、諦めてください」

「お互いに異性を感じる好感度爆上げイベントだと思いますが……」


いや、まぁ、うん。

天音がそんなシチュエーションで抱きついてきたら、色々とあれだけど。

そりゃね? 俺も健全な男子高校生だからね?

好感度うなぎのぼりだと思いますけどね?



「ま、いいです、それよりも先輩! お昼作りますよ! 食材も持ってきました!」


と、食材の入った袋を見せてくれるのはいいが……。


「うち、調理器具とかなんにもないけど、料理ってできるのか?」


天音の

動きが

止まった。


「どうして調理器具がないんですか……?」

「どうしてと言われても、これまで必要がなかったとしか……」

「フライパンくらいは流石にありますよね?」

「片手鍋はあるぞ! インスタントラーメン作るのに便利だからな!」

「普通のお鍋とか、そういった調理器具は……」

「料理しない男の家になぜあると思うのか……あ、あと米もねぇな」


サ○ウのごはんはある。

あれは偉大な食べ物である。


「か、家庭的なところを見せて好感度アップ計画だったのにいいぃぃぃ!!」

「だからそういうの、言わないほうがいいと思うよ?」


全部台無しだから……。

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